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シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

挫折を乗り越えろ!家族と戦うボクシング映画/ザ・ファイター  

ぺぺろん 洋画

 ザ・ファイター (字幕版)


マーク・ウォールバーグ主演「ザ・ファイター」は、実在したボクサーであるミッキー・ウォードの実話を元につくられた映画です。

多少の脚色や、時間を繋ぎ合わせた部分はありますが、人生そのものがまさに映画としか思えない劇的な物語となっています。

「ザ・ファイター」は単なるボクシング映画というだけではなく、何もない町の中で、二人の英雄が誕生する物語であり、挫折を経験した人間が再び誰かの夢によって、立ち直ってく様を描いた傑作でもあります。


ボクシング映画は苦手だな、という人でも、まったく気にすることなく見ることができるのが本作品ですので、脚本の見事さと共に、どのような魅力が詰まっているかを解説してみたいと思います。

 

墜ちた英雄

 

マーク・ウォールバーグ演じる主人公のミッキー・ウォードは、ボクシングをやっている男です。

類まれなるパンチ力を持ちながら、自分達のことしか考えない家族に振り回されて、人生がめちゃくちゃになっていますが、飲み屋で知り合った恋人と共に、ボクサーとして、自立した一人の人間として成長してく姿が描かれます。


基本的には、主人公はミッキーなのですが、映画をみていくうちに、この物語には、もう一人の主人公がいることがわかります(実際に、アカデミー賞を受賞したのは、マーク・ウォールバーグではありません)。


それは、主人公の父親違いの兄、クリスチャン・ベール演じるディッキー・エクランドです。


ディッキーは、過去の栄光から抜け出せない男です。


将来を期待されてプロボクサーになり、1980年前後にかけて絶対的な人気と実力を誇ったシュガー・レイ・レナードというボクサーを一度だけ「ダウン」させたことだけがホコリです。

最後まで戦いぬくだけでも大変なのに、ディッキーは戦い、ダウンまでとったということで、町で知らないものがいないほどの人気者になっています。


主人公たちが住むローウェルの町は、荒廃し、何も自慢できるものがない町です。

でも、そんな町の中で、唯一自慢できる存在こそが、ディッキーだったのです。

そのため、ディッキーは「ローウェルの誇り」と呼ばれています。

ですが、その「ローウェルの誇り」としての彼の人生が、決して美しいものではないことが映画をみていくうちに明らかになっていってしまうのです。

 

挫折したものたち

この作品では挫折した人間たちがでてきます。


主人公であるミッキーの恋人、エイミー・アダムス演じるシャーリーンは、高飛びの選手としてスポーツ推薦で大学に入ったにも関わらず、遊びまわったあげくに大学を中退。

夜の街を転々としていくうちに、スポーツの夢を諦めてしまっています。


そのため、はじめて主人公と会ったときは、お腹まわりや腕がやや太いぐらいになってしまっています。

しかし、家族に振り回されているミッキーをみて、どうにかしようと思うと共に、自分自身がかなえることができなかった夢を、ミッキーに託していくことで立ち直っていくのです。


ミッキーの家族もひどい状況になっています。
7人は姉。おそらく、その大半は父親が別々であろう人たちです。

家族は自分のことしか考えず、主人公が試合で稼ぐファイトマネーだけを頼りに生きています。

しかし、ミッキーが闘う中で、家族もまた団結していくというところが、素晴らしいです。

 

そして、何より一番挫折した人間は、先ほども書いた主人公の兄、ディッキーなのです。

 

ディッキーが麻薬におぼれてボクシングができなくなってしまったことには理由があります。

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それは、過去の栄光が大きすぎるゆえの苦悩です。


まわりの期待の大きさに耐えられず、麻薬に頼ることでその現実から目を背けてしまっているという状態。

決して快楽のためにやっているのではなく、薬をやらなければ、自分自身の精神が崩壊しかねない状態となって、止む得なくやっているのがわかってきます。

 

だからこそ、過剰なまでに自分がローウェルの誇りであることを言い、そして、その現実とのギャップに苦しんでいるのです。


そのことを如実に表しているのが、劇中で、ディッキーが母親に向かって歌う曲です。


ボクがジョークを言い始めたら、世界中が泣いた。

でもボクはわからなかった。

そのジョークは、ボクのことだったなんて。

これは、ビージーズの「I Started A Joke」という曲です。


大雑把にいってしまえば、はだかの王様であることに自分自身で気づいてしまったという歌でしょうか。

ディッキーは、自分の栄光が、実は栄光とはいえないものかもしれないことを、自分でわかっているんだ、とほのめかしているのです。 

 

英雄が誕生する

 

しかし、この映画はたんなるどん底に落ちた人間が這い上がるというだけの物語ではありません。


ディッキーはたしかに張りぼての英雄かもしれませんが、彼は、刑務所に入れられている最中に、自分自身のもっとも知られたくない過去をみんなに知られてしまいます。


まさに、どん底に墜ちてしまいます。


過去の記事で「アポカリプト」を題材に、通過儀礼について説明したことがありましたが、この作品も、優れた通過儀礼の作品であり、古典的な英雄誕生の物語になっているところが興味深いです。

 


英雄は必ず、一度は生まれ変わる必要があります。

映画の場合は、主人公が失意のどん底にいる状態こそが、死んだ、のと同義となります。


アポカリプトでは、主人公が敵に追われ、底なし沼に沈み、再び浮き上がってきたときには、別人のようになって反撃を開始します。


刑務所で、どん底に陥って、自分と向き合わざるえなくなったことで、ディッキーが立ち直っていくのです。

主人公の恋人であるシャーリーンもまた、ディッキーとの対話の中で、自分がどういう人間かというのを認める場面があります。

自分の弱さを見つめることができることで、人間は成長できるということを描いている点でも非常に優れています。

 


主人公であるミッキーもまた、兄のせいで、ボクサーにとってもっとも大事な、こぶしをたたきつぶされてしまいます。


ボクサーとしては、復活できないかもしれないぐらいの怪我こそが、彼にとってのどん底です。


そのどん底から、二人の男がどうやって立ち直っていくか、本当の意味で「ローウェルの誇り」、ローウェルという町の本当の英雄になれるかどうか、というのがこの物語のもう一つの楽しみ方になっています。

振り回されるミッキー

 主人公であるミッキーは、家族にいいように使われています。

でも、彼は家族を大切にしています。

新しくできた恋人も大事にしますが、恋人であるシャーリーンは家族からミッキーを遠ざけようとします。


そうすることで、ミッキーはボクシングで勝ちを収めていくのですが、彼は家族を捨てることもできないのです。


見ている途中では、「駄目な家族とは縁を切れ」という話なのかと思っていたら、家族と縁を切れといって、主人公の意見を聞かないシャーリーンもまた、主人公にとっては、束縛する家族と同じ存在になっているのが面白い演出でした。


「何が自分にとってベストか、自分で決めるんだ」


ミッキーは、家族の言いなりになり、そして、次は恋人の言いなりに知らず知らずなっていました。

でも、そんな彼が、誰のいわれるでもない、自分で自分のことに対して、答えをだすという点おいても、家族に縛られて自立できなかった男の成長を描くものとして素晴らしい脚本になっています。

 

若干のネタバレになってしまいますが、この物語の登場人物たちが気にする重要な事柄が存在します。

 

それは、ディッキーが、シュガー・レイと闘ったとき、彼は本当に「ダウン」したのか、ということです。


滑って転んだだけということも、ボクシングの中では存在します。


「ダウン」させたのでなければ、話は大きく変わります。

しかし、町の人たちの中には「あれは滑っただけだ」と言う人もいるのです。


「お前も滑っただけだと思うか?」

 

ディッキーは、弟に聞きます。

彼にとって、「ダウン」させたかどうかはどういう意味をもっていたのか、それは是非映画をみて知っていただきたいと思いますが、誰かにとっての大事なことが、誰かにとってはいい意味でも、悪い意味でも、「どうでもいいこと」だってなってしまうこともまた、この映画は教えてくれているのです。

 

これは実話である。

 

冒頭でも書きましたが、この物語は実話をもとにつくられています。


そのため、この映画の中で行われている試合も、実際にyoutubeで見ることができます。

ひたすらミッキーがあいてのパンチを受け続けて、最後にボディーブロー一発だけで、ノックアウトしてしまうというシーンがありますが、その一見ありえないような勝ち方も見ることができますので、気になった方は是非そちらも探してみたもらいたいと思います。

 

また、題名は「ザ・ファイター(The Fighter)」ですが、映画評論家の町山智弘氏曰く、戦うものというファイターではなく、ボクシングの戦術の一つである「インファイター」から来ているものと言っています。

インファイトは、相手から離れて闘うのではなく、積極的に相手の前にいって近距離で戦いを行うボクシングスタイルを言います。

たしかに、ミッキー・ウォードの戦い方はインファイターですので、戦いのスタイルとしての意味をもっているとは思いますが、この題名はもう少し深読みすることも可能であると思います。


インファイトというのは、基本的に相手の腕の内側に入って闘うものです。


この物語はボクシングを題材にしていますが、実際は、ミッキーという男と周りの家族や恋人との身内との戦い(インファイト)が中心です。

また、挫折を経験した人間たちからすれば、自分自身という究極の身近(イン)との戦いこそがテーマです。

だからこそ、どんな人間であっても、そのファイターであるということをいい表しているのではないか。

シンプルすぎるタイトルではありますが、映画を見たあとには、どんな人間でも、ファイターであることがわかる映画、それこそが「ザ・ファイター」になっていますので、何かに挫折したり、くじけそうになったときには、是非見ることをオススメします。

 

以上「挫折を乗り越えろ!家族と戦うボクシング映画/ザ・ファイター」でした!

 

本作品は、アマゾンプライム会員であれば無料で見ることができるので、気になった方はウォッチリストにいれてみるのもいいかもしれません。

 

 

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マーク・ウォールバーグが出演している映画は以下です。

 

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