シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

エヴァ監督庵野秀明初実写作品「ラブ&ポップ」の感想&解説2

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庵野秀明初監督作品「ラブ&ポップ」の前半部分の解説をしましたので、今回は、残りの部分について解説&感想を述べていきたいと思います。

 

前編がまだな方は、ぜひ前編をご覧になってから本記事に戻ってきていただきたいと思います。

 

前回の記事では、かじったマスカット4粒を丁寧にしまったオヤジが、12万円を主人公たちに渡したところまででした。

 

cinematoblog.hatenablog.com

 

 もはや、まったく理解できないレベルのフェティッシュっぷりについていけないところですが、本作品は、あくまで、1990年代当時の、色々な大人や価値観に翻弄される女子高生たちの揺れ動く一日を描いたものとなっているのを、忘れないでついてきていただきたいところです。

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友情は金で買えない

4人で稼いだお金を、ちーちゃんは「はい、これ」と、あっさり裕美に渡します。

 

「みんなで分けない?」

 

お金の入手方法はともかくとして、裕美のいうことはもっともなように思います。

 

ですが、他3人の反応は全然違います。

 

「どうしましたか」「お金みんなで分けようって」「なんで?」「わかんない」「意味不明」「ほしいんでしょ、あの指輪」「じゃあ、受け取ってよ」「だって」「だって、何?」「どうしたの、怒ったりしないから、言ってみ」「裕美」

 

「うまくいえないんだけど」

このあたりの感覚や、追いつめられる感覚はすごいものがあります。

ここで、お金を受け取ってしまったら、そこで友情は別のものに変質してしまうのが、彼女にはわかっているのです。

「ずっと、友達でいたいし。みんなのこと、すごく大事だし」

そういう意味で、友人達のほうが、世間との感覚が、大きくずれていることがわかるのです。

 

既に、なんらかの形で援助を受けてしまって、それほど違和感を持たなくなっている彼女たちからすれば、お金というのは、変なおっさんに声をかけて、嫌な思いをすれば手に入るもの、程度の感覚でしかなく、12万円がとんでもなく高いとか、普通ではないっていうことがわからなくなっているのです。

 

「私、裕美の言っていること、わかる気がする」

という奈緒は、すでに、わかる気がする程度の人間であることは、本作品を見返すとじわじわと理解できてしまうところです。

 

危険に踏み込む

「私買うよ、今日(インペリアルトパーズの指輪を)買う」

 

裕美は、そう言ってしまいます。

 

『どうやって指輪を買うのか。援助交際以外に方法なんかないことを、みんな知っている。やりたいことや、ほしいと思ったものは、そう思った瞬間に手に入れようと努力しないと、必ず自分からは消えてなくなる。』

 

裕美は、奈緒から渡された携帯電話をもって、お金を稼ぐために、援助交際のために歩きはじめてしまうのです。

 

しかも、この携帯電話もまた、渋谷でよくわからないオヤジに渡されたイカガワシイ携帯電話であり、それを使って裕美はさらに深みへとはまっていくのです。

 

ちなみに、ここからはオヤジたちへの考え方や、危険度が大きく変わってくるのもポイントです。

今まで裕美が友人たちと接してきたおやじたちというのは、『理解はできないけれど、お金をちゃんと持っている人たち』でした。

なんで、こんなことでお金をくれるんだろう、というもので、でも、スレスレのところで友人たちが防波堤となってくれていたものです。

自分への価値

さて、改めて裕美という女の子について考えてみます。

彼女は、水泳をやっている母親と、鉄オタの父親。姉がいるごくごく一般的な、しかし、どちらかというとかなり裕福な家で暮らしている女の子です。

一軒家ですし、1997年という時代を考えてみても、十分すぎるほどよい家庭となっています。

母親がボランティアで手話を教えていて、裕美もまた手話ができるということから、実はそれなりに良いお嬢さんなのです。

 

ですが、そんな彼女は、自分で自分の価値がわかっていません。

だから、インペリアルトパーズのついた指輪をみたとき、その価値に心惹かれるのです。

ですが、自分が無価値だと思っていた彼女は、危険なテレフォンクラブに手をだしてしまうのです。

 

自分にも価値があるか

一人目の男は、手塚とおる演じるウエハラという男です。

 

彼はテレフォンクラブにこんなメッセージを残しています。

「一緒にコンビニに買い物にいってくれる女の人。条件は、若くてキレイな人。男が振り向くようなきれいな人。本当に綺麗な人なら5万。大丈夫ですのでよろしくお願いします」

裕美は、一緒にコンビニにいくだけなら、と思って会ってしまいます。

今までの流れであれば、本当にコンビニに行くだけで満足しそうな気分になるから不思議なものです。

 

実際に会ってみると、ストレスがかかると唾を吐くような動作をしてしまうという持病もちの男がおり、裕美は、その彼の情けなさをみて、憐れむような気持で一緒にレンタルビデオ屋にいってしまうのです。

 

ただ、彼は劣等感のカタマリであり、レンタルビデオ屋の店員に対して、彼女がいるということを自慢したいがために、5万円を払おうとしていたのです。 

 

おどおどしていた男はやがて増長していき、彼女は、ビデオ屋で嫌な思いをします。


友人たちと一緒であれば、絶対にこうはならなかったことであり、その出来事が、彼女自身の、魂が汚れたような印象を与え、さらに、危険なテレフォンメッセージへと足を運ばせることになるのです。

 

最後の人物である浅野忠信演じる男は、ディズニーのキャプテンEOという、マイケル・ジャクソンのための作品にでてくる、スペースモンキー・ファズボールというキャラクターの、ぬいぐるみを持っています。

 

大人の事情で、商品名らしきものをいうたびにピー音で消されるのは笑えます。

 

 

そのぬいぐるみに話しかける男を浅野忠信が演じているのですが、彼は、裕美が先ほどであった劣等感の塊のような男でも、ぬいぐるみに声をかける純情な男でもありません。

 

彼は、そんなお金で身体を売る人に暴力をふるおうとするだけの、危険極まりない人物だったのです。

 

ですが、彼は裕美に暴力をふるおうとしてやめます。

それは、裕美が、同じように援助を行うほかの人たちと違うことに気づき、まだ、引き返せる段階にいるとわかったからです。

 

「こんなことしたらダメなんだよ。知らない男の前で、平気で裸になったりしたらダメだよ。誰だってよ、自分のことを必要としてくれてる人がいるんだよ。そいつが大切にしている人が、どんな気持ちになると思ってるんだ。私のことなんて誰も考えてねぇ、って思ってるんだろ。死ぬほど悲しい想いをしているやつがいるんだよ」

その時の裕美には意味がわからないのですが、のちに、それを説明してくれる人物が現れます。

 

一度は、変なオヤジたちを自分が助けてあげたりできる、とうっすら考えて価値があると思ってしまう裕美ですが、自分のやろうとしていることが、自分の価値をただ下げるだけの、もっと言えば、誰かを傷つけることにつながるかもしれないことを、やり方は悪いですが、結果として身をもって教えられるのです。

 

時代をとらえるうまさと皮肉

カラオケでみんなでいるとき、裕美は携帯電話に入っているメッセージを聞く場面があります。

 

編集の絶妙さというのでしょうか。

 

1997年に発表され人気となった、広末涼子の「大好き!」がBGMにかかりながら、裕美は援助交際を促す少女たちのメッセージをきき、流れる映像には、森本レオ演じる父親や、家族との思い出のシーンが流れます。

めちゃくちゃな皮肉です。

 

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大事に大事に育てられて、何不自由なく育ってきた彼女が、おやじにお金をもらうために、したくもないカラオケをして、どこかの変なやつに媚を売ったようなメッセージを聞く。

 

庵野秀明監督がアニメーションの監督と思っていたら、大きく損をしてしまうところでしょう。

この編集の絶妙さは、まさに映画ならでは、といったところです。

時代の空気を見事にとらえているシーンは、見事です。

自分には何もない。

裕美は、突然夜中に、自分のカバンの中身をぶちまけて、何かを探し始めます。

でも、探しているものはでてきません。

自分には価値のあるものなんて、何もないことに気づくのです。

 

『自分には何かが足りないと思いながら、友達とはしゃぐのは難しい。』

 

ラブ&ポップ」は、庵野秀明監督のアニメーション技法をつかった撮影も数多く見られます。

 

宝石の中から登場人物が見えているような絵づくりだったり、電子レンジの中にカメラの視点があるというのも、アニメ的です(まったくゼロというわけではありませんが、わざわざレンジをくりぬいて撮影するというのも、面倒なはずです)。

庵野秀明監督といえば、「彼氏彼女の事情」が有名でもありますが、そのときにも、アニメではなく道路をひたすら撮影していたりするだけの映像があり、そのあたりを見た人間ですと「ラブ&ポップ」の表現は、すんなり入ってくるところです。

 

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ただ、この作品は、たんにおやじたちに感性をめちゃくちゃにされてしまった哀れな若者たちを描く作品では、断じてありません。

 

たしかに、自分の価値に悩み、誰かが安易に金銭で欲望を解決したりする中で、変容してしてしまうものはあるでしょう。

ですが、エンディングでは、主人公含む4人の登場人物たちは、水の少なくなっている渋谷川を歩き続けるのです。

 

お世辞にもキレイな場所ではないところを、彼女たちは歩きます。白いソックスはあっという間に汚れていきますが、
「あの素晴しい愛をもう一度」をBGMに流しながら、彼女たちはひたすら歩き続けるのです。

 

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美しく生きるというのも尊いものですが、どぶ川のようなところを歩きながら、懸命に生きる姿がそのエンディングで分かります。


ちなみに、角川映画っぽさを出すためなのか(本作品は、東映作品)、庵野秀明監督(新人)としているあたりに、監督の映画愛が感じられるのはお茶目です。


以上、エヴァ監督庵野秀明初実写作品「ラブ&ポップ」の感想&解説2でした!

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