シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

インドのスラム街の現実と希望。オススメ映画「ピザ!」感想&解説

ピザ!(字幕版)

 

誰しもがスマートフォンをつかって電話やネットをやりとりするようになった現代においても、貧富の差というのは発生しているものです。

「ピザ!」は、タイトルで損をしているのですが、ピザの話というよりは、スラム街の純真な兄弟が、食べたことないピザというものを食べてみたい、という一心で努力し、挫折しながらも成長していく話となっています。

この話はピザがなかった時代の話ではなく、スマートフォンも当たり前に登場する現代で行われているところを気にしつつみていただくと、また違った面白さがあると思います。

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インドのスラム街

何度も書きますが、スマートフォンをつかうぐらいの現代であっても、インドには、戦後日本顔負けのバラックが立ち並んでいます。

バラックとは、あり合わせの木材や、トタンをつかった非常に簡素なつくりの家と思っていただければと思います。


インドにおいては、地方からの出稼ぎでやってきた人たちがつくりあげたものとされており、親子3代にわたってバラック暮らしというのもザラにあるという話となっています。


主人公である兄弟の家もまた、親子3代でバラックに暮らしているのですが、兄弟たちは自分たちが、スラム街で貧しく暮らしている、ということにたいして何の疑問も抱いていません。

子供たちからすれば、生まれてこのかたスラム街に生きていれば、それが普通だと思うでしょうから、当然といえば当然です。


実は、この作品は、前半は子供の視点で描かれたインドであり、後半は、金や立場といったものの中で、翻弄される大人たちが描かれた作品となっています。


この物語は、家に旧型のテレビが配られて、兄弟にピザという不思議な食べ物が存在することがわかることで、始まっていきます。

 

兄弟の成長と現実

「ピザ!」の大枠については、「カラスの卵」と自らを名乗る兄弟の成長と、現実にぶち当たって大人になっていく姿を描いた物語になっています。

おねしょをした弟が、おねしょをしなくなるまでを描く、といってしまえば簡潔すぎるかもしれません。


ちなみに、映画の原題はカラスの卵となっています。

それは、彼ら兄弟が、お金がないので、カラスの卵を奪って食べているからです。

それぐらい、彼らは貧しいのですが、そんな彼らの住むスラム街の近くにピザ屋ができてしまいます。

本作品の面白いところは、ピザというのが、かつての日本でいうところの、憧れの食べ物として機能したところにあります。

都会にでてきて初めてコーヒーというものを飲んだ、という世代もいたわけで、都会で牛丼を食べたとか、まぁ、とにかく、食事と努力というのは非常にわかりやすいものとなっています。


スラムの少年たちは、ピザというものを食べたいがあまりに、お金をためて、300ルピーのピザを買おうとするのです。

お金の稼ぎ方

幼い兄弟たちに稼ぐことができる方法は少ないです。

石炭を列車が運んでいるのですが、そこから落下した石炭を拾い集めることで、兄弟は家の家計を助けています。

強制はされていないのですが、1キロ3ルピーになる石炭を小さな体で運ぶ姿は、つらそうというよりは、それなりに楽しそうです。

ただ、300ルピーを稼ぐためには、兄弟が30日間働かなければ手に入りません。

普通であれば、それを考えただけでやめてしまいたくなるところですが、兄弟は、ピザを食べるために必死に頑張ります。

純粋に、食べたいものを食べるために頑張ろうとするという、意欲は物語全体を明るくしてくれており、非常に楽しい気分で見ることができます。

友達のニンジンと、金持ち子供

兄弟は、同じく石炭を拾っているニンジンという男と仲良くなっています。

彼は、小さいころにニンジンばかり食べていたからそのようにあだ名をつけられたわけですが、兄弟にとっては、自分たちよりも社会を知っているけれど、自分たちに近しい存在です。

ピザが食べたい、という兄弟たちに

「シチューじゃだめなのか」

といっているあたりが、いやされます。

兄弟のために仕事をやめさせられてしまうのですが、基本的には、よいオジさんです。

一方で、明らかに金のありそうな子供とも兄弟は話をしていて、あまり世間を知らない金持ちの子供として、兄弟とのギャップが描かれるところです。

自分で食べるピザ

兄弟たちは、金持ちの子供に残り物のピザをもらいそうになります。

弟のほうは食べようとするのですが、兄のほうは食べません。

ピザはたしかに食べたいけれど、兄が食べたいのは、テレビでみた、あつあつのチーズがとろけるピザであり、自分たちが自分のお金で稼いだお金で買ったピザになっていたのです。

300ルピーたまった時点で、店に入ろうとすると警備員に追い返されます。

そう、スラム街の子供、というだけで彼らは店に入ることすらできなかったのです。

子供同士であれば大丈夫でも、大人が介入した世界には、別のルールが存在することを、彼らはそうやって学んでいくのです。

新しい服を着れば、大丈夫だ、と思って服をかうお金を必死に集めたり、なんとか服を入手するあたりは胸が熱くなります。


特に、裕福な子供から服を買って、ばっちり新品の服で歩く兄弟たちの勇ましさは、感動的ですらあります。

大人たちの側

兄弟たちが起こした騒動については、映画そのものをみていただくとして、とある事件をきっかけに、大人たちは翻弄されます。


ツイッター等のSNSによる店側の問題行為の発覚というのはよくある話ですが、インドにおいても、そのようなことが発生します。

大人たちは、それで脅迫してみたり仲間割れしてみたりします。

特に母親については、警察につかまってしまっている旦那のことと、その保釈金とかについて考えることが多く、子供たちのことをあまりかまってあげていません。

ですが、事件をきっかけとして、兄弟たちに対して改めて気持ちを向けるようになっていくのです。


ただ、この作品は、大人たちがどんなに振り回されたとしても、子供たちは、あくまで子供たちであるということをみせてくれる作品となっています。

成長と後悔

人というのは、何かを失ってはじめて大人になることができる、といったのは富野由悠季監督ですが、「ピザ!」でも、少年たちは大切なものを失います。

おばあちゃんが孫を思う気持ちというのは、万国共通でありまして、ピザを食べたいというおばあちゃんはなんとかしてあげたいと思うのが普通なのでしょう。

「私には、食べて寝るしか能がないから」

というおばあちゃん。
もちろん、お金ももっていませんが、ピザを食べたいという孫のために、少ないお金で、材料を買います。

見よう見まねでピザをつくってくれるのですが、兄弟たちはこれは違うといいます。
兄弟たちは、食べたことはないけれど、本物をみて匂いもかいでいたのです。


「本物は、糸をひく」
「そりゃ、腐っているんだ」

「それに、甘くない」
「ドーサが甘いものか」
「ピザじゃない!」

精一杯なんとかしたいおばあちゃんと、孫の間でのやり取りは、なんだか懐かしいものです。

その後、兄弟は、おばあちゃんにひどいことを言ってでていってしまうのですが、人生というのは時に取り返しがつかないことも教えてくれるのです。

ちなみに、ドーサとは、インドにおけるクレープのようなものらしいですが、知らないものを写真をみながら一生懸命真似る精神は、素晴らしいですね。

子供にとって

大人たちにはとっては、この世界は利権にまみれた世界です。

動画一つでゆすりがおきたり、子供たちの遊び場が奪われたりする。

でも、スラム街にいきる兄弟たちは、みんなが追いかけてくるから怖くて逃げてみたり、食べてみたいからお金を貯める。

いたって単純です。

最後に子供たちは、念願のピザを食べることができます。

ですが、
「ピザ、おいしいか?」
「あんまり」
「ドーサのほうがいいね」

「残しちゃおうか」


子供たちにとっては、大人の世界とかは関係なく、へんな欲なんてないのです。

インド映画というのは歌って踊るイメージが強い人もいると思いますが、素朴ながらも力強い映画もあったりします。

インドを舞台にしたものとしては「スラムドックミリオネア」なんかも、スラム街の少年が次々とクイズに正解して賞金を手に入れることと、彼の人生がフラッシュバックしながら、クイズの答えにたどり着くところなんかは見ものです。

 

cinematoblog.hatenablog.com

 
以上、インドのスラム街の現実と希望。オススメ映画「ピザ!」感想&解説でした!

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