シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

子供は成長し、親は学ぶ/映画「ルーム」

ルーム(字幕版)

 
アカデミー賞ノミネート作品であり、主演のブリー・ラーソンアカデミー賞主演女優賞を受賞した作品です。

実際にオーストリアで起こった事件である「フリッツル事件」を基につくられた作品であり、事件そのものは、非常に重たい内容となっていますが、本作品は、事件そのもの悲惨さではなく、親子の関係や、子供がどのように成長していくのか、というのがわかる物語です。

いわば、それをわかりやすくするために、フリッツル事件が下敷きに使われた作品といえます。


小さな「部屋」で生まれ育ち、世界へと足を踏み出した少年が、どのようにして世界をみたのでしょうか。 

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ジャックから見た世界

「ルーム」という作品は、フリッツル事件という自分の娘を監禁した父親が、結果として7人の子供を生ませたというとんでもない事件を基にした作品「部屋」を原作とした作品です。

2008年に事件が発覚し、あまりに長い年月の監禁と、その内容のショッキングさから話題となりました。


「ルーム」においては、母親であるジョイが、息子であるジャックと、監禁された状態の日常が描かれるところからはじまります。

母親は、狭い部屋の中でも運動をするようにし、ビタミンのサプリメントを飲んだりして、健康に気を遣っています。

 
「5歳になったよ」というジャックは言います。

ジャックは、家の中の色々なものに話しかけます。

「こんにちは、洗面台。こんにちは・・・」

彼からすれば、部屋の中のすべてのものが把握できる範囲のものであり、彼の世界のすべてです。


ジャックは、その生活そのものを楽しんでいますし、外界の情報をテレビから入手しているのですが、彼はそれが本物だと思っていません。


「僕はリアル。ママもリアル」

テレビの中だけのものは、彼にとっては平面の中にいる住人であって、自分の目にうつる世界だけが、彼にとってのリアル(現実)なのです。

 

ちなみに、そんな異常な世界を家族単位で描いた映画として、

籠の中の乙女 [DVD]

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 というのがあったりしますが、上記作品は、籠の中で生きていた女性が、映画をみることで外の世界に惹かれ、やがて、脱出していく姿を描いた作品です。

それに対し、「ルーム」では、外の世界というのをもともと知らなかった少年が、世界を知っていく物語となっている点が面白いところです。

 

ジョイから見た世界

母親であるジョイは、17歳の時に、オールド・ニックと自らを呼ぶ男に「犬が病気なんだ、手伝ってくれないか」といわれて、彼を助けようとした挙句、そのまま監禁されてしまいます。

ジョイは、7年間の監禁と、彼の子供を生まされるという過酷な現実の中で、一度は絶望しながらも、懸命に生きている女性です。


彼女が一人でどのように苦労したのか、という点は映画内ではほとんど語られませんが、彼女の言動や行動から様々な工夫をしたのがわかります。


「誕生日ケーキに、ロウソクを立てたい」

というジャックに対して、

「面倒なものは無理なの」

と断ります。

放火できるようなものは当然ダメですし、あとで判明しますが、水をためるタンクの上蓋がないトイレ等、彼女が苦悩を重ねながら7年間生活してきた、という点がよくわかります。

 彼女は、絶望しながらも、ジョイという息子に願いを託し、生きているのです。

 

脱出。

「5歳だから、わかるでしょ」

ジョイは、息子が生まれてからずっと待っていました。

言い方を悪くすれば、息子をだしにして脱出をすることを考えていたのです。

自分ひとりでは脱出できなくても、二人なら脱出できると信じたのです。


息子に知性がつくまで待つ。

ただし、ジョイからすれば、監禁された部屋での生活はあたりまえのものです。
ある意味において守られた世界の中で、ジョイは

「4歳に戻りたい」

と言います。
これは、ジョイという男の子が、大人になっていく話しであることが示されていると同時に、もう戻れないということを明確に示した言葉でもあります。


脱出そのものは、ジョイという女性が母性をもっている人だからこそできたものでもあります。

息子のジャックは、部屋の中でずっと暮らしてきています。もし、母親が絶望し、息子のことを放っておいたとしたら、彼は言葉なんてわからないまま生きたことでしょう。

しかし、彼は、文字も読めますし、単語も多く知っています。

おそらく、同年代の子供よりも知性が高いはずです。それは、文字通り四六時中母親と一緒にいて、運動をしたり、読み聞かせをしてきたからにほかなりません。


警察に保護されたときも、ジャックは、人見知りを発揮しながらも、きちんとした受け答えをしています。

 

世界。

「ルーム」は、監禁状態からいかに脱出するか、という物語ではありません。

 

部屋の中で生まれ、部屋の中で育ち、外界というのが実は嘘だといわれて育ってきたジャックという5歳の男の子が、自由な世界へと踏み出す話しです。

 

そのため、脱出そのものはあっさり終わります。

 

ハラハラする部分もありますが、あくまで、何も知らなかったジャックという男の子が、見る世界を感じる作品となっています。


はじめて、外の世界を見たときに、彼の視界はぼやけます。

普段我々は意識しませんが、はじめてみたものや景色というのは、一瞬で頭にはいってくるものではありません。


ジャックは、部屋の端っこよりも遠くをみたことがありませんでした。

ぼやけながらも、世界を見る。

四角い天窓からみえる空だけが、空だと思っていた彼が、はじめて、どこまでも広がっていく空を見上げる。

彼にとっては、すべてが始めてです。


そんな、あたりまえのものが、美しく、素晴らしくみえるように演出しているところが、この映画の魅力の一つといえるでしょう。

 

脱出したあと、

「部屋には、いつ帰るの?」

ジャックは、無邪気に母親に聞きます。

拒絶。

一方で、母親であるジョイは、7年間の監禁生活から脱出したものの、現実にぶちあたってしまいます。


7年間の間に、両親は離婚。

母親は、新しい男性と生活を築いています。

父親は、自分の息子と目をあわせようともしません。

一躍時の人となったジョイですが、テレビのレポーターは彼女に対して、辛い質問をなげかけてきます。

「子供が大きくなったとき、父親について話しますか?」

「彼は、あの子の父親ではありません」

「それは、別に父親がいるということですか」

と、リポーターのとんちんかんな質問。


ジョイは、世間との間に隔たりを感じます。

本来であれば、両親は自分の帰還だけを喜んでくれるはずで、孫の誕生も手放しに喜んでくれるものと思うはずです。


しかし、現実は誘拐されたことをお互いのせいにしたのか、夫婦仲が悪くなった両親。

犯人との間に出来た子供ではありますが、ジョイからすれば、あくまでジャックは、自分だけの子供という意識でいたのに、世間ではそうは思わないという現実。


17歳の頃の自分の部屋で、自分とは違うときをいきた友達の写真。

彼女は、再び絶望してしまうのです。

 

希望。

ジャックは、部屋から脱出したあと、はいていたパンツを汚してしまいます。

ジョイは、それをゴミ箱に捨てるのですが、


「もったいないよ」とジャックは言います。


監禁されていたとき、道具やものは非常に大事なものです。

この一言で、彼らの生活ぶりが伺えますし、ジャックがどのような少年かがよりわかるところです。

 

また、
「髪はパワーだ」

といって、ジャックは髪を切りません。

また、母親以外の人間には、なつこうとしませんし、「部屋に帰りたい」と言います。

ですが、新しい環境にいった子供というのがだいたいこのような反応をするものです。


しかし、そんな中で母親が倒れたり、ジョイの母の再婚相手であるレオと一緒にごはんを食べたりすることで、彼は成長していくのです。


いつのまにか友達をつくり、長い髪をきり、世界を楽しみながら成長していく姿が描かれます。


「ルーム」は、子供の成長の物語であり、我々に対して、忘れてしまったかもしれないけれど、世界は美しいということを教えてくれる作品でもあるのです。

 

旅立ち。

「ルーム」という作品は、監禁された納屋を部屋と呼んでいます。


ジョイという女性は、そこに囚われ、脱出してからもその現実に囚われたままです。


ジャックは、部屋で生まれ、部屋という狭い世界から、あらゆる可能性の広がった世界へ歩いていきます。


ジョイは、現実に対応できないままでいますが、ジャックという息子の成長をみることで、自ら教えられ、勇気づけられることで、再び部屋と向き合います。

 

再び警察と共に部屋をみにきたジャックは、

「縮んじゃった?」
と言います。

監禁されていたとき、部屋は広くみえるように撮影されていますが、戻ってきたとき、非常に狭く撮られています。


「縮んじゃった?」というジャックの台詞は、部屋が実際に狭かったというだけではもちろんなく、彼の成長そのものを表している一言なのが素晴らしいです。

世界を知った彼にとっては、もう、以前の部屋は小さすぎるのです。


そして、彼は、時々帰りたいといっていたはずの部屋に別れを告げます。

「さようなら、洗面台。さようなら」


子供はいつか成長し、古い友達に別れを告げる。

「ママも部屋に、さよならを言って」


ジョイにとっては忌々しい記憶が大半の部屋ですが、ジャックがそうしたように、ジョイもまた、部屋に別れを告げることで成長することができたはずです。

 

ジャックは、部屋にこんにちはと言って、さよならといって終わる。

「ルーム」は子供がみる新鮮な世界を通して、世界を再定義してくれる映画であり、自信を失った我々が、子供や、子供のみる世界を通して、再び世界を構築していくきっかけとなる作品になっています。


悲惨な事件ではありますが、映画「ルーム」では、そんな絶望した世界を、どのようにして進んでいくかを見せてくれる作品となっていますので、世界の見え方がかわるかも知れません。

 

以上、子供は成長し、親は学ぶ/ルーム でした!

 

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