シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

北海道の壮絶な開拓。映画「北の螢」

北の螢

蝦夷地が北海道と命名されて150年以上がたった現在。
 
観光地として様々な人が訪れる場所ですが、その広大な土地と、厳寒の冬という中、一筋縄ではいかない場所でもあります。
今回は、1984年に公開され、北海道の樺戸集治監という、北海道の開発の歴史においては欠かすことができないながらも、非常に後ろ暗い雰囲気も漂うモチーフをもってきた稀有な作品「北の螢」を紹介していきます。

北海道は、ご飯がおいしくて、広くて大きい、といったイメージとは異なりますが、そんな裏の歴史を知ることで、北海道の見え方がかわってくるかもしれません。

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集治監とは。

本作品においては、いくつかの事前情報を知らなければ、うまく物語に入っていくことができないかもしれません。

物語の冒頭で、夏目雅子のナレーションにより樺戸集治監がどのようにしてつくられたのかその背景が語られます。
内務省直轄(現在の日本において監獄は法務省の管轄)によりつくられ、東京をはじめとして、いくつもの集治監が作られています。
特に、まだまだ未開の地であった北海道の開拓を進めるため、屯田兵だけではなく、安価な労働力として多くの囚人がその開発に従事することとなります。
 
主に政治犯が収容されていたとされる集治監の作業は、過酷を極めていたとされています。

本作品の中で、仲代達也演じる月潟典獄は「峰延道路を完成させる」ことを第一にしてすすめています。

現在でいうところの上川道路、ないしは北海道道12号線は、札幌から旭川までのびる道民は絶対に一度は通ったことのある道路であり、日本でもっとも長い直線道路がある道としても知られています。

「北の螢」は、そんな道路の完成と、自分のことばかり考えている周りの人間の中で、北海道の発展のために尽力しようとした男の物語となっています。

月形

本作品にでてくる主人公、月潟剛史という男は実在の人物ではありません。

とはいえ、本作品における登場人物がまったくの嘘か、というとそういうわけでもないのです。

現在でも、北海道の街には月形町というものがあり、そこでは、樺戸集治監の歴史が記念館として存在しており、その樺戸集治監の初代典獄こそが、月形潔であり、月形町の名前の由来ともなった人物になっています。
 
物語の構成上、映画では遺族から非難があったほどに豪傑の男になってしまっており、物語の導入をみると、まるで歴史に沿って作られているような印象を受けますが、それも含めてフィクションになっておりますのでお気をつけください。
 
さて、そんな前提の話をしたうえで、「北の螢」はどのような作品なのかを語ってみます。
 

主役は、女性たち

仲代達也演じる月潟典獄の印象が非常に強い本作品ですが、岩下志摩を筆頭に、囚人の妻や恋人の苦悩や業が描かれています。

女性たちの業というと、重々しく書きすぎかもしれませんが、樺戸集治監にいる女性たちは、囚人である男に会うため、過酷な北海道で働いています。
 
たった一度旦那と会うために1年間働かなければならない、という約束の元、夏木マリ演じる元締めのような女性に命じられて働き続けているのです。

裸足同然の中、雪道で歩いていく旦那たちにむかって
「あんたぁあああ、あんたぁあああ」
と叫び続ける人たちのシーンは、胸をつかまれるような思いになること請け合いです。

「かにさんのお通りじゃあ」
という声とともに、女性たちは家の外にでていきます。その行動から、彼女たちがいつもそんな光景をみて、行動してきたことがわかるところです。

ちなみに、かにさん、というのは、足を繋がれた囚人たちのカニ歩きについて言ったものです。

そんな寒々しく、音の少ない騒然としたシーンのあとに続くシーンもまた秀逸です。

役人たち

囚人たちがつながれているシーンから一転、役人たちがやってきて、かんかんのうを踊りながらの宴会シーンとなります。
 
「北の螢」の演出は、静かなシーンから激しい音のシーンといった風に、対比的にシーンをつかっていることで飽きさせない演出が面白いです。

また、月潟典獄は北海道のことを憂いており、また、そのために、囚人たちの骨で道路が埋まろうと、北海道の未来のために開発を続けている、という信念の男となっています。
 
「中央道路ば、五年以内に開通せねば、北海道の開発は絶望的じゃ。わしはまだ、へばりはせんぞ。くそったれの新政府に騙されて送り込まれた、貧乏ったれの食い詰めもんばかりたい。わしがやらんと誰がやるんか」

岩下志摩演じるゆうもまた、自分の男のためにやってきた女性ですが、月潟典獄の人となりにふれて惹かれていくのです。

北の螢

阿久悠が作詞し、森進一が歌う曲も同時進行で本作品は作られており、その内容とリンクしています。

北の地にいったとしても、地の果てでも追って行ってしまう業を描いたものとしてつくられており、作品中では、大変な暴動まで起きる始末になっています。
 
愛する男のために、死体から服をはぎ取って着てみたり、人を殺したり騙したり。
女性が悪いのではなく、そういった情念そのものをあらわあしているすさまじい作品です。

もちろんこれは史実ではありませんが、政府を転覆させようとする囚人たちを抑えつけていたはずの主人公までもが、最後に囚人を解放し、岩下志摩演じる女性と踊るというのは、昭和の映画でなければ決してできない情念を形にした作品だといえるでしょう。

本作品では、その男女の業を描いた象徴として、かんかんのうがたびたびうたわれます。
「かんかんのう、きゅうれんす。この歌の意味ばしっとっとか。解いても解けん9つの知恵の輪のことたい。つまり、男と女のきってもきれないつながりのことをいっちょる」

まさにこの映画のテーマそのものといえるでしょう。
北の大地にある集治監という牢獄の中にありながら、それでもきることのできない男女の中を描いた作品なのです。
 
ちなみに、「かんかんのう」とは、江戸時代から流行ったとされる、中国からの歌の替え歌だそうです。

関連書籍

さて、本作品は前述のとおり、史実をもとにしていますが、そのものではありません。
 
とはいえ、実際に樺戸集治監があり、北海道の開発の歴史の中で多大なる貢献のあった場所であることもまた事実です。
ちなみに、囚人と看守たちの関係や、そのまわりの状況をもっと細かく描いた文学作品として、吉村昭の「赤い人」は、本作品に興味をもった人からすれば必読の一冊となっています。

 

新装版 赤い人 (講談社文庫)

新装版 赤い人 (講談社文庫)

  • 作者:吉村 昭
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/04/13
  • メディア: 文庫
 

 

また、「北の螢」には、突然、ヒグマに襲われるシーンがでてきますが、これは、おそらく、北海道における熊事件において欠かすことのできない大事件「三毛別事件」から拝借したものと考えられます。

 

羆嵐(新潮文庫)

羆嵐(新潮文庫)

  • 作者:吉村昭
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/03/01
  • メディア: Kindle
 

 

北海道はおいしく楽しい場所ではありますが、その一方で、壮絶な開発や自然との闘いの歴史がありますので、本作品をきっかけに、そのような事情を調べてみるのも面白いかもしれません。
 
以上、北海道の壮絶な快特。映画「北の螢」でした!

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