強さとは何か。ポール・バーホーベン監督「エルELLE」
ポール・バーホーベン監督といえば、「氷の微笑」によってとんでもない悪女を見せ、もちろん、「ロボコップ」をつくったことでも知られる巨匠のひとりです。
そんなバーホーベン監督が撮ったのが「エル ELLE」です。
暴行を受けた女性の日常を描く、と書いてしまうと非常に重々しい話に聞こえるかもしれませんが、本作品は、強烈なブラックジョークを放つ映画となっています。
また、悲劇的なことは起こったとしても、被害者だけではいつづけないという強い意志。
あまりに過酷な世界であっても、自分自身がセカイを握っている感覚が大事だ、ということを教えてくれる強烈な作品になっています。
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この主人公、強い。
この作品の予告編からすでにありますが、イザベル・ユペール演じるミシェルは、ゲーム会社の社長をやっている女性です。
しかし、社員からは必ずしも好かれているわけではなく、子供の時の事件のために、誰から恨まれていても不思議のない人生を送っています。
物語の冒頭で、いきなり、めざし帽をかぶった男に襲われてしまうのですが、彼女は、何事もなかったように割れた陶器の欠片を集めて、浮かんでくる血をけちらしながらお風呂に入ります。
そして、お寿司を電話で注文するのです。
この作品を見ていると、主人公が一体どういう女性かわからなくなる方もいるかと思います。
暴行を受けても警察にもいかない。
社内で悪質なコラージュ映像をばらまかれる。
それでも、彼女は平然としています。
もちろん、動揺していないわけではありません。
彼女は、ただただ、強いのです。
さて、少々ネタバレをして以下を話していきます。
彼女は期待していない。
ミシェルが10歳の時に、父親が刑務所に入りました。
多くの人を殺し、父親と一緒になって火の中に自分の服を入れたところでマスコミに撮影され、異常な家族の娘として、彼女は地域の有名人になってしまいます。
そのため、彼女はカフェにいれば、見知らぬおばさんに残飯を落とされ、とにかくひどい目ばかりにあっています。
ただ、彼女はだからこそ、自分自身のことを自分で守ろうとする人間になっています。
「警察なんてあてにならないわ」
という彼女の言葉から、彼女は、すでに警察に頼って何度も裏切られたことがわかります。
子供のころの事件のせいもあるでしょうが、結局、頼るべきは自分自身であることが身に染みているのです。
だからこそ、彼女は、催涙スプレーを購入し、小型の斧を購入するのです。
また、会社の同僚に銃の打ち方を教わります。
彼女にとって、世界が理不尽なのは当たり前。
レイプされるのも一度のことではないように思われます。
淡々とお風呂に入り、翌日には、病院にいって感染症等も含めた検査を行う。
常人の精神力では簡単にできることではありません。
彼女にとっては、そういった理不尽こそが日常なのです。
ですが、彼女は、理不尽を理不尽のままにしない、というところに、バーホーベン監督がつくりだす強いキャラクターが見え隠れするところなのです。
人間関係の複雑さ
「エル ELLE」で面白いのはミシェルというキャラクター以外にも、その複雑な環境にあります。
彼女には、あまりできがよくない息子がおり、その奥さんは正直、旦那のことをあまり愛していなさそうな人だったりします。
白人同士の二人に赤ちゃんが生まれるのに、どう見ても肌の色が濃いというところから、これは、妻がいろいろと偽装しているな、というのが透けてみえるのです。
ミシェルが社内で情事にふけるのですが、それは、親友の旦那というのところもひどいものです。
その親友であるアンナは、たまたま息子が生まれたときに一緒だったことから縁がうまれ、息子はアンナのほうと仲が良い、という微妙な関係になっています。
しかも、アンナはミシェルのことを好きであり、ベッドで、レズビアンな行為に励もうとしたところも示唆されます。
ミシェルと別れた旦那も、ミシェルのところにやってきますし、社内では、ミシェルのことを好きなあまりにコラージュ動画をつくってしまうとんでもないやつまでいて、彼女の周りには味方なのか敵なのかわからないような状態にあったりするのです。
自宅の前に住んでいるキリスト教原理主義者っぽい夫婦の旦那が、レイプ犯だということがあっさりわかるのですが、「エル ELLE」では、犯人が誰か、とかそういうものは一切関係ないことがわかります。
ミシェルは強く生きる。
映画そのものをおおざっぱに語ってしまえば、子供のころに大事件にかかわってしまったせいで後ろ指をさされる人生を送ってきた主人公が、ひどい目にあいながらも、自分にとって都合のいいようにまわりを動かしている、といった作品になるでしょうか。
彼女にって不条理は日常茶飯事。
でも、そこでも、他人の夫を奪ってみたり、人間関係を壊してみたりして、自分にとって都合がいいように世界を動かします。
ですが、彼女の思い通りにいかないことも多いのです。
脳梗塞で母親が倒れてしまいますが、
「そんなことをしたって、私は騙されないわ」
と、母親が演技で倒れていて、刑務所にいる父親に会わせようとしているのだ、と思っていたり、文句を言ってやろうと思ってようやく刑務所にいったその日に、父親は自殺してしまっていたりと、彼女にとって不幸か、幸福かわからないことが起こります。
彼女の旦那にシナリオライターの仕事をあっせんするのですが、彼女は
「彼を喜ばせているだけ」
と言います。
どういうことかといいますと、小説家の才能なんて元旦那に感じてもいないけれど、ミシェルにとって元旦那は遊んでおく価値があるのです。
女性の復讐映画
「エル ELLE」は、自分をひどい目に合わせた犯人を見つけて倒そう、といった単純な話ではありません。
ちなみに、本当にひどい目にあった女性の映画で有名なものといえば、
女性ガンマンの活躍を描くラクエル・ウェルチ主演「皆殺しのメロディ」や、クェンティン・タランティーノ監督「キル・ビル」が面白いところですが、「エル ELLE」は、自分自身で自分の逆境を乗り越えていく女性像を作り出しています。
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ポール・バーホーベン監督は、撮影時に70歳を超えています。
いくつになったとしても、衝撃的な作品をつくりつづけることができるのも巨匠のすごさなのかもしれません。
一見主人公の行動原理がわからなくなるような作品ではありますが、ひどい目にあったとしても、それをどうやって乗り越えていくのか、精神的な戦い方を教えてくれる作品となっています。
自分を暴行した犯人がわかった後に、その犯人に助けを求めてみたり、その犯人がどういう人物かわかってしまって、その自分との関係が病的なものであることを指摘したあとで、息子に見つかってしまうあたりのどうしようもなさ。
ミシェルの気持ちを理解すればするほど、彼女は理不尽を楽しんでいるようにすら思えてくるから不思議です。
以上、強さとは何か。ポールバーホーベン監督「エル ELLE」でした!