感想&解説。深作欣二監督「火宅の人」
誰しもみんな煩悩にまみれて遊んでいたい、という欲求を抱えてしまうのではないでしょうか。
今回とりあげるのは深作欣二監督「火宅の人」です。
火宅とはどういう状況なのか。
小説家の男と、その周りの女性たちを描く傑作映画となっておりますので、見てない方は是非ご覧いただきたい作品となっております。シネマトブログな楽しみ方を紹介してみたいと思います。
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身勝手な男
主人公である、緒方拳演じる桂という男は、「火宅の人」の原作者である壇一雄自身がモデルとなっています。
妻と6人の子供がいるにも関わらず、舞台女優を愛人に持ち、1年近く一緒に暮らしたあげく、3か月も放浪の旅にでて、そこで出会った女性とも寝屋を共にする。
現代社会だったら批判がありすぎて生きていけないレベルです。
しかも、自分自身の家庭の事情であるとか、愛人との関係を包み隠さず小説として執筆し、雑誌に掲載してしまうというとんでもない人物です。
今でいえば、自分の愛人との状況を動画配信しながら旅をして歩くような感じでしょうか。
ただし、「火宅の人」は、とんでもない男の放蕩生活をひたすらに描いていく身勝手な話というわけではなく、そんな男の苦悩する姿と、翻弄される女性たちを描く傑作となっています。
ある意味どうしようもない人たちが描かれるわけですが、その彼らにもさまざまな事情や状況があるのです。
男の事情
主人公である桂は、幼いころに母親が若い男と逃げてしまっています。
はっきりと描かれるわけではありませんが、自分もまた母の気持ちがわかってくるにつれて、理性のようなものがたわんでくるのを感じているといったところでしょう。
ただ、桂という男は、悪い男ではありません。
バカ正直であり、誇張はしても偽るということはしない人間なのです。
「恵子さんと関係をもったから」
と、愛人と関係をもってしまったことを、まずさきに妻に報告します。
呆れた妻は、家を出ていきますが、妻であるいしだあゆみの演技がまた冷たく、淡々としていて恐ろしく感じます。
ある日突然、息子である次郎が日本脳炎という病気によって、障害をもってしまいます。
妻はそのことを気に病んで、新興宗教にはまってしまい、桂と奥さんとの心の距離は離れていきます。
桂からすれば、奥さんが新興宗教にはまってしまったから、今の生活が嫌になってしまって、愛人に逃げた、といったところでしょうか。
この作品は、男の身勝手さもあるのですが、それに対して、振り回される女性についてもよく考える必要があります。
愛人の立ち振る舞い
原田美枝子演じる恵子は、桂の家に出入りしていた舞台女優です。
彼女もなんとか理性をたもっていたのですが、桂からの誘いで東北旅行にいってしまい、タガが外れてしまいます。
桂と恵子は、1年間もの間、妻を放っておいて浅草でアパートを借りて生活をします。
その様子は、「新婚夫婦のようだ」という言葉が劇中で流れますが、二人でお風呂に入って背中を洗ってあげたりと、仲睦まじい姿が描かれます。
さて、タイトルに入っている火宅という言葉ですが、仏教の説話からきている言葉です。
燃えている家で、火事に気づかないで遊んでいる子供についての説法があり、その状態を火宅というのだそうですが、主人公である桂は、まさにそんな状態にあります。
本当であれば、日本脳炎になった息子とどう向き合うのか。
そのことについて、妻と何を話合うべきなのか。
考えなければいけないことは限りなくあるはずなのに、小説の執筆に逃げてしまいます。
「火宅の人」の面白いところは、物事の大小はあるにしても、誰しもがこういう経験をしている、という点です。
もちろん、子供がいるのに愛人と遊び惚けるという意味ではありません。
本当は解決しなければならない問題があるはずにもかかわらず、目の前の楽しいことに逃げてしまう。
そういった状態を誇張したものが「火宅の人」という作品ではないでしょうか。
桂という男は、家庭をほったらかしにして愛人と遊び惚け、愛人に子供ができたとわかるや、「おろすしかないな」とこともなげに言います。
愛人もまた、その言葉によってショックを受けて出て行ってしまったりするのです。
桂は、次々と火宅から火宅へと渡り歩いているのです。
火宅の果てに
桂は妻や家庭から逃げ、愛人からも逃げ、最後に、小説を書きながら九州付近を旅します。
そこで出会った、松坂慶子演じる洋子。
彼女は、桂に何も求めません。
二人で山に登ったり、浜辺を走ってみたり、心の思うがままに旅をします。
この姿をうらやましいと思う人も中にはいるかもしれませんが、この作品は「火宅の人」です。
当然、二人は自分の周りが火事になっていることに気づかず、または、気づこうとしないで遊び惚けているのです。
ある意味、桂にとっても葉子にとっても、最高のパートナーといえたでしょう。
3か月遊んで、クリスマスの日に彼らの遊びは終わりを告げます。
ここで桂がひどいのが、素直に妻のところに戻るのではなく、お土産のブリを恵子のいる家にもっていき、留守にしていたから、本妻のところに戻ってくる、というひどさでしょう。
奥さんは気づいていたかもしれませんが、お土産をもって帰ってきたことについては、悪い気はしていないはずです。
放蕩の終わりに
桂は、自分自身が火事を無視したために、息子が死んだことに気づきます。
「水泳をみんなでみていたら、突然、壁に向かって頭を」
桂という男は、少なくとも作中においては、悪い人物ではありません。
言語や体に障害をもって家に帰ってきた息子に対して、兄弟はいじめますが、桂は水泳について実況をはじめ、周りのみんなを巻き込みながら、寝たまま動けない次郎を喜ばせてあげます。
桂は愛情を注いでいたのですが、途中からその現状を見れなくなってしまったのです。
その結果、かつての母のことを思い出し、愛人や旅に逃げてしまったのです。
息子が死んだことで彼の放蕩は本格的に終わります。
愛人である、恵子からは荷物が送られてきて、終わりの様相を呈します。
ちなみに、息子が死ななければ、彼は恵子とキスをし、恵子は再び火宅の人の仲間入りを果たしていたことでしょう。
恵子もまた、桂というあこがれの人物との情事に逃げ、抜け出せないでいることに苦悩していたのです。
恵子という愛人
不倫は悪いことだ、というのは、今も昔も変わらない倫理感だといえるでしょう。
恵子もまたそのあたりは特にわかっている人物ではあります。
しかし、奥さんや子供たちにも申し訳ないと思いながらも、それをやめることができないのです。
だから、彼女は、アパートの外で、男の取り合いでケンカをしている女性を見て、どうしようもなくつらい気持ちになるのです。
本妻からすれば、頭にくるところでしょうが、罰せられないということも、恵子からすればつらいことなのです。
「この泥棒猫っ!」
と怒鳴られたほうが、お互いスッキリするのでしょうが、桂を取り巻く女性陣はなかなか、そういう思い切ったことができないのです。
結局は妻のもとへ
「あなたことは、ちゃんとわかっているんです」
いしだあゆみ演じる妻は、作中の中でもっとも怖い人物として描かれています。
たんたんとした口調。
でも、桂への愛情は一番深いのもまた彼女なのです。
手を怪我してしまい、小説が書けなくなった桂が頼ったのは、やはり、妻でした。
完全別居状態だったはずなのに、文句もいわずに口述筆記の代筆を行います。
「10日ばかり泣いていたが」
「5日ぐらいですよ」
「これは、小説的な誇張というやつだよ」
怒っているのは事実でしょうが、桂に対しての愛情は失われていないことがわかる場面がみられるところです。
都合のいい話だ、と思う方もいるかもしれませんが、「火宅の人」は、向き合わなければならないことを先延ばしにしている男の物語です。
最後にいしだあゆみ演じる妻は、自転車に乗って去っていきます。
それを見送った桂は、子供たち5人を自分の体につかまらせます。
「つぶれちゃうよ」
「重い、重い」
といって、桂は、子供たちを背負いながら歩いていくのです。
これは、わかりやすく、家庭を背負って生きることを表現しているといっていいでしょう。
身勝手すぎる男は、こうやって、自分の責任を引き受けた、という含意のある作品となっているのが「火宅の人」となっているのです。
関連作品
不倫関係の作品でいえば、「ダイアモンドは傷つかない」はおすすめです。
こちらは、山崎努演じる予備校の教師が、生徒と不倫しているところから始まります。
彼には朝丘雪路演じる妻がおり、彼は妻を愛しているのですが、彼はうまく彼女を愛することができないでいるのです。
また、彼には10年以上付き合っている愛人がいて、田中美佐子演じる弓子は、そんな大人のどろどろとしたセカイに背伸びをして踏み込んでいく、という物語になっています。
苦しいのになんで不倫をするのか、というところが語られていますので、不倫的な要素で、本作品を面白いと思った方はこちらがおすすめです。
また、同じ深作欣二監督作品であり、男の身勝手さや女性のつらさを別の角度から取り扱った作品として「蒲田行進曲」があります。
映画スターの取り巻きの男が、突然、スターの恋人と結婚するように言われます。
そのおなかにはスターの子供がいて、売れない大部屋俳優である男と、スターの恋人である女性が、振り回されまくる物語になっています。
松坂慶子が主演しているのですが、風間杜夫演じる銀四郎という男に振り回されるところは、すさまじいです。
「火宅の人」とは違った男の身勝手さが、エンターテインメントたっぷりに見ることができる作品となっていますので、気になった方はこちらも合わせてみてみることをお勧めします。
以上、感想&解説。深作欣二監督「火宅の人」でした!