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シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

ジャコ・ヴァン・ドルマルの世界その1/トト・ザ・ヒーロー

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ジャコ・ヴァン・ドルマルは、1991年に公開された「トトザヒーロー」を初監督してから、1996年に「8日目」、2009年に「ミスターノーバディ」と撮影し、なんと18年間の間に3本しか映画を撮っていない寡作の監督です。


物語の作り方は一貫していて、現実と妄想の現実は等価として描く監督であり、第66回ヴェネティア国際映画祭コンペンション部門出品作品である「ミスターノーバディー」によって、その作品はまさに花開くことになります。

 

当ブログにおいて、ジャコ・ヴァン・ドルマルの作品がどのようにして変遷をたどり「ミスターノーバディ」へと結実してくのかを、各作品を語りながら記事にしてまいりたいと思います。

 

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本記事では、「ミスターノーバディ」の習作ともいえる、「トトザヒーロー」から解説・考察・感想を述べてまいります。

 

トト・ザ・ヒーロー

 

トト・ザ・ヒーロー

 

これは、主人公である老人が、自分のことを、名探偵トトだと思い込んでいるということからきているタイトルです。


主人公であるトマは、老人ホームで毎日を過ごしていますが、赤ん坊のときに大富豪の子供と病院で取り違えられたと思い込んでいます。

赤ちゃんの視点で、病院が火事になる様子がうつされるのですが、普通に考えると赤ちゃんの頃の記憶なんてもっているはずがありません。


にも関わらず、トマはそれを信じている。


そして、子供の頃に、隕石が落ちてきて、船に発見されたあとに父と母のもとに運ばれた、とも思っているのです。

 

なんとなく、話がおかしいと思いますが、老人ホームで暮らすトマは、あきらかにボケている老人と思われる描写があります。

 

薬を渡されるところで、看護婦を殴りつけるシーンあった後に、おとなしく薬を飲む主人公のシーンなどがあり、普通じゃないことが見え隠れします。

 

そう、主人公であるトマは、妄想と現実をちょっとごちゃまぜにしてしまっているふしがあるのです。

 

現実と妄想の狭間で

 

物語は、自分の人生が子供のころに取り替えられて、富豪であるアルフレッドによって人生を奪われたと思っているトマが、自分の人生を思い返すという形式がとられています。

そのため、時系列がバラバラです。

 

しかし、それは自分が人生を振り返ったとき、人生というのは自分の都合のいいようにつくりかえることができる、という映画自体のテーマそのものを現しています。

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どういうことかといいますと、子供の頃に印象に残ったことはすぐに思いだされるでしょうが、自分の子供の頃にしたという失態は、大人になってから親戚に言われて恥ずかしい思いをするものです。

 

でも、自分はまったく覚えていない。

 

記憶というのは、それだけ曖昧。

 

そのため、証拠などを考えなければ、現実と妄想を区別することなんてできない、というものです。


この作品で語られる内容もまた、主人公がこうだった、と思い出しているだけで、真実であるかどうかなんていう保証はどこにもないのです。


そのために、この物語は、俗に言う「信頼できない語り手」というものに分類されると思われます。

 

信頼できない語り手

「信頼できない語り手」とは、その名の通り、物語を紹介する一人称の人物が、必ずしも本当のことをいっているとは限らない、という事柄を逆手にとった物語をさします。


有名な作品でいえば、アガサ・クリスティの「アクロイド殺し」なんかは、超がつくほど有名です。

 

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

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特に、本作品のように、本人は自分が正常だと思い込んでいる人が、他人からみると普通ではないっていう状態を示されることで、何か真実か、そうでないのか、ということを想像しながら見るというのが面白いところです。


最近では、アカデミー賞で11部門にノミネートし、4部門もの賞を獲得したアン・リー監督「ライブオブパイ/トラの漂流した227日」も、信頼できない語り手に該当するものとなります。

 

信頼できない語り手の話なんだな、っていうことそのものが一種のネタバレに思うかもしれませんが、本来、信用できない語り手というのは、「アクロイド殺し」のような最初期の作品と違って、語り手自身を疑ったほうが面白くみれるという場合もあるので、一概に、ネタバレというわけでもありません。

 

逆に、それが信頼できない語り手だと知らなかった場合、こんな風になるはずがないだろう! と物語の矛盾や演出のおかしさに意識がいってしまって、映画本来の魅力に気づけなくなる恐れもあるのです。

 

また、なぜ語り手を信頼できないようにしたのか、という設定そのものの面白さを楽しむことができるのが、この手の作品のいいところでもあると思います。

 

 

アリスのままで

 

主人公は、自分のことを赤ん坊のときに取り替えられたと思っていることもあって、美しい姉に恋をしてしまいます。


「小さな悪の華」や「乙女の祈り」といった少女達による犯罪を描いた作品の少女のような主人公の姉、アリス。

 

 

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アリスは、トマを誘惑します。

 

主人公のタガが外れるような誘惑は、常に姉によって行われているのが面白いところです。


その閉じられた世界は、子供だけの世界です。

 

部屋はむちゃくちゃに荒れ、遊びたい放題。その糜爛した世界は、狂気すら感じられます。


ちなみに、アリスという名前は、ジャコ・ヴァン・ドルマルの2作品目である「8日目」にも登場します。

 

アリスとは何なのか。

実は、監督の娘の名前がアリスだったりします。

 

監督は、自分の娘を、姉と弟でいかがわしい関係になる、姉の名前につかっているのです。

 

監督もまた、ちょっと、妄想と現実の中であやしげに作品を作る人でもある、というのが透けて見えるのが面白いです。

 

主人公の良心


実は、主人公には知的障害を抱えた弟もいます。

ダウン症と思われる弟は、トマとアリスとの間にはほどんどでてきません。それは、語り手である主人公がほとんど印象に残っていないものだと判断したからだと思われます。


ジャコ・ヴァン・ドルマル監督の作品において、知的障害を抱えた人たちは、別格の存在として扱われます。

 

詳しくは「8日目」の解説の際に書きますが、トトザヒーローのときでは、姉と母を失った主人公が、唯一心を開くことのできるキャラクターとして描かれています。


「今は何時と聞いて」と弟が言ってきます。

主人公がしぶしぶ聞くと、「昨日と同じ今」とにこにこしながら言って、主人公を和ませます。


弟は、何にも縛られない存在です。


主人子は、後に、姉にそっくりな女の人を弟にみせて、「アリスに似てるだろ」と聞きますが、弟はあっさり「似てない」と言って帰っていきます。


このことにより、彼は昔から、見たいものをみて、見たくないものをみていない存在である、ということを強化しているのですが、弟は、それを一刀両断したのです。

 

妄想と現実を選ぶということ

 トマは、自分の人生を奪った富豪の男アルフレッドを殺しに、老人ホームを抜け出します。


彼は、自分の人生や、愛を奪ったアルフレッドから、再び人生を奪い返しにいこうとし、それをある方法をもって実行します。


アルフレッドは彼に言います。

「私はお金はあるけれど、楽しい人生とはいえなかったよ。君は人生が楽しそうでいいよな」


人生を奪われたと思っていたのに、アルフレッドは、トマを羨ましがっていたのです。


トマは、自分の見たいように現実を見て、見たくないものは見ないで好きに生きてきた。


車に乗っていると、目の前のトラックの荷台に、テレビの中の男と、死んだはずの美しい姉が音楽を奏でながらでてきます。

 

これはあきらかに妄想ですが、この妄想を否定する必要なんてまったくないのです。

 

ジャコ・ヴァン・ドルマルのセカイ

 

さて、「トト・ザ・ヒーロー」の魅力などについてざっくりと書きましたが、人生の終わりに過去を思い返すということは、なんでもありであると同時に、どちらを信じるかは自分次第ということなのです。


また、主人公が自分の生まれを思い出すときに、隕石として落ちてきた僕が船に拾われるというシーンがあります。


ここで、船は子供のものと思われる腕が見えてしまっています。


子供の中の妄想であった場合、それを語るものは神そのものである、ということを考えることもできるのです。


第一作目のトト・ザ・ヒーローのもつ、記憶や現実、妄想といった物事っていうのは、ジャコ・ヴァン・ドルマルの作品においてもっとも重要な要素となっています。

 

さて、この作品をみて思うのは、カートヴォネガット原作、ジョージ・ロイ・ヒル監督「スローターハウス5」でしょう。


スローターハウス5は、過去と現在と未来を生きる男の物語です。

 

ふとした瞬間に過去や未来にとんでしまう主人公。

 

タイムスリップものといえなくもありませんが、主人公は自分がいつ死ぬかもわかっています。さらには、宇宙人に連れ去られて美女と一緒に子作りまでしてしまうというある意味とんでもない物語になっています。

 

作品の中で時間軸があっちこっちに跳ぶというこの作品は、あきらかに監督の作品に大きく影響を与えているのは間違いありません。

 

主人公の決断

物語の結末は、作品をみていただくとして、主人公は最後に自分の人生を取り戻します。


その奪い方は、最後まで彼が独善的で、勝手な男だとわかりますが、彼は満足しているのは、誰の目にもわかるところです。


ジャコ・ヴァン・ドルマルは音楽の使い方が面白く、本作品の音楽も非常に耳にのこる物となっています。

 

人の人生において、記憶は自由に作り変えることができ、またそれが真実であるか、何が正しいかなんていうものは、もはや、死んだあとですら意味をなさないということがみてとれるのが「トト・ザ・ヒーロー」なのです。


さて、ジャコ・ヴァンドルマル特集と称して、残りの2作品も別エントリーにて紹介してまいりますので、興味のある方は、是非ご覧いただければと思います。


2作品目になる「8日目」は、キリスト教をベースとして、頭の中では神である男が創世記である1日目から7日目に何をつくり、8日目には、何が作られたのか、という物語です。

 

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トトザヒーローの要素から、弟を主人公にした物語といえるものなので、トトザヒーローに興味がでたかたは、是非そちらも併せてご覧ください。

 

以上、「ジャコ・ヴァン・ドルマルの世界その1/トトザヒーロー」でした!

 

他のジャコ・ヴァン・ドルマル作品の解説は以下です。

 

 

 

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