人はどこかでつながっている。無人島でも。感想&解説「キャストアウェイ」
無人島で生活する、というのは、考える分には面白いですが、実際にそんな立場になってしまったら、どうすればいいのか。
この作品は、たんなる無人島漂流記というだけではなく、人間が生きるのに必要なものは何か、ということも描かれた作品となっています。
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時間に縛られた男が無人島
トム・ハンクスといえば、名優です。
彼は、時間の大切さについて声を大にして叫んでいます。
「我々は時間に縛られて生きている。時の観念を忘れることは、この商売では大罪だ!」
特に、配達という仕事は遅れてしまっては意味がありません。
簡単にいってしまうと、チャックという男は、忙しさにかまけて、なかなか恋人との時間もとることができずにいたにもかかわらず、時間から飛ばされてしまった男なのです。
無人島関係の作品
さて、無人島での生活ですとか、文明から離れたところで一人で生活しなければならないという設定の映画はいくつかあります。
物質的に豊かに育った主人公が、物質文明に失望し、アラスカの大地で帰れなくなり、そのまま息絶えてしまう「イントゥザイワイルド」。
コメディであれば、無人島に漂流している主人公が、便利な死体をつかって家に帰るまでを描く「スイス・アーミー・マン」なんかも面白いです。
ウィルキンソンとの出会い
主人公であるチャックは、貨物飛行機の墜落から、運よく生き延びることに成功します。
特別大きなケガもないまま、ココナツを発見してみたりしますが、なかなか満足に生活することができません。
救助がくると思って砂浜にHELPの字をつくってみたり、届けるはずだった荷物が砂浜にうちあげられればそれを拾ってあつめていました。
ただ、自分が助からないかもしれないと思ったときに彼は、荷物を開けて、そこで、二つのものに出会います。
一つは、バレーボールです。
たんなるバレーボールですが、ウィルキンソン製のそれは、重要な役割を果たすことになります。
チャックは、バレーボールに血で顔をかいて、話し相手にしているのですが、このやり取りが、主人公の孤独を感じさせると同時に、物語的にも主人公の心情がよくわかるような道具となっていて、秀逸です。
たんなるボールが、なぜかいとおしくなり、ついには、主人公になくてはならない友人になっていくあたりは、ボールは友達であることを遠回しに教えてくれるところです。
羽のついた荷物について
さて、もう一つ主人公が、荷物の中から拾ったものは、羽のイラストが箱に書かれた荷物です。
これは、ネタバレという風に思うほどでもないのですが、気になる方は、作品をみてから確認していただきたいと思います。
ちなみに、荷物以外で重要だったものの一つは、主人公が恋人であるケリーからもらった懐中時計。
最後が、この箱です。
中身は最後までわかりません。ですが、これこそが、主人公の正気を保たせるための道具になっているところが面白いです。
タイトルの意味について
ここで改めて、「キャストアウェイ」のあらすじを書いてみたいと思います。
時間に追われるようにしながら生活をしていた主人公は、恋人に婚姻を申し込むための指輪らしきものを渡した後、飛行機の墜落事故で無人島に流れつきます。
戻ってきた主人公は、恋人であるケリーには旦那もいて、子供もいることがわかって愕然としますが、自分が無人島でもっていた荷物を相手に届けにいく。
ざっと、こんな流れです。
本作品のタイトルは「キャストアウェイ」。
もしかしたら違っているかもしれませんが、役から離れるといった感じの意味ではないでしょうか。
この場合の役(キャスト)というのは、時間に追われる社会にいる自分でしょう。
そこからいったん離れてみたとき、何が見えるのかというのが本作品の本当にみせたいことではないでしょうか。
たしかに、本作品は無人島映画ではありますが、本当のところがそこにあるとすれば、ちょっと見方は変わってきます。
人って繋がっている
墜落事故さえなければ、主人公はケリーと結婚もしくは変わらずに過ごし、おそらく、大学の教授になりたいといっていたケリーとはいろいろとありながらも、結局、結婚したかもしれませんし、変わらない日々だったかもしれません。
こっちのほうで物語を発展させたような物語をご覧になりたい方は「マイレージ・マイライフ」なんかがオススメですが、それはまた、別の記事で確認していただきたいと思います。
主人公は何度もくじけそうになります。
ケリーの写真もそうですが、彼女の祖父の持ち物でもあった懐中時計を渡さなければ、という思いも当然あったと思います。
また、劇中で「彼女を失った。だが島では、彼女はいつもそばにいてくれた」
というように、自分のことを想ってくれている人がいるというだけで、彼は気力を保っていたに違いありません。
架空の友人とはいえ、バレーボールのウィルキンソンもいましたし、何よりも、荷物を届けようという気持ちこそが最後の一線を守ったともいえます。
あの箱は何か
さて、解説するまでもないと思いますが、羽のイラストが描かれた箱は、いわゆる、マクガフィンというやつです。
マクガフィンというのは、宝石でも金塊でもなんでもいいのですが、なんか価値あるものとか、目的のものの総称であり、なんでもいいけど大事なものってわかればいい、っていうものだと思ってください。
本作品では、フェデックスの配達の荷物がそれにあたるわけですが、荷物の中身については大事ではありません。
中身のわからない何かを届けるために、あるいは、その中身を知るために頑張ろう、と思えることこそが生きるために必要なのです。
その箱が何かが気になる。だからこそ、頑張れるということも往々にしてあるということですね。
キャストから外れても
社会に戻ってきた主人公はショックを受けます。
恋人だったケリーは、旦那も子供もいることがわかります。そして、たとえ、相思相愛であったとしても、家に送りつどけることを選びます。
ここで、家族も捨ててケリーがチャックと一緒に逃避行をする、というのでも物語的には盛り上がりそうな気がしますが、それをやってしまうと主人公がキャストアウェイした意味がなくなってしまいます。
恋人だったケリーには、母親というキャストが与えられており、そこに戻るしかないのです。
一方で、チャックはすでに、彼は無人島生活によって、社会からズレてしまっています。
物語のラストでは、トムハンクスは、十字路で立ち、笑います。
どこへだって行くことができるということをあらわしたわかりやすいカットと見ることができるシーンです。
ちなみに、羽の絵を描いた女性は、おそらく、離婚していると思われます。
(すでに、ロシアで別の女性と一緒にいたので、そんな気はしましたが)
物語冒頭では、入り口のエントランスには夫婦の名前がかいてあったのに、物語の後半ではそれがなくなっているためです。
どこかで役がなくなったとしても、また、誰かが役を得ることができるものです。
本作品は、たしかに無人島生活でのサバイバルが面白い作品ではありますが、あえて、無人島生活の後の話が長くかかれているのは、本作品が、時間に追われるキャスト達に対しての、ちょっとした問いかけになっているからこそ、より一層面白さを感じることができる作品になっているのではないでしょうか。
我々もまた、世界的な影響を受けている中で、今までとは違う流れや役割を与えられるかもしれませんが、本作品で前向きになっていきたいと思うところです。