日本語も英語も伝わらない/ロスト・イン・トランスレーション
ソフィア・コッポラ監督といえば、言わずとしれた「地獄の黙示録」や「ゴッドファーザー」シリーズで有名なフランシス・フォード・コッポラ監督の娘です。
そのソフィア・コッポラの監督2作品目にあたるのが「ロスト・イン・トランスレーション」となっているのですが、本作品は、数々の賞をとり、アカデミー賞脚本賞を受賞するなどの実績があるだけに、非常に優れた物語となっています。
日本にきた外国人が右往左往する話しであり、地味な話しに見えるところですが、どのようなポイントでみるとより面白く見れるのかを考えつつ、解説してみたいと思います。
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当時の日本
本作品は、外国からみた日本を意識して作られた作品です。
主人公の一人であるビル・マーレイ演じるボブ・ハリスは、俳優として日本にやってきました。
ちなみに、ビル・マーレイといえば、「ゴーストバスターズ」のピーター・ベイクマン博士として大活躍し、「恋はデジャブ」などの傑作映画にも出演。
「天才マックスの世界」では、主人公と恋の鞘あてをする校長先生を演じるなど、幅広い活躍をする俳優であり、「ロスト・イン・トランスレーション」では、そんなビル・マーレイが主演男優賞にノミネートされた作品となっています。
ビル・マーレイ演じる主人公のボブ・ハリスは、サントリーのCMのために日本にやってきます。
正直言って、彼は、日本そのものにはなんら興味をもっていません。
仕事でやってきたのであり、どちらかというと、25年もの夫婦生活に疲れを感じてきた彼が、家族から離れて気を紛らわせるという意味合いもあり、日本そのものにはそれほど愛着をもっているわけではありません。
日本に詳しくない外国人として、当時の日本に接しているのがおもしろく描かれています。
起床時間になると勝手に開くカーテンや、シャワーノズルが自分の好きな位置に固定できる等、いわゆるおもてなしが、過剰に行われていたりして、日本人への茶化した部分もある一方、そのように思うのか、と面白く感じる部分が多数となっています。
伝わらない言葉
そこで、非常に高圧的な監督に指示をされるのですが、日本語に詳しくないボブは、何をいわれているのかわかりません。
CM監督が
「もっと、ミステリアスに頼むよ。このお酒は高級なの、わかる? もっと感情を込めて」
通訳の人が隣にいて説明してくれるのですが、通訳の人は、ボブに気を遣って非常に簡単な台詞に翻訳してくれます。
「彼はもっと長く話していたようだぞ」
とボブは聞きますが、通訳の人は同じことを言うばかりです。
意思疎通ができてない場面が、たびたびでてくるのが本作品のポイントの一つです。
そして、異国の中、主人公が孤独を感じながらホテルのバーで飲んでいると、ふと、同じような外国人に目が留まります。
もう一人の異端者
もう一人の主人公は、写真家の旦那をもつ結婚2年目の女性シャーロットです。
彼女もまた、日本に対して興味がなく、一応、お寺参りとかをしてみたり、いけばなをやってみたりと日本の伝統に触れてみたりしますが、
「何も感じなかったわ」
と家族に電話をしています。
彼女は、大学を卒業と同時に結婚し、世間も何もしらないままに生きています。
その彼女自身やりたいことはあったのですが、彼との暮らしを選び、そして、日々を漫然と過ごしてしまっている自分に嫌気がさしています。
物語の冒頭で、彼女の下着姿の臀部が大写しになりますが、決してエロチックには見えません。
彼らの間では、そんな姿をみせるのも、もう当たり前の状態なのです。
旦那も一緒にいるのですが、別になんとも思っていないような反応で、撮影にいってくるとか、ホテルの廊下で別の女性と親しげに会話を交わすなど、どこか妻との間に温度差を感じます。
ただ、シャーロットは、夫のことを愛していないのではなく、どこか、言葉にできない思いを抱えているのです。
「ロスト・イン・トランスレーション」は、そんな言葉にできない二人の心、観客に翻訳してくれる作品でもあるのです。
題名の意味
タイトルである「ロスト・イン・トランスレーション」とはどういった意味でしょうか。
トランスレーションとは、翻訳、言い換え、といった何かを変換するような意味合いをもつ英語です。
ロストイントランスレーションとは、翻訳(変換)の中で失われてしまった何かとでもとらえればいいと思われます。
ビル・マーレイ演じるボブは、CM監督達の言葉を通訳がうまく翻訳してくれませんし、自分が求めていることが伝わらないことをもどかしく思っています。
また、シャーロットもまた、仕事にいく旦那に対して
「早く帰ってきてね。寂しい」
と言っていても、旦那は、自分のことで手一杯で、妻のことにはかまってあげません。
日本という場所の中で、上手く変換できない、翻訳できない物事が描かれるのが「ロスト・イン・トランスレーション」なのです。
「日本人は、どうして、LとRの発音が苦手なのかしら」
とシャーロットは、ボブに問いかけます。
「わざとやっているのさ。ジョークだよ」
と、茶化しますが、日本人は、英語のLとRの発音が苦手なのは有名です。
作中でも、取引先?のはからいで、ボブのホテルの部屋に、謎の女性が現れます。
「リップ! ミスターボブ、リップ」
と、ストッキングに何かをするように言います。
ボブは、「唇?(LIP)、なんのことだ、もしかして、裂け(RIP)といっているのか?」
と、うまく伝わりません。
本作品は、日本人とアメリカ人の間ですらこんな誤変換が行われていること、さらには、夫婦の間であっても、ロスト・イン・トランスレーションが起きているということを示した作品なのです。
異文化交流
ボブとシャーロットは惹かれあいます。
この作品は、大人同士の恋愛のようにも見えますが、恋愛というよりは友情といった側面のほうが大きいと思われます。
彼らは、ベッドで寝転がることはしますが、性的な行為を行うことはありません。
日本と言う異国の中で、共通するものを感じた二人。
二人でクラブにでかけて、わけのわからない日本人とはしゃいだり、カラオケに行ったりするシーンがあります。
日本の若者?と騒いだりする中で考えさせられるのは、言葉はわからなくても、わかりあうことはできる、ということでしょうか。
そうしながら、二人は絆を深めていきます。
ちなみに、2000年当時のサブカルチャー的なものがみれる、という点でも本作品は面白いところです。
藤井隆が演じる(とはされていない設定だけれど)マシュー南が司会を務めるマシューベストヒットTVが、作中の中で放送されています。
これは、実際にそのような放映もなされたものであり、映画の中で使われたということでも話題になった番組でもあります。
ゲームセンターが映し出されて、太鼓の達人といったゲームが映っているなど、当時の日本のサブカルチャー的なものを映し出すところもまた、今になってみると新鮮に見えるところです。
夫婦の話
翻訳・変換される中で失われていくもの、あるいはみつけることができるものを描いている本作品ですが、特に夫婦というものに対しても強く描いている物語でもあります。
主人公のボブは、25年の夫婦生活の中で、妻に対してうんざりしている部分があります。
「書斎のカーペットの色はどれがいいかしら」
と、日本の時間も考えないで、永遠とFAXを流してきたり、カーペットのサンプルを送ってきたりと、ちょっと異常にみえるところがあります。
「かつては、妻も一緒に移動していたけれど、子供ができてからはね」
これもまた、すれ違いの実例です。
妻は子供を大切にしたいと思う反面、旦那は、自分がないがしろにされているように思う。
シャーロットもまたそうですが、旦那のことを愛していないわけではない。だから、二人は、日本という異国の国の中で、ベッドで寝転がることはあっても、行為には及ばないのです。
結婚2年目の夫婦と、25年目の夫婦。
それぞれが、それぞれ、すれ違いの中で失っていくものや、得るものがあるのです。
「ロスト・イン・トランスレーション」は、大きな物事が発生する類の物語ではありません。
決してドキドキするような事件が起きるわけでもなく、濃厚なラブシーンがあるわけでもありません。
ですが、誰にでも、どんな国の人間にも訪れる、孤独や、他者からの共感が得られなかったりする中で、どんな風に生きていくべきか、というのをしめした大変奥深い物語となっていますので、まわりとの隔たりを感じる人は、見てみると何か発見があるかもしれません。
以上、日本語も英語も伝わらない/ロスト・イン・トランスレーション」でした!