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シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

スタンフォード監獄実験は、何を語るのか/ES(エス) エクスペリメント

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普通の人たちが、理由もなく囚人と監視人にわかれたとき、人はどのような行動をとるようになるのか。


人間の狂気と心理に迫る映画こそが、2001年につくられた「エス」であり、2010年に公開された「エクスペリメント」なのです。

エクスペリメントの話をメインにしつつ、エスとの相違点を考えながら、この映画を通して、この映画と実験がどのような意味をもたらしたのかを考えてみたいと思います。

 

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スタンフォード大学監獄実験


エクスペリメントは、2001年にドイツで効果された映画「ES(えす)」のリメイク作品となっています。

リメイク作品ということなので「エクスペリメント」は内容がほとんど同じですが、主人公の設定や、演出が異なっており、明らかにリメイク元とは違う作品になっているところがポイントです。


内容は、1971年に実施された「スタンフォード大学監獄実験」をもとにしています。

詳しくはwikipedia等を参考にしていただきたいと思いますが、新聞広告によって集められた一般人を、監視役と囚人役にわけて生活させたときの、人間の行動を調べようとする実験となっています。

初日こそへらへらと過ごすメンバーですが、ささいないざこざから、囚人VS看守という構図となっていき、権力をつかった暴力へと変化していくのです。


2週間という期限ではじめたにも関わらず、実験はわずか6日間で終了してしまいます。

この実験が意味するところは、どんな人間であっても役割によって、役割に相応しい行動をするようになってしまう、というものです。

囚人なら囚人に、看守なら看守らしくなっていくという人間の業のようなものがみえてくる作品なのです。

 

主人公は異なる。


さて、エクスペリメントの主人公であるトラヴィスは、仕事をクビになってしまったヒッピーくずれの男です。


仕事をクビになってしまったというのに、平和のためのデモ活動に参加しており、その中で、からんできた人間を殴ろうとしながら、殴らずに終わります。

「こぶしは汚れてはいない」


彼は付き合うことになった彼女に「私、インドにいくけれど、一緒に行かない?」と誘われます。

ですが、お金がない彼は、一日1000ドルという破格の実験に参加することで、インドへの渡航費用を稼ごうとするのです。


「エス」の主人公は、お金そのものには困っておらず、タクシードライバーをやりながら、記者として特ダネを狙うために実験に参加する、という点で、二人の目的は異なっています。


そのため、「エス」の主人公は、どちらかというと積極的に実験中の刑務所を乱すような行動をとっていきますが、「エクスペリメント」の主人公であるトラヴィスは、自分自身の中の正義のために渦中の人物になっていってしまうのです。

 

敵もまた、異なる。


対立する相手も異なります。


看守役の男もまた、その性格は異なっており、「エス」では、ちょっと神経質そうな男ベルスが看守役のリーダーとなっています。

彼は、ちょっと臭いがきついというだけで、それほどの狂気は感じません。


対して、「エクスペリメント」の看守役のリーダー、バリスはどこにでもいそうな大人しい男であり、同時に、危険な男として描かれています。


もともと彼は、人の良さそうな男であり、面接のときにスーツを着ていたことから主人公に「あんた、賢そうだな」と言われて「スーツを着ていたほうが採用されそうだから」と答えるような素朴で、人の良さそうな人物として登場します。


ラヴィスに対しても「話し相手がいて嬉しいよ」と非常に好意的だったにも関わらず、彼は、だんだんと看守としての役割によって自分を見失っていくのです。

異なる、テーマ


「エス」と「エクスペリメント」の決定的なまでの違いは、テーマ性がはっきりしている点でしょう


「エス」は、スタンフォード大学の監獄実験をもとに映画的に、サスペンスにしたてています。テンポもよく、人間が狂気に走っていく様が面白く描かれています。


実験を行う大学側のやり取りも映し、最終的には、大学の人間すらも看守たちは監視しはじめるにいたって、その異常性が高まっていきます。

 

しかし、「エクスペリメント」は異なります。


ちなみに、エクスペリメントを描いているのは、ドラマ「ブレイキング・バッド」を書いている脚本と同じという触れこみであるため、ブレイキング・バッドのような息もつかせぬテンポのいい作品になるかと思いきや、「エクスペリメント」は主要キャラクターの暗部を掘り下げることで、スタンフォード大学監獄実験による、役割によって人は変わる、というその点にさらに一歩踏み込んだ内容となっているのです。


それは、看守役のリーダーであるフォレスト・ウィテカー演じるバリスの存在です。


彼は劇中のインタビューの中で

「実験に応募した動機は?」と聞かれ

「母です」と答えます。

 

母親が股関節を怪我したために、お金が必要になった、と言うのです。

彼の年齢は42歳。母親と同居し、家賃のために人体実験に参加することになったというのです。

さらに、家では、風が入るから窓をしめな!と怒鳴られていることから、母親からの強烈な支配を受けていることがわかります。


また、彼は善悪の判断について聞かれて


「そのときになれば、神が教えてくれる」


と答えます。


彼自身には、善悪の基準はなく、判断を他人に任せていることがそのインタビューからわかるのです。

神がいない世界。

囚人と監視役を分けるという実験によって、人間の弱さもそうですが、本来自分がもっている凶暴性や、抑圧されていたストレスなどが噴出してくるのです。


バリスは、敬虔なクリスチャンであることがインタビューでわかりますが、彼は実験の中で、新たな神を見つけるのです。

 

実験では、違反等をした場合に、赤いランプが点くと説明されます。

違反行為をした際に知らせるランプ、または、カメラの向こうにいる監視者が、バリスの中で神となっていくのがわかります。

神というと語弊がありそうなので言い換えますと、判断基準といってもいいかと思います。


人間は、善悪の区別を何らかの形でつけていると思いますが、バリスは、善悪の基準をこのランプの点灯にしたのです。


そのため、主人公を懲らしめるために行った、どう考えても暴力行為としか思えない行動も、ランプがついていないから大丈夫と判断するのです。


「俺たちはメッセージを送ったが、実験は続行だ」


その中で、異を唱える人間がいたとしても、声の大きな人間がいた場合は、それがかき消されてしまうことがわかるのです。


「エクスペリメント」の中では、実社会でのルールは通じません。その個々人の判断基準によって、いかに人は暴走をしてしまうかがわかるのです。

暴力によってしか解決できないときもある。


主人公は平和のために活動していた男です。


ですが、実験の中で数々の暴力にさらされます。

その中でも自分を見失わず、時には服を脱ぐことで抵抗を示し、仲間たちのために行動しますが、最終的には、みんなを扇動し、圧倒的な暴力によって事態を納めるのです。

 

少しだけネタバレになりますが、

 

この物語は、唐突に終わりを告げます。

 

人が死んだとしても、赤いランプは点灯しなかったのに、最後に突然ランプがつくのです。

主人公が馬乗りになって殴ったから終わった、というわけではありません。

終わるタイミングはおそらくどうでもよかったのだと思います。


「エス」ともっとも大きく違う点は、実験を実施している大学側の人間が、後半まったくでてこなくなることです。


説明することだけ説明したら、後は監視カメラが動くだけで、大学側は途端に姿を見せなくなります。

なぜ彼らが選ばれたのか、本当のルールはなんだったのか、そんなものは一切明かされません。


唐突に終わる。

監視カメラは、神が、我々を見ているということのメタファーとしてとらえることもできます。


神は目の前で不幸が行われていても、人が死んだとしても、傍観しているのです。

その中で奇跡が起きるときもあるでしょうが、現実の神は、本作品でいうところのランプのような存在ともいえるのです。

 

看守役のバリスは言います。

「俺は一度も責められるようなことはしていない。ルールは俺たちを導いてくれる。だから生きていける。それぞれの立場がある。ルールがなければ無秩序になる」

 

バリスの台詞からは、彼がルールに従っていれば、どんなに悪いことでもやっていいと思っていることが見え隠れしています。

 

そうやって、唱えるバリスに対して、主人公は服を脱ぎます。

立場なんか関係ないということを暗にいいたいのでしょう。

反抗の態度であり、主張である見事な行動です。

ルールに従ったからといって悪いことをしていいわけではないのです。それぞれの人間が自分の意思をもつことの大切さがわかります。

 

さらに付け加えると 

「カメラに話しかけるな。許されない行為だぞ」

この台詞からも、バリスが向こう側の人間を神格化しているのがわかるのです。

「サルのときから、人間は進化していない」

皮肉な台詞がいわれますが、役割やルールを与えられ、それに責任を押し付けることができれば人間はどんなことでもしてしまうし、戦争だってしてしまう。

 

会社などでも、大きな役職がついた途端に、横柄な態度をとったりする人がいますが、そのような人たちと同種の問題だと考えてもいいかもしれません。


ですが、その人自身の判断基準の問題もあるでしょうが、この実験でわかるとおり、人間というのは元来そういう弱い生き物であり、その中で、自分の意思を保って生きるというのがいかに難しいか、というのがわかるのが、「エス」そして、「エクスペリメント」なのです。


自分が、この映画の看守側になっていないか、あるいは、囚人側となって卑屈に生きていないかを確認する意味でも、「エス」と「エクスペリメント」は有益かもしれません。

 

以上、「スタンフォード大学実験は、何を語るのか/ES(エス) エクスペリメント」でした!

 

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