感想&解説。深作欣二監督「蒲田行進曲」
深作欣二監督といえば、仁義なき戦いシリーズや、バトルロワイヤルといったイメージが強いかと思いますが、当時の日本アカデミー賞などを総なめにした偉大なる作品として「蒲田行進曲」があります。
エンターテインメント性と、男の身勝手さ、女性がいかにふりまわされてしまうのか、ということを描いた、業の深い作品であるとともに、エンターテインメントとしても非常に優れた作品となっておりますので、見どころ含めて解説&感想を述べてみたいと思います。
スポンザードリンク
?
大部屋俳優の奇跡
「蒲田行進曲」は、いわゆる、映画業界の内幕を取り扱った作品となっています。
実際の作成にあたっての細かい部分については、wikipedia等が詳しいと思いますので、本記事では、どのような見方をしてみていけばいいかをメインに書いていきます。
平田満演じるヤスは、大物スターの銀四郎という役者の取り巻きです。
彼はいわゆる大部屋俳優です。
大部屋俳優というのは、斬られて殺される役や悪役や敵なんかの、あまり売れていない俳優の人たちを指します。
そんな大部屋俳優のヤスは、銀四郎に恋人を押し付けられます。
恋人を押し付けられるというとピンとこないかもしれませんが、会社が売り出そうと決めた銀四郎に、恋人がいると人気に影響がでてしまうことと、恋人である松坂慶子演じる小夏のお腹には4か月になる子供がいることがわかったため、身辺整理の一環としてヤスに押し付けたのです。
ヤスは銀四郎のことを心から尊敬しています。
だからこそ、銀四郎は恋人を譲ったといえるのですが、ヤスの献身さこそが「蒲田行進曲」の中でもっとも泣けるところです。
ヤスが、必死になってお金を稼ぎ、小夏と結婚。
しかし、銀四郎はみるみる内に落ち目になっていってしまいます。
モテない男の輝き
「蒲田行進曲」をヤスの視点で見ると、ぱっとしない男がつかんだ幸運や、一瞬の輝きが描かれています。
ヤスは、本来であれば絶対に成功しない役者です。
演技がうまいわけでもなく、顔がいいわけでもない。
彼の母親をして「ウチが若こうても、ヤスには惚れん」
というぐらいです。
でも、はからずも、自分がかつて憧れていた女優と結婚するということになり、彼女に少しでもいい思いをしてもらうために、お金を稼ごうと必死になる。
彼ができるのは、危険なスタントを行うことぐらいです。
どんどん増える彼の怪我。
そのひたむきさに、はじめこそ毛嫌いしていた小夏も、惹かれていくというところが泣けます。
「心の優しか子じゃったけん」
と母親が言いますが、悲しいかな、モテない男の多くはやはり心は優しいのです。でも、それを理解してもらえない。
松坂慶子演じる小夏は、半ば強制的に結婚させられる中で、はからずもヤスの良さに気づきます。
身勝手さに振り回される
ヤスの頑張りもたしかに泣けますが、もっと泣けるのは松坂慶子演じる小夏です。
銀四郎の恋人であったはずなのに、妊娠がわかったら、取り巻きの子分と結婚するように言わる。
しかも、銀四郎は、そのあと、会社の重役の娘である朋子と付き合い始めます。
朋子は家事もできないし、わがままで、とんでもない娘です。
家事ができることそのものは大きな問題ではありませんが、小夏は、銀四郎のことを支えてあげたかったのです。
でも、何もできない若い娘が、銀四郎が住んでいる家をぐしゃぐしゃにしているのを放っておくこともできず、小夏はかいがいしく片付けて、また去っていく姿は涙なしには見れません。
しまいには、朋子に銀四郎がどんな人間かを伝えてくれ、と本人に頼まれる始末。
銀四郎という男は、ほんとうにとんでもない人物です。
彼は、もう結婚がきまり、覚悟も決まった小夏に突然プロポーズをします。
小夏は、他人の子供なのに、父親になってくれるヤスの真摯さや誠実さにようやく心が傾いてきたとき、銀四郎は彼女に指輪を渡そうとしてきたのです。
「なにこれ」
「エンゲージリング。4カラット。3000万円もしたよ。あのマンションうっぱらってかっちゃったよ」
「どういうことなのよぉ」
といって、崩れてしまいます。
そりゃそうでしょう。
好きで好きでしょうがなかった男の子供を妊娠した途端、取り巻きの子分のもとにいかされて、そいつと結婚しろと言われる。
銀四郎には若い恋人ができて、自分もようやくヤスに情がでてきたところで、やっぱり、結婚しようと指輪を渡される。
どういうことだと泣き崩れても仕方がありません。
小夏にとっては、この世の地獄でしょう。
「なくな、泣くな泣くな。俺たちは腐れ縁なんだ。嘘をつくな、お前が好きなのは、この俺なんだ」
「好きだよ。本当に」
「一緒になるのか、ならないのか。だいたいな、お前みたいな女は、俺に結婚してくださいと泣いて頼むのが筋なんだ」
ホント、自信過剰のとんでもない男です。
この映画を面白く見ることができるかどうかは、風間杜夫演じる銀四郎が、どういう人物かをわからないと、たんに身勝手な男だと思ってしまうことでしょう。
スターの孤独
銀四郎は、一見わがままですが、非常にピュアな男です。
傷つきやすく、繊細であり、だからこそ、小夏は放っておけなかった。
取り巻きの子分たちも銀四郎のことを案じていますが、その破天荒な行動は止められません。
ヤスもまた同じです。
ヤスは、後半、銀四郎に避けられていることで半狂乱になります。
自分が死ぬかもしれない階段落ちをやるといったことに罪悪感を感じてしまっている銀四郎。
しかし、ヤスは銀四郎のために死ぬかもしれない役を引き受けたというのに、そんな顔してほしくない。
ヤスは、小夏が好きですが、何よりも銀四郎が好きなのです。
そして、ヤスは、一世一代の大舞台に挑みます。
階段落ち、大部屋の意地
新選組を撮影している本作品の中で、もっとも重要な場面です。
長い階段から落ちるという演技をすれば、実際にも死ぬか、重度の障害を負ってしまっても不思議はなく、過去に行った人はいまだに病院生活というありさま。
いくら、自分の親分のためとはいえ、破格の行動です。
最後にヤスは、大部屋俳優でありながら、最大級のわがままをします。
わざと舞台に文句をつけて、その場にいる人たちを困らせるのです。
そして、銀四郎に殴られるのです。
その豹変っぷりには、息をのむところです。
階段落ちをするというので、さんざん周りからちやほやされ、おいしいものを食べさせてもらって、わがまま放題。
本当は、平気でこづいてくる銀四郎が好きなはずなのに、目も合わせてくれなくなった。
「みなさん。すいませんけど、撮影は晩飯のあとにしてくれませんか。俺にだって、一生に一遍ぐらい役作りをさせてください」
大部屋俳優では、役作りのために多くの人を待たせるなんて、ありえないことです。
でも、一世一代のわがままをするところに、俳優としての意地がみえてくるところです。
プロポーズの言葉
「この子の父親になってくれる気あるの?」
松坂慶子演じる小夏は言います。
正直、かなりキツイ言葉といえるでしょう。
「俺なんかからいうなんて」
と、身体を丸めてしまいます。
「じゃあ、結婚してください」
「じゃあって何よ」
このやり取りの泣けること。
ヤスは自分が、小夏と見合う男ではないことは誰よりも承知しているのです。
でも、それでも、男の意地があり、銀四郎の言いつけということもある。
錯綜する思いの中で、じゃあ、とついつけてしまう悲しい性が泣けるところです。
銀四郎のことが好きなのにもかかわらず、少しずつ、相手の親からの言葉や「いい嫁だいい嫁だ」といってくれるみんなを裏切れない気持ちになって、ヤスと添い遂げようとしていく小夏の心情もわかるだけに、物語はたんに振り回されるだけの話ではなくなっていくのです。
関連作品
さて、本作品を気に入った方は、ぜひ、そのまま深作欣二監督の「火宅の人」をみることをオススメします。
物語の方向性こそ違うものの、女性たちやすべてを投げ出して逃げてしまう男の心情が痛いほどわかる物語となっています。
「蒲田行進曲」とセットでみることで、エンターテインメントとして男の身勝手さを描くのか、重い責任を背負うことを覚悟する男を描くのか、がしみじみとわかってくると思います。
かいつまんで説明してしまいましたが、本作品は見れば見るほど面白い作品となっています。