少年はお姉さんを仰ぎ見る。感想解説考察。映画版「ペンギン・ハイウェイ」
「ペンギン・ハイウェイ」といえば、大学時代にああしていればこうしていれば、というもしもを何度も繰り返しながら後悔を重ねる主人公を描いた「四畳半神話大系」や山本周五郎賞を受賞した「夜は短し歩けよ乙女」といった作品をだしている森身登美彦の作品となっています。
主人公の独特の言い回しが多いのが特徴の作品ですが、原作というよりはアニメ映画としてみた「ペンギン・ハイウェイ」の見どころについて、語ってみたいと思います。
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少年が大人になろうとする物語
本作品には、哲学的なものの考え方や、問題の切り分けといった実用的な考え方が示されたりしている点も面白いのですが、まずアニメ映画として面白い点から探ってみたいと考えています。
主人公のアオヤマくんは、とにかく背伸びしたい年頃です。
「僕は大変頭がよく、しかも努力を怠らず勉強するのである。だから、将来はえらい人間になるだろう」
小学四年生の彼は勉強家で、知的好奇心を抑えられない少年であることがわかります。
それは、物語の冒頭で、突如街中に現れたペンギンに向かっていくところからすぐにわかります。
ほかの子供たちは、遠くでペンギンについて話をしているだけで、近寄ろうとはしても、実際に近づかないことからも、アオヤマ君がいかに好奇心旺盛かがわかります。
アオヤマ君は、抜けそうで抜けない乳歯を触ります。
この物語は、乳歯がぬけそうな少年が、大人になっていく姿を描いた作品だ、とその動きからすぐにわかる仕掛けとなっているのです。
オープニングのすばらしさ
「ペンギン・ハイウェイ」の監督は、石田祐康です。
名前を聞いてもわからない方も多いと思いますので簡単に説明しますと、インディーズ作品として2009年に発表された「フミコの告白」というアニメで有名になった人物です。
わずか2分22秒の短編アニメーションなのですが、告白したものの降られてしまったフミコが、坂道をおちていくのをひたすら描いた作品となっています。
内容としてはそれだけではあるのですが、そのダイナミックな映像表現や構図は、今見ても面白いものとなっています。
そんなダイナミックな表現ができる監督の力と、かわいらしいペンギンが街中を歩き回るという非現実感が見事にマッチした映像となっていて、みているだけでわくわくする内容となっています。
猫においかけられて小川に落ちて泳いでみたりする姿は、それがそのまま、主人公たちもあるくペンギン・ハイウェイとなっているのが意図的で素晴らしいです。
出木杉くんの物語
さて、本作品をすでにご覧になった方はなんとなく気になるカラーリングと役割があるように見えないでしょうか。
突然ですが、ドラえもんのカラーリングについて考えてみます。
主人公であるのび太は、黄色です。
しずかちゃんはピンク。
出木杉くんは、青です。
もちろん、完全な一致を常にしているか、と言われるとそうではないのですが、おおむねのキャラクター造形が似通っているのは気づいてしまう点です。
眼鏡をかけていておどおどしている内田くんは、のび太の役割。
ピンク色の服をきて、ヒロインっぽいハマモトさん。
ジャイアニズム全開のいかにもな悪いガキ大将であるスズキ君。
スネ夫にあたる人物は、スズキ君の子分たちに複数に分配されているのであまり考える必要はないでしょう。
そして、頭がよく将来は立派な人間になると思っている、青い服を着たアオヤマくん。
どことなく、出木杉くんが主人公となって、町で起こった事件を観察する、という物語になっているのが、アニメ映画版の「ペンギン・ハイウェイ」の面白い試みとなっています。
観察者としての物語
原作版と共通してこの作品が面白いのは、アオヤマくんは観察者である、という点です。
お父さんの影響を受けて、物事を科学的に考えるアオヤマくん。
この科学的な視点こそが、ペンギンハイウェイを面白くしている点といえるでしょう。
ファンタジーな出来事について、客観的に考える、というのは案外に少ないものとなっております。
近年では、ジャンプ漫画である「ドクターストーン」なんかは、物語の冒頭こそ、人類が突然石化するというファンタジーな設定で驚かされますが、そのあとの主人公の行動は、現実の科学に基づいた考えをもとに組み立てていきます。
どんなできごとでも観察をして問題を切り分けていけばわかる、という論理の積み上げが大事な漫画となっています。
「ペンギン・ハイウェイ」もまた、憧れのお姉さんが、いろいろなものをペンギンにしてしまう能力があって、それに対して「この謎を解いてごらん。君にできるか」といってくるわけですから、普通であれば唖然としてしまうところです。
特別な装置があるわけでもない小学生のアオヤマくんは、自分なりにノートをつけて、お姉さんの持っている能力について少しずつ観察していくというのは、あまりないアプローチとなっています。
えっちなのは
「怒りそうになったら、おっぱいのことを考えるといいよ。そうすると心がたいへん平和になるんだ」
そういわれて、内田くんは恥ずかしがりますが、アオヤマ君は決して恥ずかしそうなそぶりはしません。
それは、彼にとって女性の胸は性的なものではなく、あくまで、興味の対象だからです。
もちろん、成長途中の彼は、まだ恋愛だとか性的なものに対して理解がないというのももちろんあります。
ですが、興味のあることを突き詰めていくということにこそ科学者気質のアオヤマ君の本質があるところです。
おねーさんについて
「ペンギン・ハイウェイ」の中で、無機物をペンギンにしてしまったり、恐怖を抱いたりするとジャバウォックという鏡の国のアリスにでてくる怪物を生み出してしまう存在であるお姉さんの正体が気になるところではないでしょうか。
タルコフスキーといえば、当ブログでも紹介したことのある監督ですが、非常に象徴的な映画をとる監督であり、その意図を読み取れない場合には、おそろく眠くなり、そうでない場合は、緊張感をもってみることになる不思議な監督です。
惑星ソラリスは、星そのものが生命体といったイメージの話となっており、その中では、死んだはずの女性がでてきて、といった内容になっています。
ちなみに、アオヤマ君が、スズキ君を脅かすために言うセリフがあります。
「君はあの病気? 知らないの? スタニスワフ症候群」
原作でも海というものが重要な存在となっており、ペンギン・ハイウェイにでてくる海もまた、ここからとられた名称であると考えられます。
といった関連性はおいておいて、いわば、お姉さんというのが何者なのか。
どこからきて、どういった存在なのか、という点はあまり深く考える意味はないと思われます。
ただし、少なくともアオヤマ君にとっては、胸が大きくて、チェスの相手をしてくれて、謎めいている年上の、憧れのお姉さんの理想のような存在であることは間違いありません。
少年は憧れの女性に出会って、やがて青年への成長していく。
本作品は、不思議な物語を、科学的なアプローチで切り崩す少年の、成長と失恋の物語だからこそ、面白かったりするのです。
また、少年の成長をみていくことがまた素晴らしかったりします。
歯が抜けたり、お姉さんの面白さと不思議さを父親に語ったあとに、コーヒーを飲んで苦そうな顔をしてみたりと、背伸びをしたりするのですが、それそのものが彼自身が成長していることと連動しています。
また、クラスの女の子であるハマモトさんもまた、彼を横目でみて、成長していく様をちらちらと伺っているところもまたくすぐられるような面白さです。
何よりも、少年が背伸びしたくなる理由の多くにお姉さんが関わっているのも胸が熱くなるところです。
主人公がモノローグで、
「僕がどれだけお姉さんをどれだけ大好きだったかということ。どれだけもう一度会いたかったかということ」
と語っているように、物語の最後では、お姉さんをあきらめた、と感じる話となるのですが、でも、それでも、お姉さんの面影を追いかけてしまうのは、すべての、少年だった元少年たちの夢だったりするのです。
以上、少年はお姉さんを仰ぎ見る。感想解説考察。映画版「ペンギン・ハイウェイ」でした!