マイルを貯める人生/マイレージ・マイライフ
ジョージ・クルーニーが主演。ゴールデングローブ賞脚本賞を受賞。圧倒的な脚本の力とテンポのいい編集によって一気に引き込まれる作品「マイレージ・マイライフ」。
あらすじなどでは、年間322日も出張し、リストラを言い渡す「宣告人」をやっている主人公が、出会いの中で、ないがしろにしていた繋がりに気づかされる、みたいな書き方をされていたりします。
たしかにこの作品はヒューマン系の作品ですが、そんな、曖昧ないい話しなどではありません。
何よりいいのが、その脚本の構成力。
ついつい、ヒューマンな感じなんでしょ? 恋愛ものか?と敬遠したくなる本作品について、その魅力を語ってみたいと思います。
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主人公は何者か
「マイレージ・マイライフ」の素晴らしさは物語冒頭でわかってしまいます。
「This Land is Your Land」が流れながら、各都市の空を映すオープニングの時点でワクワクするのですが、いきなり、リストラを言い渡された人たちのインタビューのようなシーンが連続します。
そして、
「あんた、誰なんだ!」
「いい質問だ。僕は誰か」
といって、ジョージ・クルーニー演じる主人公が自分の役割を語ります。
リストラをその会社の上司の代わりに宣告することを職業にしており、物語の序盤だけみると、淡々と人々にクビを告げる仕事にみえます。
本当にこういった職業があるのかはわかりませんが、レイオフと呼ばれる解雇制度はあり、社員のことを考えれば、このような商売があっても不思議ではないと思います。
この物語の脚本が面白いのは、そんなあっても不思議ではないけれど、本当にあるんだろうかと思う商売そのものが、この作品のテーマに大きく関係する職業だというところも非常にうまいです。
さて、ジョージ・クルーニー演じる主人公のライアンは、めちゃくちゃ仕事ができる男です。
彼は、322日出張する男。
その彼は、カバンの中に必要なものだけ手際よく入れていきます。
その洗練された動き。
荷物をパッキングする様子を見るだけで、彼がいかにキッチリしていて、物事にこだわっている合理的な人間かどうかがかわるのです。
だから、彼は「バックパックは空にしたほうがいい。必要なものだけを入れるんだ」という講演会まで行っているぐらいです。
また、
「僕にとって空港が我が家だ」
と言い張るぐらい出張が多い彼は、彼の中では順風満帆で、毎日が充実しています。
会社の出張によってマイルを貯めるのが好きであり、出張をしまくる自分が特権的な人間と思い、そんな自分を心底好きなナルシストでもあるのです。
ちなみに、説明するまでもないと思いますが、マイルとは、航空会社が行っているポイントサービスのことであり、マイレージサービスと呼ばれるものです。よくあるポイントと違うのは、マイルという距離が増えていくところです。マイルがたまるということは、簡素にいえば、それだけの距離を飛んだ、ということにもなるのです。
さて、そんな彼が、理想的な女性と、一人の新入社員と出会うところから、物語は動きはじめてしまうのです。
理想的な女性
バーで出会った女性アレックスと、ジョージ・クルーは出会います。
この女性は、まさに主人公の女性版のようなキャラクターです。
彼女もまた、1年のほとんどを出張ですごし、キャリアウーマンとしてバリバリ仕事をしています。
ライアンとアレックスはすぐに意気投合します。
自分達のもっているプラチナカードや会員証などを見せ合いながら、喜んでいるのです。
「コンシェルジュ・カード。実在するのね」
「初めて手にしたときは、興奮した」
「私は年間、6万マイル程度よ」
その姿は、カードゲームをする少年のような感じです。
物語を見ていくとわかりますが、アレックスは主人公と同じ価値観をもった人物であり、彼そのものです。
二人は、体の関係を持ちますが、それはあくまで大人の関係。
お互いに必要なときにあって、必要なことだけを行う。
普通の感覚の人であれば、なんなんだこの人たちは、と思うでしょうが、彼らは合理的です。
1年中出張し、飛行機にいる時間のほうが長いような彼らからすれば、恋人も現地で出会ったほうが効率がいいのです。
しかも、主人公が驚くほどアレックスは性に開放的で、まさに理想的な女性でした。
「チープかな」
「ステイタスが好きな私達は、お互いチープよ」
新入女子社員
ライアンは、会社に呼び戻されます。
クビを宣告するためにアメリカ中に出張し、実際に顔を合わせて伝えるのが彼らの仕事ですが、経費削減と事務処理効率化のため、インターネットの映像通話によって話しをするスタイルに変更することになってしまいます。
顔と顔を付き合わせることなく、映像で伝える。
そんな、映像によって解雇するように提案したのは、新入社員であるナタリーでした。
断固として拒否するライアン。
ただ、今までの彼の生き方をみれば当然です。
彼は出張によってマイルを貯めることを生きがいとしています。
それに、彼は出張することによって特権的なカードをつかって、他の人間よりも優越感を得ているのです。
そんな彼から特権を奪うわけですから、反発しないはずがありません。
ただし、あまり考えないで見てみると、人間は顔をあわせるべきと考えるアナログ派と、映像で十分でしょと考える新人デジタル派。
世代による戦いでもあることが示されるのが面白いところです。
ジョージ・クルーニー演じるライアンは、仕事への誇りと、マイルを貯めたいという思いをまぜこぜにしながら、反発しているのです。
ナタリーは、頭はいいのですが、実務も人生経験もありません。
そのため、ライアンのもとで研修を受けることになります。
まるで、師匠と弟子のようになりながら、彼らの仕事がいかに大変なもので、解雇された人たちの人生にどれほど大きな影響を与えるものかがわかっていきます。
ナタリーにとってすれば、解雇される人間というのはどこか他人事です。
単純化して言えば、デジタル世代の若者が、アナログおじさんによって、アナログの良さも知って成長していく、といったところでしょうか。
この作品で面白いのは、アナログおじさんのほうも影響を受ける、というところです。
ゆらぐクルーニー
影響を受けた彼は、自分の生き方に疑問をもってしまいます。
彼は、アレックスという身体の相性も価値観もばっちりあう女性と出会い、お互い都合がいい関係で過ごしていて、それでなんの問題もないと思っていました。
また、家庭に縛られることも暗に嫌がっており、結婚している姉や、これから結婚しようとする妹から距離をとっていたのです。
ですが、アレックスとの関係をナタリーに聞かれたライアン。
「気楽な関係さ」
「人と関わらない生き方をしているあなたの、殻の中に飛び込んだ女性を、気楽な関係扱い? ふざけないで」
と激しく言われます。
そのことで、ライアンは自分の人生について考え、アレックスに、妹の結婚式に一緒にでて欲しいと伝えるのです。
ここからはネタバレ。
この作品は、脚本の出来がとにかく素晴らしいです。
ぎりぎりネタバレは書かないようにしますが、アレックスとライアンの関係は、まさにライアン自身が引き起こしたことでもあります。
話しは全然変わりますが、日本の少女漫画で「彼氏彼女の事情」という作品があります。
この作品の前半では、人によく見られたいと見栄をはるためにひたすら努力を続けて周りを騙し優等生になっていた主人公が、本物の優等生と出会い、挫折をしながら恋愛をしていくという作品になっています。
「彼氏彼女の事情」で面白いのは、彼女に起こる問題が、彼女自身が引き起こした問題であることが如実にわかるところです。
彼女は見栄をはるために嘘の自分を作り上げます。
その結果、クラスメイトはちやほやしてくれますが、本当に友達と呼べる人は一人もいませんでした。それでも、彼女はまったくかまわないと思っていたのです。
だって、賞賛されるほうが嬉しいから。
でも、彼女は本当の自分で、人と接しなかったせいで、どうやって心を通じ合わせればいいのかわかりません。
それが原因で、彼氏やクラスメイトともギクシャクしてしまっていくことになるのです。
次々としっぺがえしをくらって、価値観が変わり、悩みながら恋愛を重ねる。そんな作品が「彼氏彼女の事情」です。
さて、「マイレージ・マイライフ」のライアンも、同様にしっぺがえしをくらいます。
彼は、都合のいい関係でいいと思い、だからこそアレックスにもそれを求めた。
何度も書きますが、アレックスもまたそういう人間なのです。
ですが、ライアンは、ナタリーに影響されたことで、自分も一人の女性と深く付き合おうと思ってしまいます。
劇中の台詞を借りるのであれば、「バックパックの中身に入れたい人ができた」とでもいいましょうか。
ですが、それはあまりに都合がいいというものでしょう。
脚本の見事さ
脚本の見事さを語ると長くなりますが、色々な対比などによってわかりやすく問題点やテーマが示されているのが秀逸です。
たとえば、ライアンがバックパックの中身をいれようと決心する原因となることとして、妹の結婚式があります。
姉夫婦が実はもう離婚していたり、妹の旦那は結婚式当日に、結婚したくないと駄々をこねます。
困り果てた家族はライアンに説得をさせます。
そもそも、ライアンは家庭的な人間ではありません。
ですが、少しは家庭に憧れをいだきそうになったところで、様々な酷いものを見せらます。
結婚は必ずしもいいことではない、幸せなだけではない、ということをちゃんと見せています。
そう思わせておきながら、新郎を説得することで、自分自身の気持ちも変わっていってしまうところもよくできています。
また、最後に彼は、目標にしていたマイルを貯めます。
ですが、そのときには、彼にとってマイレージは何の意味もないものになってしまっています。
彼の価値観がかわってしまったためです。
そして、彼は、お金がなくて新婚旅行にいけなかった夫婦にマイルをプレゼントします。
物語のラストで、自分の家に戻っていくジョージ・クルーニーの立ちすくむ姿は、どうみえるのか。
優れた作品というのは、物語の中で価値観がかわっていきます。
よくある作品では、主人公自身の成長というのがわかりやすいですが、「マイレージ・マイライフ」では、主人公はもうすでに成長しきっています。
ですが、パラダイムシフトすることで不完全になり、その中で生きていくことになるのです。
様々な価値観がでてきて、その中で、何が正しいというわけでもなく、でも、映画をみたそれぞれの人たちが、真実の欠片を見つけていくきっかけになるのが、よい作品の要件の一つではないでしょうか。
「マイレージ・マイライフ」は、空の上でふらふらとそれを探す人の物語なのです。
以上、「マイルを貯める人生/でイレージ・マイライフ」でした!