男女成り上がりの物語。題名で損する映画「愛と青春の旅立ち」
「愛と青春の旅立ち」。
本作品の内容を知らない方は、このタイトルを聞いて、ラブロマンスな映画なんだろうと思ってしまうのではないでしょうか。
間違っても、厳しい軍曹に鍛えられていく士官候補生たちの物語を描いた、軍隊ものとは思わないはずです。
本作品は、名作として名高い反面、そのタイトルによって敬遠、誤解されてしまいがちな作品となっておりますので、どんな要素が含まれているのか、そんな点も含めて解説&感想を述べていきたいと思います。
田舎で生まれた娘が夢をあきらめたり、士官になれないで脱落していく多くの人々。
あなたは、この中の誰に感情移入するでしょうか。
スポンザードリンク
?
ダメな男は士官を目指す
軍隊もので訓練シーンが有名なものはいくつかありますが、やはり有名なのは「フルメタルジャケット」ではないでしょうか。
ハートマン軍曹が、兵士たちを訓練する様が描かれるのは有名であり、戦争によって心のバランスを崩してしまう悲劇も描いたスタンリー・キューブリック監督の代表作の一つです。
また、クリント・イーストウッド監督による「ハートブレイクリッジ」なんかも、訓練ものとなっており、アメリカの魂を継ぐものの存在をあらわした作品となっています。
「愛と青春の旅立ち」においては、士官候補生の訓練ものとなっており、厳しい訓練を乗り越えた先に、一つの成功が待っている、と同時にそれによってふるいにかけられていく人々を描いています。
ご存じの人も多いかと思いますが、訓練で指導するのは軍曹です。
一番下っ端から軍隊に入り、軍曹になるというのは、いわゆる叩ぎあげという人が多く、ある程度の経験や年齢を重ねながらも、軍曹どまりという人が多いのが実情となっています。
下から上がったときの、天井が軍曹と考えても大きく間違いではないでしょう。
士官候補生として、訓練を無事卒業すると、卒業した瞬間彼らは、士官。少尉になります。
軍隊組織において階級は絶対です。
どんなに年上だろうと、キャリアを積んでいようと、階級があがれば命令に逆らうことはできません。
士官候補生というのは、無事卒業できるまでは下っ端です。
訓練されている間は、とにかく上司の命令には絶対であると同時に、卒業すると今まで教官だった人が、敬語をつかって態度を変えてきます。
現実の厳しさも全部縮図として、映画的に教えてくれるのが軍隊訓練ものの面白さともいえるところではないでしょうか。
さて、「愛と青春の旅立ち」における人生の縮図といえば、これは、成り上がたりを目指すものたちの、成功と挫折を伝える作品としてみることができるのが面白いです。
DORとは
DORとは、 drop on requestの略です。
自主的にドロップ(退学)することを意味しますが、訓練のはじめでも言われていた通り、大半の士官候補生は脱落していきます。
本作品の中では、特に3人を中心に見ていくとわかりやすいです。
一人は、女性として参加しているシーガーです。
彼女は、女性でありながら、男社会ど真ん中である軍隊の士官候補生の試験を受けます。
壁上りがどうしてもできず、何度も作中で泣いてしまいます。
ですが、めげることなく挑戦し続けます。
ですが、一方で、水中での訓練であっさりとパニックになってDORしてしまうメンバーもいるのです。
決して体格的にも、性別的にも恵まれていないシーガーですが、そんな彼女もまた候補生への道を進む、という点で一つの可能性としてキャラクターがつくられています。
もちろん、リチャード・ギア演じるザック・メイヨは、士官となって無事卒業するわけですが、成功した彼がいる一方で、直前になって挫折してしまう男シド。
彼は、もう一人のザック・メイヨとして描かれます。
あるいは、そうであったかもしれない主人公として。
成り上がれないものたち
主人公とヒロインは、いうまでもなくメイヨと、ポーラです。
メイヨは、海兵隊のダメな父親のもと育ちます。
母親が自殺するまで一回も父親と会ったことがなく、反発する心がありながらも、本人もフィリピンの娼館で6年過ごしたというだけあって、すっかり、悪い男になっているはずでした。
ダメな父親を憎んでいる、というよりは、父親と一緒になって結構やんちゃに遊んでいたことが、腕の入れ墨からも推測できます。
ですが、彼は、このままダメ人間にならないためにも、士官候補生の訓練所へと行くのです。
ダメな男が、士官になることで、父親よりも上になる、という父親殺しの物語として、映画的な王道のストーリーとなっているところも見どころです。
一方で、彼と仲良くなるシド・ウォーリーは、家族が軍隊出身といういわゆるエリートの家系です。
優秀な兄は戦死してしまい、家族の期待を一身に背負って、優秀な成績で訓練をこなしていきます。
彼は、主人公がなりえたかもしれないもう一人のキャラクターとして描かれます。
もっとも、その進むルートが異なる結果になるのは、彼ら過去が違うため、ということもあります。
女性たちの戦い
一方で、女性たちサイドでみると、この物語はまた違った見え方になります。
ポーラとリネットの二人は、製紙工場で働いています。
正直、訓練学校のあるこの町は、田舎であり、多少容姿に恵まれていたところで、都会にでて成功しようとか、そういう上昇志向をもつのは難しい環境になっています。
だからこそ、町の女性たちは、士官候補生の学校にきて、士官になるであろう恋人をつくり、町をでていきたいと願っているのです。
そんな二人の女性が、主人公であるメイヨと、シドと出会います。
観客である我々は、二人の女性を通じて、この町で女性たちがどのような夢をもち、裏切られて、そして、生きているかを知ることになるのです。
誰が悪いのか
フォーリー軍曹は言います。
「落とし穴を教えておく。町の女どものだ。この基地ができて以来、週末になるとやってくる。狙いは一つ。航空隊のパイロットと結婚するためだ」
そのためには、騙してでも子供をつくって、既成事実を作ろうとするということを言ってきます。
「貴様らは、女性どもの夢なのだ」
ひどい話ですが、田舎で生活するしかできない彼女たちからすれば、その方法が、ひどい現実から脱出するための数少ない手がかりの一つなのです。
男と女の食い違いもまた、脚本のうまさにつながっています。
メイヨは、娼館で女性たちの悪い面をこれでもかとみてきたはずです。
だから、幻想などもってもいませんし、ポーラと仲良くなったあとも、訓練が終わったら知らぬ存ぜぬを切りとおそうと思っています。
これをひどいと思ってしまうのは当然でしょう。
ですが、本当に愛を信じて、彼女のためにすべてを投げ出したシドの末路は悲惨です。
彼がいいのか、地位がいいのか
当初、シドのほうが、リネットとの関係を割り切って考えています。
「国には、婚約者がいるんだ」
はじめっからシドは、リネットと結婚する気などさらさらなく、遊びで付き合っていたのです。
ですが、リネットが「生理が遅れている」といって、事実を人質がわりにシドを追い詰めていくと、彼はだんだん変化していきます。
もちろん、事実であれば、子供を優先するのが正しいのですが、訓練終了を目前にして逃げられてしまっては困ると、リネットは、妊娠したという嘘をついて、彼を引き留めようとするのです。
「ひどい女だ」
と、言われますし、ポーラもまた彼女を非難しますが、この町では、必ずしも非難される行為とは思いません。
少なくとも、ポーラの母親は、士官候補生だった男と付き合って子供をつくったにも関わらず、捨てられており、愛のない家庭ながらも、生きていくためにほかの男と結婚して、39歳を過ぎてもなお製紙工場で娘とともに働いているぐらいです。
その辛さを知っているからこそ、メイヨに捨てられたと思って、なんとか彼のもとに行こうとするポーラを止めるのです。
「お願いだから、行ってはダメ」
メイヨとポーラ。
シドとリネット。
この二組の男女の組み合わせが見事です。
メイヨは身を引こうとし、シドはすべてを捨てて彼女のもとへ。
ポーラは身を引こうとしましたが、リネットは彼を手に入れようとして無理をして、結局失ってしまう。
シドは、家族や世間に求められる人間を演じていることに気づきます。
リネットと付き合うことで、本当の自分に気づき、その自分をみてくれていると思ったのです。
ですが、リネットは、シドではなく、パイロットになって自分を連れ出してくれる存在を求めていたのです。シドのことなんて見ていなかったのです。
典型的な不幸になる考え方、組み合わせですが、そういった現実が、さらなる悲劇を巻き起こしてしまうのは、決して、物語だけの話として一蹴できるものではありません。
誰かだったかもしれない
いい映画というのは、その物語の中にいろいろな可能性が内包されているものだと思います。
主人公であるメイヨは、たしかに不幸な生い立ちです。
ですが、当然彼がシドのようになっていたかもしれませんし、他の候補生と同じように脱落していたかもしれません。
「行くところがないんです」
と、軍曹にしごかれているときに発した彼の言葉があるからこそ、彼は、その厳しすぎる訓練を乗り越えることできた、ともいえます。
たんに、お金持ちになりたい、とか、えらくなりたい、というだけでは到底成り立たない試練が、士官候補生の訓練の中には詰まっているのです。
また、ポーラ達のように田舎の工場で働いている女性たちもまた、ポーラのように白い制服をきた士官に迎えにきてもらえるなんてことは、まずありません。
まさに、物語だからこそ起きるファンタジーなのですが、この作品では、だからこそ、美しいものとして描かれます。
教官と紳士
さて、本作品の原題は「An Officer and a Gentleman」です。
士官と紳士というこのタイトルは、日本語のそれとは似ても似つきません。
「愛と青春の旅立ち」だと、ラブロマンス映画に思えるのだから、タイトルというのは重要ですね。
士官と紳士というのは、話によると軍隊用語だそうで、士官や紳士にふさわしくない行為をすると罰せられるというものがあるそうです。
その条項からとられたタイトルであることから、本作品は、やはり、訓練学校での士官と、紳士とはどういう振る舞いかといったところを含めた作品になっていると考えるべきです。
フォーリー軍曹と、メイヨとの友情。
というよりは、教官と生徒の関係を描いたものとしてみると、また面白いものとなっています。
鬼軍曹と、格闘技で決着をつけるシーンがあります。
結局、負けてしまいますが、このシーンに込められた様々な意味を考えると感慨深いものがあります。
卒業する際に、自分よりも階級があがり上官になってしまった元生徒たちから、軍曹はコインを受け取ります。
それぞれ、わからなくならないようにポケットのいろいろなところにわけているところが細かい演出となっています。
ついつい、サーと言ってしまうシーガーに、「サーというのはやめてください」といってみたり、ほかの面々が、ちゃんとサージェント(軍曹)といっているあたりは、しっかりと重要どころを抑えているなぁと思うところです。
そして、卒業したメイヨは、また入学してきた候補生を見るのです。
自分がそうであったときと同じセリフを聞いて、にやりと笑います。
同じような悲劇や喜びがある中で、また同じようなことが起きるはずです。
ですが、物語のラストでは、制服をきたメイヨが、製紙工場のポーラを迎えに行く、という起こりえない奇跡が起きる、という物語のエンディング。
すばらしい流れとなっています。
「愛と青春の旅立ち」は、様々な可能性を一つの作品の中に内包しつつ、夢のある物語として素晴らしい出来になっていおります。
以上、男女成り上がりの物語。題名で損する映画「愛と青春の旅立ち」でした!