シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

むかわ竜で盛り上がったら、この映画/ジュラシック・パーク

ジュラシック・パーク(字幕版)

 
日本で最大の全身骨格恐竜であるとされている通称むかわ竜。

歴史的発見の後押しもあって、恐竜に対する興味がじわじわと盛り上がっている人も多いのではないでしょうか。

太古のロマンである恐竜。

そんな恐竜へのロマンが現実化した、歴史的な作品である「ジュラシック・パーク」について、改めて感想&解説をしてみたいと思います。

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あらすじ

本作品は、いわずとしれた恐竜映画の金字塔として、内容を知らない人のほうが少ないのではないでしょうか。


遺伝子操作によって現代に復活した恐竜たちを見ることができるジュラシックパーク

事故が起きたために、恐竜達が野放しになってしまったパークの中で、主人公達は、無事脱出することができるのか、というのが大枠の内容となっています。


主人公であるアラン博士は、インディアナジョーンズを思い起こさせるようなフィールドワーク主体の学者です。

 

 

アラン博士は、機械が苦手であり、ヘリコプターの中ではシートベルトの締め方がわからなくて、結んでしまうというシーンがあります。

この動作だけで、彼の大胆さ、性格がわかってしまうシーンとなっています。


スピルバーグ映画の一つの特徴として、大人になれない主人公というモチーフがあり、アラン博士もまた、子供嫌いであり、恋人との関係をうまくすすめることのできない人物でもあります。


そんな彼が、危機を通じて成長していくという物語、という側面もある脚本としても簡潔で優れたものになっています。

 

CGのすごさ

また「ジュラシック・パーク」における意義というのは、色々なブログでも取り上げられているところだと思いますが、CGの凄さです。

ILM(インダストリアル・ライト&マジック)によって作られているCGによって、実用化レベルでつかえるということを示したという点でも意義深い作品です。


「本物の恐竜だ。群れで動いている」


当時、恐竜というのは、図鑑でみるようなものであり、恐竜達が動いている姿をみることができるなんて、当時は考えもしなかったのです。

今でこそ、CGをつかえばどんなものでも作り出すことができますが、恐竜をつくりだして、それをエンターテインメントとして映画にしてしまう発想こそが、スピルバーグの凄さといえるでしょう。


ちなみに、ILM(インダストリアル・ライト&マジック)で、有名な作品といえば、「スターウォーズ」があげられます。

また、「アビス」によって水の怪物をつくりだし、ジェームス・キャメロン監督による「ターミネーター2」によって、未来からの恐ろしい敵をつくりだしました。


CGによる数々の偉業を成し遂げてきたILMの、一つの到達点といえるものが「ジュラシック・パーク」における恐竜なのです。


もちろん、まだまだ黎明期のCGですので、音を消すとすべっていくような恐竜たちの動きに物足りなさを感じる人もいるかもしれませんが、この作品からCGの可能性もまた大きく広がっていったのだと考えると面白いところです。


また、機械等によってつくったアニマトロニクスでも恐竜が動いており、この時代ということもあって、まだまだ迫力についってはアニマトロニクスに軍配があがったりしますが、うまくCGと併用しているところもまた魅力の一つです。

 

恐竜の夢

さて、冒頭でほべつ竜の話しもしたところですので、恐竜というロマンに取り付かれた人の心境をよく表しているという点も注目してもらいたいと思います。


現代における我々が恐竜を知るための手がかりは、結局のところ化石の存在です。


ノジュールと呼ばれる石に包まれた化石を削りだし、まわりの堆積物を解析して当時の状況を推測する。


雲をつかむようなことをしながら、想像力と共に探索を続けていくしかできないのです。


今でこそ、鳥は恐竜の子孫であることを疑われることがなくなってきましたが、
「恐竜は爬虫類より、鳥類に近い生き物だった」

という台詞もあり「ジュラシック・パーク」の当時ではまだ完全なものとしては示されていないのがわかります。


恐竜学者たちは、日夜研究史、恐竜がどんな姿だったのか、想像しているはずなのです。

 

そんな学者たちが、本物の恐竜を見たとき、どれだけ感動するのか。


病気になったトリケラトプスをみつけたアラン博士とエリー博士は、その姿を見て涙を流します。


「僕が子供の頃から一番好きだった恐竜だ」

 

その姿の学者二人を、子供達がみて微笑むのです。


子供達より子供らしい大人。


ジュラシック・パークは、そんな子供の心をもった大人の感動を見事に描いている作品なのです。
 

ジョン・ハモンドの狂気

二人の孫がパークの中でいなくなってしまったハモンド氏は、レストランで一人溶けかけのアイスクリームを食べています。


子供達の安否を気にするエリー博士に対して、ハモンド氏は

「子供達は無事だよ。恐竜博士がついている」

と言って、どうやってパークを再建するかを気にしています。


スコットランドからでてきて、ロンドンで蚤のサーカスをやった。大変な人気を呼んだものだ。もちろん、影で操作したのだが、客は騙され、よろこんだ。だが、ここでは、インチキではなく本物を、見せたかった」


アイスクリームを食べている姿からも匂わされていますが、彼は子供なのです。

自己顕示欲の塊であり、寂しい人間です。


エリー博士は、そんな博士に警告します。

「でも、こんな危険が」

博士は理解していません。

「金は惜しまない」

彼は恐竜の好きな好々爺ではなく、今でも本物になりたいと願っている少年なのです。


大人になれない大人のちぐはぐさを表現している脚本・演出は素晴らしいです。

 

子供と大人

この映画は恐竜の映画として、夢とロマンを与えてくれるものですが、恐竜というものをビジネスにしようとしていく人間によって事件が起きます。


ネドリーという男が、お金に目がくらんだことで事件は起きます。

金儲けできるかどうかをみにきた弁護士。


博士は商売もさることながら、子供の心として恐竜を見せたいという思い。


恐竜学者であるアラン博士もまた、単純にジュラシック・パークで恐竜をみて心躍らせる少年でしたが、二人の子供達を守ることで、前半とは違う人物に成長しています。

人間の色々な側面をみせてくれる点でも優れています。


後半は、恐竜達に追いかけられたりするサスペンスへとジャンルをかえながら、一気に物語は終焉へと向かいます。


スティーブン・スピルバーグの手腕の光る作品であり、今見たとしても色あせることはありません。

 

当時の技術的・予算的な兼ね合いもあったのでしょうが、恐竜はポイントごとにしかでてきません(7分程度の使用だそうです)が、演出によってその少なさを感じさせないつくりとなっています。

冒頭で、姿はみえないながら人が食べられるシーンがあったり、ヴェラキラプトルの凶暴性を垣間見れるシーンがあったりと、恐竜のより魅力的にみえるように演出されています。

 

2はどうなった

ちなみに、2は、数学者としてカオス理論について語っていたイアン・マルコムが主人公となっています。

 

 

アクションシーンや、恐竜の出現の仕方、登場人物の行動を含めてかなり雑なつくりとなっており、「ジュラシック・パーク」のより強化されたものだと期待すると、たいへん残念な気分になります。


気に入った方は引き続き2をみてもいいと思いますが、まずは、1を堪能していただくのが最良だと思います。


近年、恐竜に関する研究は少しずつ増えてきており、羽毛が生えた恐竜がいたことや、色までわかっているものもいます。


近年公開された「ジュラシック・ワールド」も、当時の最新の研究をもとにつくられていたりしているので、恐竜に興味がない人も、ある人も、映画としてみると面白く興味を深めていくことができます。


以上、むかわ竜で盛り上がったら、この映画/ジュラシック・パークでした!

 

 

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