人生はクイズだ! /ダニー・ボイル「スラムドック・ミリオネア」
「スラムドック$ミリオネア」といえば、岩を手に挟まれたことで遭難してしまった孤独な男を描いた「127時間」や、スコットランドの若者がドラックにおぼれながら前に進もうとする姿を描く「トレインスポッティング」などで有名な監督である、ダニー・ボイル監督がアカデミー賞を受賞するにいたった記念的な作品です。
インドのスラム街出身の若者が、クイズに答えると莫大な賞金がもらえるテレビ番組に出場し、あと一問で最高の賞金を手に入れるところから話しはフラッシュバックします。
少年は、果たしてインチキをやったのか。なぜ少年は、学者ですらクリアすることができない問題をとくことができたのか。
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ダニー・ボイルという実力のある監督によって描かれるインドという場所の過酷さも含めて映画の魅力について語ってみたいと思います。
クイズ・ミリオネア
「スラムドック$ミリオネア」は、世界中で人気を博した番組「フー・ウォンツ・トゥ・ビー・ア・ミリオネア」がもとになっています。
これは、もともとイギリスで番組の形式がつくられ、全国にそのフォーマットが売られることで世界各地で同様の番組が作られることになります。
日本では、「クイズ$ミリオネア」としてフジテレビ系で放送されていた番組として、記憶に残っている方も多いのではないでしょうか。
みのもんたが司会を務め「ファイナルアンサー?」の一言によって緊張感を高めていく。
1問ずつ答えを答えることで、獲得する金額がどんどん増えていくクイズ性。
その場の緊張感によって見ているだけのこちらも汗がにじんでくるようなサスペンスを重視した番組でした。
インドでも、実際にこの番組が放送されており「スラムドック$ミリオネア」は、インドのスラム街で育った貧しい少年が、番組に出演するということが主軸になっています。
ちなみに、この番組は、番組の舞台装置や問題の出題する形式やその効果音から使用する機器まで含めてセットで売られたものであることから、かつて日本の「クイズ$ミリオネア」をみたことのある人であれば、その効果音や演出があまりに同じことに懐かしさすら感じるに違いありません。
スラム街で育った少年が、2000万ルピー(日本円に換算すると、ざっと3500万円から4000万近い金額)の大金を手に入れることができるのか。
また、どうして問題を答えることができたのかということがわかっていく、一人の青年の人生を読み解く物語になっていきます。
さて、彼はなぜ、問題を次々と解くことができたのでしょうか。
人生に答えがある。
インドの大都市であるムンバイ。
主人公であるジャマールは、ヒンドゥー教徒が大半を占めるインドの中にあって、親がイスラム教を信仰していることから弾圧を受け、孤児になってしまいます。
兄と二人で逃げているうちに、ラティカという少女と出会い、子供ながら3人で生活を始めます。
その生活はあまりに酷いものでした。
やさしく声をかけてきた大人は、子供たちをつかって物乞いをさせることでお金を稼ごうとする人間です。
その意図に気づいたジャマールの兄は、なんとか弟と逃げ出し、大人たちを出し抜いてみたりしながら、彼らは生きていきます。
この映画は、いくつかの軸が存在します。
一つは、クイズ番組で問題を答えるジャマール。
二つ目は、なぜ解答することができたのか、彼が自分の人生のどの部分でその答えを知ることができたのかを語る、過去の回想シーン。
三つ目からは、ストーリーの中でも、ラティカという少女とのかかわりです。
究極的なことをいってしまえば、全てはラティカという少女のため、ということになりますが、ジャマールのささやかでありながら過酷な人生は、クイズという壮大な成功物語を目の前に始まりを告げ、そして語られていくという面白い形式となっています。
インドの希望
この物語は、物語の性質上語ることでネタバレになってしまうという宿命をかかえていますが、この物語は、ネタバレそのものよりも、貧しいインドの実態と、その中でヒロインであるラティカへの愛をもちながら必死に生きる少年の物語であることから、本来であればネタバレをそれほど気にする必要はないと思われます。
もしネタバレとして気にする部分が面白さに影響する部分があるとすれば、物語の前半で、彼が「不正をしていたかどうか」というのがわかるまでの箇所ぐらいでしょうか。
「答えを知っていた」
と彼が言います。
不正を行ったのではないかと拷問を受けるジャマールですが、彼は、訥々と答えの理由を語りだします。
第一問 1973年のヒット映画「鎖」の主演俳優は?
と問われますが、彼は「アミダーブ・バッチャン」と答えます。
それは、彼が子供の頃ファンだったためです。
肥溜めに落ちたとしても、彼はその俳優にサインをもらおうと必死になり、嫉妬した兄によってサインを売られてしまうという災難までセットで思い出します。
第五問 アメリカの100ドル札には、誰が描かれているでしょうか。
「仕事で100ドル札を手にするか?」
と司会者に聞かれます。
普通に考えれば、スラム出身であり、テレフォンサービスのアシスタントを務めている主人公が、アメリカのドル紙幣をみる機会があるはずもありません。
ましてや、100ドル札になればなおのことです。
取調べの中で、ジャマールは聞かれます
「1000ルピーには誰の顔が?」
「知りません」
アメリカの100ドル札のことを知っていて、自国の1000ルピーを知らないのです。
ですが、それは物語をみていけば当然のこととしてわかります。
彼の人生に、1000ルピー札は登場していなくても、100ドル札は登場しているのです。
この作品の物語として面白いのは、スラム街出身であり、その日その日を必死に生きてきた無学な少年だとしても、自分の人生を必死に振り返ることで、大金を手に入れることができるクイズ番組の中で、答えることができる、ということを示しています。
ただ、この物語が単なる絵空事ではないのは、彼の人生にでてきていないものについては、彼は答えることができていないという事実です。
ボリウッド的恋
さて、ジャマールの人生にとってかかせないのは、ラティカという少女の存在です。
彼女は、主人公と共にスラム街で生きますが、兄であるサリームによってラティカと引き離されてしまいます。
ラティカの手を離してみたり、ラティカを自分のものにしてしまおうとしたり。
正直言って、主人公にとって兄のサリームは一番大事な兄弟でありながら、同時に、恋敵でもあるのです。
はたしてジャマールはラティカと結ばれることができるのか。
「スラム$ドックミリオネア」は、インドで放送されている番組です。
クイズに答えるだけ、というシンプルな番組内容ながら、2000万ルピーという大金は、スラム街出身の青年以外であっても、人生を変えるのに十分過ぎる金額です。
多くの人たちが挑戦し、敗れた大金。
ジャマールが勝ち進むに従って、インドの貧しい人たちにとっての希望となっていきます。
インドの経済発展は著しいものがあります。
その中で犠牲になっているもの、大きく広がる貧富の差の中で、青年が勝ち進むことで、自分達もまた貧困から抜け出すことができるかもしれない、という象徴になっていく姿もまた素晴らしいところです。
そして、何よりも運命の中で、彼がラティカと再び出会えるのか、ということも同時に語られていく物語の構造もまた楽しませるところです。
本当のことを言ってしまえば、ジャマール青年は、お金のことなんてどうでもいいのです。
ラティカと出会い、結ばれることだけを考えている恋愛脳な少年としてみることもできますが、そうであっても、彼の成し遂げようとしている事実が大変なことであることにはかわりがないのです。
インドの経済発展における明暗
さて、「スラム$ドックミリオネア」は、ダニー・ボイル監督によるインド映画愛が込められた作品でもあります。
好きな人は好きだと思いますが、実は、インド映画は有名な作品があります。
「ムトゥ 踊るマハラジャ」が予想外のヒットを飛ばしてみたり、「恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム」によって、生まれ変わってもなお女性のことを追いかける俳優の時空を越えた愛の物語が語られます。
そして、インドの発展によっておかしくなっていく若者や、成功する若者たちを描く「きっと、うまくいく」といった大作映画がヒットすることになっていきます。
ボンベイで作られることから、ボリウッドと呼ばれるその作品の特徴の一つとしては、非常に長尺であることがあげられます。
それもそのはず、意味なく踊りだしたりするのがインド映画の特徴であるためです。
ただ、物語の中でわりと自然に溶け込んでいるのが面白く、多くの人間が圧倒的な迫力で踊りだす姿は、見ているだけで笑い転げてしまうぐらいです。
特に「きっと、うまくいく」は、インド映画を見慣れていない人でも間違いなく楽しめる映画となっており、お勧めです。
さて、話しがそれましたが、「スラムドック$ミリオネア」でも、インドが舞台ということもあって、きっちりと、踊りの要素が入ってきます。
ボリウッド作品に見慣れてくると、やっぱり、踊りがないと物足りないなぁ、と思う人もいると思いますが、しっかりとリスペクトもありながら、愛のために尽くす主人公が描かれる作品が「スラムドック$ミリオネア」となっています。
また、人生をきっちり生きることで、超難易度の高いクイズでも解くことができることを教えてくれる、希望をもった作品となっています。
時間のある方は、インド映画を見た後にみても面白く、ダニー・ボイル映画の中でよくある極限状態にある人たちのがんばりをみることができる作品でもありますので、ご覧になって損のない映画だと思われます。
以上、「人生はクイズだ!/ダニー・ボイル「スラムドック$ミリオネア」でした!
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