悩み事から逃げたら、こうなるかも/マシニスト
どんな人であったとしても、悩み事というのは尽きないものです。
ましてや、それがとりかえしのつかないことをしてしまって、誰にもいえない状況になってしまったら、ノイローゼになってしまっても不思議ではありません。
マシニストは、悩みによって自分自身を転落させていってしまう男を描いた物語となっています。
今現在、なんらかの悩みをもっている人は、この作品をみることで、より不安な気持ちになるかもしれませんが、一種の救いもまた示している作品ですので、そのあたりを解説しつつ、映画の魅力を語ってみたいと思います。
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クリスチャン・ベール
本作品の見所はいくつかありますが、物語の冒頭からひきつけられるものがあります。
それは、主演であるクリスチャン・ベール自身の肉体です。
ガリガリにやせ細り、みているだけでも痩せ過ぎなのがわかるその身体は、異様です。
クリスチャン・ベールといえば、クリストファー・ノーラン監督のバットマンシリーズでバットマンを演じていたり、本ブログでも記事で紹介した、「アメリカン・サイコ」で、大成功しているにもかかわらず、自分自身の生きる実感に乏しいせいで、妄想にとらわれていく男を演じました。
「マシニスト」でも、「アメリカン・サイコ」と似たような役どころとして出演しており、やせ細った主人公を演じるために、過酷な体重減少を行ったことでも話題を集めました。
本作品は、ミステリー風のテイストを取り入れている作品です。
まず第一に、クリスチャン・ベール演じるトレバーが、なぜ痩せたのか、というところから疑問が浮かびます。
麻薬をやっているわけでもなく、1年前までは仲間とよく遊び、社交的だったはずの男が変わってしまった。
その謎を追いかけるため、我々は、一人の男の様子を観察することになるのです。
物語の謎
さて、本作品は、ネタバレをしなければ、どうにも語れない作品となっています。
そのため、まずは、物語の謎について、軽く書いた上で、ネタバレにうつっていきたいと思います。
もし、ネタバレを気にされる場合は、謎について確認した上で、読み直していただけると助かります。
さて。
この作品は、いくつか考えるべきポイントがあります。
主人公がなぜ痩せているのか。
主人公は、なぜ眠れないのか。
アイバンという男は、一体何者なのか。
なぜ空港のウェイトレスは彼と仲良くなっているのか。
冷蔵庫のポストイットは誰が書いたのか。
このあたりを含めて、ネタバレをしていきたいと思います。
主人公は悩んでいる。
本作品は、主人公が眠れないことの原因が一番大きな発端となっています。
手っ取り早く言ってしまいますと、本作品は「悩み事」の物語です。
主人公は、大変なことを行ってしまい、それをまわりに告げることができないまま逃げています。
そのため、彼は食欲があまりありません。
あるいは、意識して食べないようにしているのかもしれませんが、悩み事のためにあまりおいしいとは感じないことでしょう。
不眠の原因も同じです。
人間、悩み事がある場合はなかなか眠れるものではありません。
不眠症状と、悩み事が重なれば、他人のちょっとした行動が気になるようになり、被害妄想が広がっていきます。
ちょっとした汚れも気になるようになり、主人公は、タイルの汚れをひたすらみがいて取ろうとしたりします。
神経症を患っていると推測できる行動です。
そして、被害妄想や不眠による疲労。
悩み事から逃げ出したいという思いが、空港のカフェへと足を向け、そこで、コーヒーを頼み、そしてまた決断できずに帰っていく。
そんな、悩みの地獄からぬけだせない男の物語が「マシニスト」です。
そして、それが行き着いてしまうところで、物語は終わりへと向かいます。
関連する映画
本作品において、主人公が同僚を事故に合わせてしまう原因となった人物に、アイバンと言う男がいます。
一体何者なのか、と思うところですが、主人公自身の妄想が作り出した人物であることは、なんとなく想像がついてきます。
この手の作品で有名な映画といえば、言わずとしれた「ファイト・クラブ」をあげないわけにはいきません。
「ファイト・クラブ」は、IKEAで北欧家具を集めることが好きな主人公が、ある日自分が本当に生きている実感を得るために、ブラット・ピット演じる謎の男に誘われて、殴り合いのケンカをはじめ、やがて、世界を変えようとしていく、という物語です。
今という現実から目を背けるための存在、または、自分自身の理想としての人物が描かれることで、物語が動いていくというものです。
また、「マシニスト」において、主人公の記憶はひどく曖昧です。
不眠ということもありますが、そのさまは、クリストファー・ノーラン監督「メメント」を思い出すところです。
記憶がわずかな時間しか維持できない男が、殺された妻のために犯人を探し出すという物語ですが、記憶が続かないばかりに、記憶の迷路から抜け出すことのできない男が描かれています。
ちょっと、わき道にそれる関連映画ですが、主人公の眠れなさ加減については、アル・パチーノ主演の「インソムニア」なども思い出されるところです。
クリスチャン・ベール演じるトレバーの眠そうな演技は、みているこちらがわも眠たくなってくるような気すらします。
記憶と妄想という点では、レオナルド・ディカプリオ主演「シャッター・アイランド」なども、本作品が気に入った人は楽しめることと思います。
また、「オズの魔法使い」といった古典作品もその源流にあるといってもいいでしょう。彼の世界にでてくるものは、彼自身の悩みや意識が具現化したときがあるためです。
看板とかに、彼自身の本音が書かれていたりします。
また、彼は、魚釣りが好きだということもあり、作品のところどころに魚自身や魚に関係するものがあったりするのも面白いところです。
そんな古典映画も含めながら、2000年前後からはじまる、外の世界ではなく、自分の内側の世界に焦点をあてた映画群がちりばめられた作品の一つがマシニストと考えていいかと思われます。
マシニストって何?
マシニストというタイトルは、原題でもThe machinistですが、これは、機械工といった意味です。
主人公が、部品などをつくる機械工であることからのタイトルとは思いますが、この作品のテーマを考えると、もう少し深読みすることができるかと思います。
主人公のトレバーは、もともとは、赤い車を乗り回し、友人と魚を釣ったりして、日々を楽しんでいる男でした。
しかし、ひき逃げをしたことで人生が一変します。
彼は、自分の犯した罪の意識から逃れることができず、やせ細り、やがて、妄想をみるようになります。
事故を起こした親子は、自分が助ける側にまわれるような気がしてみたり、人生がやり直せるような錯覚を覚えたりします。
子供がてんかんで倒れた後に、あっさり復活するあたりも、本当は大丈夫だった、というオチがついて欲しいという切なる願いの表れに違いありません。
実は、トレバーという男は、特別な男ではありません。
「アメリカン・サイコ」における満足できない成功者というわけでもなく、ヒーローになりたかった男でもありません。
彼は、マシニスト(機械工)として日々をいき、楽しんでいたはずの男です。
本作品のタイトルには、そんな普通の人が、罪を犯すことで転落してしまう恐ろしさを描いた作品といえるのです。
だからこそ、スペシャリストでも、ジェネラリストでもなく、マシリストなのかも、しれません。
彼は眠る。
そんな目の前の現実化から逃げ続けた彼は、やがて、一つの決断をします。
遊園地の中の「地獄」か「天国」かの二択や、逃げる途中でどちらの道をいくべきかの二択。
彼は、光りの指す方向には常にいくことはできません。
ですが、彼は「空港」ではなく、「町」に向かって車を向かわせます。
自分自身の罪や嘘に立ち向かったとき、彼は、ようやく眠ることができるのです。
冷蔵庫に張られたポストイットは、彼自身が、自分自身にむけておこなった告発ですし、空港のウェイトレスとの出会いは、願望に過ぎません。
大きな罪を犯し、自分以外に誰もそれを知らないとき、人間は、まわりを疑います。
ちょっとした行動、話し方、出来事。
勝手に機械が動き出したことや、まるで、見知らぬ誰かのせいで、自分がミスを起こしてしまったことも、そのすべてが疑わしく感じてしまうのです。
彼は、自分自身の妄想を殺します。
その場面は、「ブラック・スワン」のナタリー・ポートマンを思い出すところです。
自分との戦いというのは、一度はじまるとなかなか決着がつきません。
ですが、「マシニスト」という作品の中で、どんな人でも悲劇は起こること、そして、それに立ち向かわなければならないことを教えてくれます。
ちなみに、冷蔵庫からあふれでてくる血は、主人公が1年前にとった魚の血です。
朦朧とした意識の中で公共料金を払うことができず、冷蔵庫が機能しなくなったことで、魚が解凍され、血が流れてきてしまったのです。
これは、見たまんまの意味もありますが、深読みすれば、魚釣りがやりたかったりした彼自身が、限界を超えてしまったことのメタファーとしてみることもできます。
マシニストには、色々なメタファーがちりばめられていますので、それも含めて見返すと面白い発見があるかもしれません。
以上、「悩み事から逃げたら、こうなるかも/マシニスト」でした!