シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

コメディは世相を示す。「グリーンブック」感想&解説

グリーンブック~オリジナル・サウンドトラック

 

アカデミー賞3部門受賞した映画「グリーンブック」。

ロードオブザリングでお馴染みアラゴルン役を演じたヴィゴ・モーテンセンと、「ムーンライト」でも助演男優賞をとったマーシャラ・アリが出演するデコボココンビの差別やそれに対する姿勢をみせたロードムービーとなっています。

映画に込められた思いも含めて、感想&解説をかいていってみたいと思います。

映画をまだみていない人でも問題ないようには書きますが、物語のネタバレが苦手な人は気を付けてみていただきたいと思います。

スポンザードリンク

?

 

ピーター・ファレリー

メガホンをとるのは、傑作コメディの一つでもある「メリーに首ったけ」や、心の美しい人が美人・美男子にみえてしまう呪いがかかった男を描く「愛しのローズマリー」で有名なファレリー監督です。

 

cinematoblog.hatenablog.com

 

ファレリー兄弟として作品をとっていたのですが、「グリーンブック」では、兄であるピーター・ファレリーによって作られています。


もともと、ファレリー兄弟の作品は、障害を持つ人が当たり前にでてくる作品として有名です。

どういうことかといいますと、映画にでてくるキャラクターの中で障害をもっている人間がいれば、それは、よい人物として描かれていたり、物語の中で意味のある使い方をされることが多いと思わないでしょうか。

ファレリー兄弟の作品では、障害をもっていようがもっていまいが、同等に描きます。

 

障害をもっていたって性格のいい人もいれば悪い人もいる。

多くの人物がでてくるのに一人ぐらい障害をもった人間がいたって不思議ではない。

そのような思想のもと、ファレリー兄弟の映画の中では重要さの有無にかかわらず障害をもつ人物がでてきたりするのです。

ブラック・ユーモアたっぷりな作品をとるファレリー兄弟の兄、ピーター・ファレリーが、大真面目に黒人差別の強烈だった時代を舞台にした実話を映画にする、ということだけでも、わくわくしてしまうところです。

 

黒人差別の実態

今でこそ、差別はされるべきではない、という意識が広がっていますし、逆に、差別をしていくべきだ、という揺り返しがきている時代でもあります。

映画の舞台は、1962年。

そんな黒人差別が真っただ中のアメリカで、イタリア系アメリカ人であるトニー・ヴァレロンガが、用心棒を頼まれるところから始まります。


物語の冒頭時点では、トニーという男が黒人差別をしている人間だということがわかります。


奥さんは、黒人に対してもかわらない態度ですが、トニーは黒人たちがつかったコップをそのままごみ箱に捨ててしまいます。

奥さん以外の家族も、黒人に対していい感情を抱いていません。

そんな中、彼は、黒人でありながら博士号をもち、ピアニストとして成功しているドン・シャーリーと出会うのです。


用心棒を頼まれた彼ですが、普通に考えれば、黒人と仕事などやっていられるか、と断ったて不思議ではない時代です。

ですが、トニーはプロでした。

どんなに黒人のことが嫌いであったとしても、仕事である以上きちんとした対応をするところがミソとなっています。

トニーは黒人差別をしていましたが、仕事では常に公平。


ですが、北部では黒人差別はなくても、南部にいくとなると話は異なってきます。

ドンは、人種差別が根強い南部へとツアーにでかける、という出発する前からわかりきっている厳しい旅へと出かけることになり、二人は変わっていくことになります。

 

トニーの食べっぷり

さて、作品が持つ差別に対する思いや姿勢というのは、映画をみていただければわかるところですが、本作品をみるとおなかがすく人が多いのではないでしょうか。


トニーは、大食いです。

ヴィゴ・モーテンセンが役作りのためにものすごく増量したというだけあって、貫禄もありますし、物語の前半で、ホットドックの大食いにチャレンジするところで、彼がいかに食べる人間か、というのがわかるようになっています。


大きなピザを丸めてかじる姿をみたら、ピザが食べたくなってしまうこと請け合いです。

 

さて、本作品は文化の物語であり、アイデンティティの物語にもなっているところが魅力です。

 

ソウルフードを食べているか。

黒人でありながら、超エリートのドン。

白人ではあるものの、学がそれほどあるわけではないトニー。


そんな二人のでこぼこコンビが、アメリカ南部を移動する中で、彼らが変わっていくのが一番の魅力です。


ドンははじめいけ好かない人間として、玉座のような椅子に座っています。

ですが、ドンのアンバランスが明らかになっていきます。


トニーがフライドチキンをドンに勧めますが、ドンは断ります。

「食べられない」

「おいしいぞ。食べてみろよ」

「食べたことがないんだ。僕の毛布に油がついてしまうじゃないか」

信じられないかもしれませんが、上流階級の人は、食品を直接手でつかんで食べるようなことはしません。

ナイフとフォークでしか食べないのです。

そのため、フライドチキンを渡されても、ドンは食べられない、というのです。

「いいから食べてみろ」

といって、おそるおそる食べるドン。

このあたりは、異文化交流ものとしてみることができて面白いところです。

ですが、もともとフライドチキンは黒人の食べ物なのです。

そんな黒人のソウルフードを食べたことがない黒人。


食文化などを通じながら、超エリートでありながら、孤独なドンの心がわかっていきます。

 

マイノリティの恐ろしさ

ちょっとネタバレになりますが、ドンという男はマイノリティです。

アメリカの南部において黒人差別をされることでも大変ですが、さらに、彼は捕まってしまう場面があります。


裸でつかまってしまう彼を、トニーは「タオルぐらいかけてやれ」といって怒ります。

その隣には、同じくおびえた裸の白人の男。


彼は、同性愛者だったのです。

今でこそ、色々な性が認められつつある昨今ですが、黒人差別が強烈だった時代に、同性愛というのはあまりに大変です。

下手をすれば殺されていても文句はいえず、しかし、現代を生きる我々からすれば、なぜそこまで虐げられるのか、と思ってしまうところです。

ドンという男は、黒人でありながら、黒人の文化を知らず、白人でもない。

そんな彼に居場所はありません。

心の変化

トニーという男の変化もまた素晴らしいです。

トニーは前述したとおり、黒人が嫌いな男でしたが、それは、彼が、黒人というものでしか黒人をみていなかったためです。

カテゴライズすることで、思考することを停止していたトニーが、かわっていく姿こそが「グリーンブック」という映画の真髄でしょう。

 

彼は、奥さんに手紙を書くように言われて、手紙を無理やり書きます。

見るに見かねたドンが、代わりに手紙を書かせることで、トニー自身も文章の書き方がわかっていく、というところは味な演出になっています。


しかし、はじめのころは、トニーは仕事だから仕方がなくドンと旅に出ます。

ですが、彼のピアノを聞いて変わっていきます。

スタインウェイのピアノじゃなければ弾かないという彼の要望ははじめこそ馬鹿げて見えるのですが、黒人に対してそんなことできるかよ、という姿勢の人間を見て彼は、差別というものがどういうものかを知っていくのです。


自分が今まで何気なくしていた差別が、ドンという男を通じてみたことで、初めて自分の身に感じられるようになるのです。

他映画との比較

フランス映画「最強のふたり」も、黒人と白人が一緒になることでつくられる作品として有名です。

 

最強のふたり (字幕版)
 

 

大富豪であるフィリップは、頚椎損傷によって首から下が動かなくなってしまった男です。

その男の介護を担当することになった黒人のドリスとの物語となっています。

この映画は、差別というよりは、一見でこぼこな二人が、協力することでお互いが人間になっていく姿を描いた感動作品となっています。

お金にもチャンスにも恵まれない黒人と、お金はあるけれど女性に対してシャイだったりする白人。

「グリーンブック」は、どこまでも二人は対等な関係であろうとするところがよくできています。

最強のふたり」もよい映画ですが、一歩を踏み出すことができない富豪のフィリップが、黒人であるドリスの破天荒さによって後押しされるという物語になっているのに対し、グリーンブックは、お互いが変わっていく姿を丁寧に描きつつ、差別というものをどのように変えていくのか。その勇気はどういう風にだすべきか、ということを示した作品となっているのです。

 

グリーンブックのタイトル

本編でもでていますが、グリーンブックは南部において黒人が止まっても問題のないホテルが書かれた本になっています。

ちょっと信じがたいかもしれませんが、本当に当時はそういうものでもなければ、南部を旅することなんてできなかったのです。


ですが、同時にそのようなものが発売されるぐらい、人々は旅をしていた、ということでもあります。


「自分に何ができるのかを考えるんだ」


ドンという男は、北部で暮らしていれば傷つくことのない人生を送れたでしょう。

ですが、苦しんでいる自分と同じ血が流れている人がいることに彼は目を背けなかったのです。


車のラジエーターから煙をふいて、水をいれている最中に、ドンは畑で働いている黒人たちを見ます。

白人を運転手にして、いい身なりの黒人である自分と、ボロボロの格好で農作業をしている自分と同じ黒人。

同じ人間がこんなにも違う状況に置かれてしまう、ということも含めて教えてくれる映画こそが「グリーンブック」となっていますので、そんな問題を頭の片隅にいれつつ、とはいえ、コメディ要素もたっぷりな本作品となっておりますので、何度も見てみてもらいたいと思います。

 

以上、コメディは世相を示す。「グリーンブック」感想&解説でした

スポンサードリンク