息も、できない。/映画「ドント・ブリーズ」
低予算ながら、その設定によって圧倒的な人気を誇ったホラー・サスペンス映画「ドント・ブリーズ」について、サム・ライミ製作という意味、老人の意味を、ネタバレも含みながら、語ってみたいと思います。
デトロイトが舞台
「ドント・ブリーズ」の舞台は、デトロイトです。
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デトロイトといえば、一時期はアメリカの自動車産業を一手に担い、モーターシティとして大きな影響を及ぼしていた都市でしたが、様々な要因から人口は減少、アメリカの自動車産業の要でもあった会社の一つ、GM(ゼネラル・モーターズ)の破綻によって、ますます貧困に向かっている都市です。
近年、デトロイトを舞台にした映画では、当ブログでも紹介した「イット・フォローズ」などが有名です。
「イット・フォローズ」は、デトロイトの町で暮らす少女ジェイが、ある日付き合っていた男に「それ」を移され、色々な形となった「それ」に追いかけられるホラー映画です。
そこでは、デトロイトという町の中で、閉塞感に悩まされながら生きている彼らの日常が映し出されます。
また、エミネムが主演し話題となった「8マイル」でも、舞台はデトロイトとなっており、貧困の白人であるエミネムが、バカにされながらも、自らつくりだすラップの力によって、自分の未来を切り開いていく姿が描かれます。
クリント・イーストウッド主演「グラン・トリノ」もデトロイトが舞台となっており、こちらは、明るい話しですが、デトロイトに移り住んできた移民の男の子と、かつて自動車産業が盛んだった頃の思い出と共に暮らしている老人との交流と、受け継がれる伝統や魂について語られていました。
荒廃し、若者たちを閉じ込める場所であり、かつては、アメリカの象徴といっても過言ではなかった都市。あらゆる明暗がつまった象徴的な都市こそが、デトロイトなのです。
そんな、デトロイトを舞台に、「ドント・ブリーズ」では、三人に若者が閉塞感の中から脱出しようと試み、脱出するための資金を手に入れるために、一人暮らしの老人の家に窃盗に押し入る、という物語となっています。
デトロイトを抜け出せ!
三人の登場人物は、盗みをして小銭を稼いでいます。
そのうちの一人が、女性であるロッキーです。
彼女は、幼い妹を可愛がっていますが、母親はどうしようもない人であり、母親の恋人もまた、ろくでもない男です。
彼女の家庭が貧困であり、とうてい抜け出せそうにないことは、母親と娘のやり取りをみているだけでわかってしまいます。
ですが、ロッキーは、妹だけが心の支えであり、妹を守るために、お金を貯めてカリフォルニアにいこうと考えています。
ですが、母親とその恋人の関係が悪化する気配があり、急を要する雰囲気がでてきます。
もう一人が、ロッキーのことが好きな青年アレックスです。
彼は、父親が警備会社の重役であるという利点をつかって、父親の会社が警備を行っている家に浸入しては、金品を奪うということを行っています。
話しだけ書くと悪い人物に思えますが、おそらく彼は、ロッキーのために盗みに手を貸しているのです。
ロッキーとアレックスがどのようにして、盗みをするようになったかは描かれませんが、アレックスが手を貸さなければ、ロッキーは母親との会話の中ででてきたような方法で、お金を稼ぐしかなかったと思われます。
それだけ、デトロイトの町というのは、若者にとってお金を稼ぐための方法が限られているのです。
事実、デトロイトの失業率は18パーセントを越えるという話しです。
アレックスの父親は警備会社の重役であることから、裕福な生活をしているはずです。
「親父に迷惑はかけられない」
といいながら、彼は犯罪行為に手を染めます。
アレックスたちは、物語冒頭で、誰にも知られることなく防犯システムを解除して、金品を奪います。
にもかかわらず、あえて警備システムを動かしてから、ガラスを割って警報を鳴らします。
本来であれば、そのままにして逃げればいいはずです。
そのままにしない理由は、そんな窃盗が相次げば、父親の会社の信用にかかわるからでしょう。
警備システムがあったから、この被害で済んだ、と思わせる効果もあるでしょうし、
「現金はとらないで、1万ドル以下のものにしろ」
といって、重窃盗にならないようにするなど、色々なところに気を使いながら、窃盗を行うのがアレックスです。
彼は、父親への反抗で犯罪を行っているわけではなく、純粋に、一人の女の子を助けたい心優しい男なのです。
もう一人は、マネーという男ですが、彼が30万ドルのお金をもっているという老人の情報を得るところから、彼らの運命はかわっていってしまうのです。
息をしてはいけない
娘を交通事故で亡くしたために、その慰謝料として30万ドルを手に入れたという元軍人の老人。
デトロイトの寂れた町に孤独に住む老人の家に、父親の警備会社の警報解除のリモコンをつかって、彼らは侵入します。
彼らの潜入はかなり雑です。
犬に眠り薬をいれた餌を与えるまではいいのですが、それ以降はうまくいかず、結局、無理やりガラスを割って浸入するなど、彼らの詰めが非常に甘いことがわかります。
そこからは、もはや、ご存知の通り、といったところですが、浸入した家の老人は、盲目ではあるものの元軍人の殺人マシーンだった、という話です。
同時に、死んだ娘のビデオをひたすら流し続けるという悲しい男でもあります。
その老人に気づかれないだろうか、とドキドキするところや、床をぬけながら家をやんわりと紹介するカットなど、映像表現も見所です。
そして、老人に対して、マネーが銃を向けますが、あっという間に殺されてしまいます。
そこからが「ドント・ブリーズ」のはじまりです。
老人は、イラク戦争で盲目となったものの、その身体をみるとわかりますが、筋骨隆々です。
目が見えないですが、その分、耳がいいため、音を聞いてむかってきますし、後半、ブレーカーを落として、主人公たちは行動しずらくなるのに、老人は、盲目のためかわらずに行動することができます。
いわばこの映画は、老人がお金をもっているから窃盗に入ろうとしたら、逆に返り討ちにあってしまった、という、事前の話しそのままです。
ジジィの本性。
ここからは多少のネタバレとなりますが、正直、この映画は、事前のあらすじ以上のこと起きません。
老人はたしかに、娘を事故でなくして悲しい思いをしていますし、その影で、娘を殺した女の子を監禁したりしているとんでもない老人でもあります。
ですが、この映画は、ネタバレが最終的なおもしろさと関係ありませんので、あまり気にせずに書いていきます。
この映画は、老人をモンスターのように描いていますが、彼自身は、悲しい人物でもあります。
彼は「神がいるのであれば、どうしてこのような仕打ちを許すのか」
と叫びます。
彼は、自分の娘を殺した女の子に対して、とんでもないことをして、罪を償わせようとします。
老人は、戦争によって視力を失い、事故によって、最愛の娘を失います。
唯一の心のよりどころだった家族を失って、彼は、散々な目にあいます。
だからこそ、彼は神に対して反抗しているのです。
このような酷い目に会う映画というのは、いくつか当ブログでも紹介しています。
「シリアスマン」は、コーエン兄弟が監督した作品であり、真面目な男が次々と不幸に会う、というまさに、旧約聖書に登場するヨブ記そのものの話です。
また、少し異なる部分もありますが、バットマンでおなじみ「ダークナイト」においては、ジョーカーというキャラクターは、悪逆の限りをつくし、神という存在に対して挑戦するという悪魔のようなキャラクターとして登場しています。
神という絶対的な存在しているのであれば、人間の酷い悪事に対して、かならず天罰を下すに違いない、という思想が、キリスト教圏では存在しているのです。
神がいるのであれば、「ドント・ブリーズ」における老人にしても、監禁して、罪を償わせるなどということが許されるはずもなく、また、老人自身に対しても、光と娘を奪い、今も強盗に襲われるはずがないと考えているのです。
サム・ライミはギャグでみろ
「ドント・ブリーズ」の監督は、サム・ライミ監督の代表作の一つ「死霊のはらわた」をリメイクしたフェデ・アルバレス監督です。
この場合、サム・ライミが製作にかかわっているということなので、サム・ライミ監督の場合の、ポイントを紹介します。
それは、サム・ライミ監督の映画は、基本的にはコメディとしてみるのが正しい、ということです。
「死霊のはらわた」は、ホラー映画の傑作ですが、恐ろしい部分もありながら、あえて滑稽につくられているのが特徴です。
棚にぶつかったら、棚が壊れる(そんなに簡単に棚は壊れないはずです)。
憑依した奴からは、ゲロをはきかけられる(なんで嘔吐するのでしょうか)。
怖いのですが、冷静に考えてみると、たいした怖くないことも多いのです。
サム・ライミ監督のホラー映画は、怖さと共に、ギャグとしての作品もある、ということを意識するのがポイントです。
「ドント・ブリーズ」に戻って考えますと、この映画は、つっこみどころが多すぎます。
まず、老人はたしかに耳はいいようですが、主人公たちは、かなり豪快に息をしています。手で口を抑えながら「はぁ、はぁ」とやっているのですが、口で手を押さえて息をするほうがよほどに、息の音が漏れてしまいます。
さらに、ロッキーは、マネーが殺されたことを、スマートフォンのメッセージ機能でアレックスに教えますが、そのとき、バイブレーションがブーブーと音を立てます。
普通だったら、音が重要なわけですから、そんなもので教えないはずです。しかも、老人は目の前にいるのに気づきません。
また、つかまってしまったロッキーに、老人はとある液体を、スポイトで注入しようとします。
その重要な液体を、老人は冷凍庫からだして、ガスで温めて解凍します。
って、その時点で、その液体ダメになっているんじゃないか、とか。
老人がやろうとしていることはおぞましいのですが、なんか、それ間違ってないですか、と思わず笑ってしまいたくなるところがあるのです。
老人が超人なはずなのにおかしい、男がなかなか死なない。犬があっという間におきてしまう、などなど突っ込みどころは満載ですが、サム・ライミ監督のホラー映画である、ということを考えると、そこはつっこみどころではなく、楽しむポイントである、ということを考えておいていただきたいところです。
最後に、サム・ライミ監督といえば、映画「スパイダーマン」シリーズが有名ですし、その前に「ダークマン」というダークヒーローものの映画もとっています。
そして、この映画の老人は、クレジットの中ではBlind man(盲人)としてでています。
ブラインドマン。
正直、蛇足ですけれど、若者たちが主人公にも思えますが、この映画は、「ブラインドマン」という、孤独で、頭がちょっとおかしいムキムキの老人の、孤独に生きるしかなかった老人をヒーローとした、ムキムキ老人版「ホーム・アローン」といえなくもないかもしれません。
以上、息も、できない。/映画「ドント・ブリーズ」でした!