トロッコ問題。アメリカンスナイパー感想&解説 クリント・イーストウッド
クリント・イーストウッド監督といえば、80歳を越えてなお映画を製作し続ける紛れもなくA級の映画監督です。
アメリカの魂は移民であろうと継承できるという思いを描いた傑作「グラン・トリノ」や、孤独だった女性とトレーナーがボクシングを通じて生きることについて浮き彫りにした「ミリオンダラー・ベイビー」。
ほぼ毎年のように作品をつくり、その作品の大半が深いテーマと示唆に富んでいるのですが、クリント・イーストウッド作品の中でも頭一つぬけた作品として「アメリカン・スナイパー」について、感想&解説をしてみたいと思います。
ネタバレを含めて書いていきますので、気になる方はお気をつけください。
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ネイビー・シールズとは
本作品は、ネイビー・シールズに所属したクリス・カイルという実在の人物をもとに作られた作品となっており、一部脚色が含まれているものの、実話ベースの作品としてみるとより一層感慨深い作品となっております。
SEALsは、陸・海・空といずれでも活躍する部隊であり、主人公がその基礎訓練を終えるということをさらっと言っていますが、その過酷さは想像を絶するものです。
近年では、アフガニスタンのレッド・ウィング作戦について描かれた「ローン・サバイバー」がアカデミー賞にノミネートされたり、トム・ハンクスが主演した「キャプテン・フィリップス」など、SEALsが活躍している作品は多数あります。
ちなみに、スティーブン・セガールが主演している有名作品「沈黙の戦艦」では、セガールは元SEALsということになっています。
アメリカ軍の中でも飛びぬけて能力の高いのがネイビー・シールズなのです。
家族を守る
主人公のクリス・カイルは、厳格な父のもと育てられています。
テキサスで幼いときから銃をうって獲物を狩り、気弱な弟を守るために暴力をふるうことも辞さない強い男です。
彼の父親は、人間の中には、羊、オオカミ、番犬がいると説明します。
クリスは、幼い時から弟を守り、家族を守ることの大切さをもって、番犬(シープドック)としての意識をもっていました。
その彼が、アメリカ大使館爆破事件というテロ事件をみて、アメリカ(家族)を守ろうと軍に入隊し、その中で軍功をあげながらも、PTSDに悩まされていく、という物語が「アメリカン・スナイパー」になっています。
壊れていく心
クリスは、派兵されるたびに罪を背負ってきます。
はじめて撃ち殺したテロリストが、爆弾を抱えた子供というのも嫌な話ですし、スナイパーとして人を殺せば殺しただけまわりからほめられます。
「伝説」
そのように呼ばれる彼の複雑な心境がわかるところが素晴らしいです。
「アメリカン・スナイパー」の興味深いところは、主人公が何に対して罪の意識をもっていたか、ということです。
普通であれば、女性や子供を撃ち殺したりするところに罪悪感を感じて、病んでいくところでしょう。
作中でも、主人公の弟は、人を殺すということに対して罪を感じていたのか、精神を衰弱させてしまっています。
しかし、クリスは人を殺すことに罪悪感を感じていたわけではありません。
「撃ったやつは、神様に対して説明できる」
彼が罪に感じていたのは、撃った相手にではなく、救えなかった相手に対してです。
彼は、イラクにいくたびに、仲間を完全な意味では救えません。
どうしても心残りが残ってしまって、そのたびに、また行かなければならないと思う、責任感が非情に強い男なのです。
一人を助けるのか、五人を助けるか。
突然ですが、トロッコ問題という思考実験があります。
『これから、「正義」の話をしよう』で有名なマイケル・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」なんかでも話にあがっていたものです。
自分がトロッコの切替機の前にいて、切り替えをしなければ5人が死に、切り替えれば一人死ぬ、という状況のとき、どうするのか、というものです。
放っておいて5人が死ぬか。
自分の手で一人を殺して、5人を助けるか。
ある意味究極の選択についての思考実験。
「アメリカン・スナイパー」のクリスという人物は、その判断をきっちりしている人間なのだと思われます。
彼はスナイパーとして、一人の子供とその母親らしき女性を射殺します。
「お前がうたなければ、仲間が10人死んでいたかもしれなんだ」
という同僚の言葉を聞き流しながら、彼は何度も命を天秤にかけるのです。
物語の最後には、彼は、宿敵である男を撃とうとします。
本当は、撃たないほうがいいのです。
敵地のど真ん中で、銃を撃とうとするのですが、相手に自分の位置を知らせるということであり、あっという間に殺されるのがわかっているのです。
それでも、クリスが撃たなければならなかったのは、より多くの仲間を助けるためにほかなりません。
「クソッタレ伝説野郎」
と仲間は言います。1920メートル先の標的を撃つというのは、人間業ではありませんし、その結果が、自分達が死ぬのはわかっているのです。
確実にやり遂げる意思。
自分の命を危険にさらしたとしても、その銃弾によって多くの仲間を救えるという確信があるからこそ、彼は引き金を引けるのです。
でも、クリス・カイルという男の人間性は、5人の人間を救えたからよかった、ではなく、そこで一人は救えなかった人間がいることを悔やむ気持ちがあるからこそ悩む、という複雑な心理描写がすばらしいです。
妻の存在
夫が軍隊に入っている妻というのは、非情に辛いものです。
いつ旦那が死ぬかもしれない。
その寂しさを耐えるということもまた、並みの精神力ではないのです。
「アメリカン・スナイパー」でも、ネイビー・シールズに所属する夫との距離を感じながらも、それでも、夫を信じる妻タヤが描かれているのが特徴です。
ちなみに、物語の前半では、カウボーイとして暴れ馬や牛にのるクリスに対して、その寂しさや不安から浮気をしてしまう恋人が描かれています。
「貴方の気がひきたかったの。寂しかったのよ」
多少は極端かもしれませんが、相手のことが好きであればあるほど、危険な仕事をすることに対するストレスははかりしれないものとなるはずです。
そんな妻たちを描いた映画作品として思い出されるのは「ライト・スタッフ」でしょうか。
宇宙飛行士になるべく訓練を続け、いつ死ぬとも知れない夫の帰りをまつ妻たちの物語でもあります。
「家にかえるよ」
そういえる妻がいたクリスは、日常に帰ることができた、ということも「アメリカン・スナイパー」は描いているのです。
戦地にいく理由
さて、「アメリカン・スナイパー」は、一般的に、PTSD(心的外傷後ストレス障害)をかかえたアメリカ軍兵士の物語、ということになっています。
もちろん、その通りなのですが、この作品は、PTSDにのみ焦点があたっているわけではありません。
もちろん、アメリカにもどってきた主人公は、ドリルの音や、後ろをついてくる車の動き、子供とじゃれあう犬などに過剰反応してしまいます。
「心を置いてきている」
と妻に言われるぐらい、彼は、戦地から離れることができないでいるのです。
さて、ここからは完全なネタバレになります。
知っている方も多いと思いますが、「アメリカン・スナイパー」は、ハッピーエンドで終わるはずでした。
脚本が作成されているときは、クリス・カイルは存命であり、その深い人間性によって多くの人を救っていたのです。
救えなかった仲間への罪悪感から、戦地に赴かなければと思う主人公。
ちなみに、「アメリカン・スナイパー」での戦地へ戻りたいという理由は、救えなかった仲間、あるいは、自分が救える仲間がいるためとなっています。
そのため、主人公の幼い頃に、父親から、羊・狼・番犬の話しを聞かされるというエピソードが挿入されているのです。
彼は番犬として、狼から仲間を守る人なのです。
ちなみに、戦地に戻る理由を前向きに提示している戦争映画として有名なものは、キャサリン・ビグロー監督「ハート・ロッカー」ではないでしょうか。
この場合、戦争という舞台をつかっていますが、あくまで仕事という風に置き換えたほうが余計な先入観は入らないのではないでしょうか。
自分しかできない仕事がある。しょうがない、行くか、というのが爆弾処理のプロフェッショナルである主人公の気持ちだと思われます。
「アメリカン・スナイパー」は、仲間を救いたいという思いによって行動しています。
クリスは、病院で診察を受けているときに、医者に
「ここにも救う兵士はいる」
と言われて気づきます。
怪我等によって障害をもった元兵士たちのケアをすることに、自分の救うべき方法を見つけるのです。
そして彼は、射撃によって国外で仲間を救うことから、国内で傷ついた兵士を救うことにシフトすることができたのです。
戦場と日常の中で、なんとかバランスを取り戻した兵士のハッピーエンドになるはずでした。
ですが、2013年。彼は凶弾に倒れます。
エンディング
実際の映像が流れます。
そこには、多くの人たちが道路のいたるところに集まって、遺体がのっている車に敬礼したりしている映像が映し出されています。
彼は、戦場で160人以上を殺し、仲間を救った。
そして、自ら苦しみながら、本国でも、より多くの人を救ってきた。
こんなにも多くの人を彼が救ってきたのだ、ということがわかる素晴らしいエンディングとなっています。
クリント・イーストウッド監督もインタビューで答えていますが、この作品は戦争の良し悪しとかそういったものではなく、純粋にみてほしい、と言っています。
人間というものがどのようにして生き、人を救っていけるのか。また、救われるのか。
最後までみたあと、何が大切かを考えさせられる作品となっています。
以上、「アメリカン・スナイパー感想&解説 クリントイーストウッド」でした!