映画みたいな人生を送る。「バリー・シール」感想&解説
能力もあってお金もあって、将来性も約束されていて、愛すべき家族がいる。
誰もが羨む人生が確定していたとしても、人というのはそのとおりに生きられないものです。
トム・クルーズ主演である「バリー・シール」は、そんな絵に描いたような人生を生きられるはずが、結果として、映画のような人生を送ることになった男を描いた作品です。
実話をもとにつくられておりますので、こんなことが実際にあったのだ、と思いながらみるとまた違った面白さを感じられる映画となっていますので、見所を含めて感想を述べてみたいと思います。
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その人生
バリー・シールという主人公は、飛行機のりとして抜群の才能を発揮し、15歳でパイロットの証明書を取得、米国の陸軍航空学校を卒業し、アメリカの大手航空会社であるTWAに所属したエリートだったはずの男です。
しかし、CIAに声をかけられたことをきっかけに、アメリカや中米を往復しながら、時には麻薬を密輸し、武器を運び、情報を届ける。
そんな複数の組織に使われながら、莫大なお金を手に入れ、没落していく様が描かれます。
この作品のポイントの一つには、主人公であるバリー・シールという男が、本当であれば、物語の冒頭で描かれるような大企業で、のうのうと暮らせるはずだったというところです。
旅客機には、自動運転機能がついており、我々がにのるときも人間が手動で動かすところはそれほど多くはありません。
物語の冒頭のシーンで、トム・クルーズ演じる主人公は、みんなが寝静まったところで飛行機の自動操縦を切ります。
一瞬、意味がわからないシーンかと思いますが、映画全体を暗示する重要なシーンです。
安全装置のない人生
飛行機と人生を重ねて意味づけされているようにみえる点は面白いです。
自動操縦を切ったことで、主人公バリーは、自動運転とか安全装置で守られていない人生を送りたいと思っていたことがわかります。
CIAに協力を求められて、IACという架空の会社に転職することになるバリーですが、彼はそれを奥さんに相談します。
「福利厚生は?TWAの健康保険制度は手厚いのよ」
TWAという大手航空会社にいれば、安泰です。
福利厚生は手厚く、彼の経歴ならば、かなり上のほうまでいけるでしょう。
ですが、彼は踏み出します。
同僚と飛行機の安全確認をして、ドアをロックしたかとか、乗務員と打ち合わせはしたか等、何度も安全性をしているうちに、彼の心は固まっていくのです。
バリーは、物語冒頭の自動運転を切って飛行機を運転したことでわかるように、安全装置などない人生を歩みたかったのです。
安全装置も、自動運転もついていない人生に、彼は飛び込んで生きます。
アメリカの状況
本作品は、実話をもとにしているため、当時のアメリカの情勢を知っておく必要が多少あります。
時代は、アメリカとソ連が冷戦真っ只中からはじまり、中米のごたごたに巻き込まれながら、政治的なスキャンダルへと発展していくような時代です。
バリーは、ニカラグアの反共産主義のゲリラ「コントラ」に武器を届けたり、人を運んで軍事訓練をさせたりします。
アメリカはベトナム戦争の敗北的事実によって、他国への軍事介入が行いずらい時代でありながら、イスラエルを経由してニカラグアに武器を提供するなど、かなり危険なことを行っていました。
バリーは、そんな微妙な情勢の中で、どさくさまぎれの大金持ちになっていきます。
使い切れないお金
アメリカの情勢はいいとして、本作品は、エリート街道まっしぐらだったバリーという男が、自動運転なしの人生に突入した結果、大金を手に入れるところを描きます。
超一流であるパイロット技術をつかって、不可能とも思われる麻薬の密輸を成功させ、お金をじゃんじゃん稼ぎます。
ただし、そのお金は、表にでてはいけないお金です。
いくらAICという謎の会社をやっているといっても、不自然なほどお金があれば国税局から目をつけられるというものです。
バリーは、田舎町に奥さんとともに半ば逃げるようにして引越しします。
絵に描いたような田舎町ですが、バリーがお金をマネーロンダリング(資金洗浄)をするために、次々と町に新しい会社ができあがっていきます。
30年間給油所勤めだった、というおじいさんを雇って、
「これからは管理職だ」
といって、社長に据えます。もはや能力とかそういうのではなく、人がいればそれでいいのです。実態などなくても、お金が売り上げとしてどんどん増えていったことでしょう。
闇で手に入れたお金も、なんらかの形で世の中にだせるお金にしなければたんなる紙切れに過ぎません。
その結果、空き店舗ばかりだった町には、なぜか銀行が立ち並ぶようになり、実体のない看板が次々とできあがっていきます。
車もまともに走っていなかったような田舎に、新車が走るようになる様はいっそすがすがしいくらいです。
それでも、資金洗浄が間に合わず、地面に埋めてしまったりしています。
そしてついには、家の庭中にお金を埋めすぎたせいで、どこを掘ってもお金がでてくるようになってくる始末です。
ちなみに、この手の映画で面白いのは、マーティン・スコセッシ監督「ウルフオブウォールストリート」です。
証券会社でボロ株を売ることを思いついたレオナルド・ディカプリオ演じる主人公が、一気にお金もちになって、お金を使いまくる人生を描いています。
「バリー・シール」もまた、一気にお金を手に入れた男の末路が描かれているところです。
理想と現実
本作品は現実と理想のこっけいさも描いています。
ニカラグアの反共産主義ゲリラである「コントラ」に武器を届けるバリーですが、武器を届けても彼らはあまり喜びません。
むしろ、彼のサングラスや身に着けているものなどに興味を示し、戦いのために訓練をしなければならないはずなのに、サッカーをして遊んでいる始末です。
「彼らは、戦争など望んでいない」
バリーは、エロ本を届けたり、武器を別のところに横流ししたりと、ますますお金を手に入れていきます。
ただ、この作品は、そんな主人公だけではなく、それを支える奥さんの存在も描いているところが面白い点です。
お金もちの奥さん
バリー・シールの奥さんであるルーシー側からみると、悲しくも愛のある話になっています。
奥さんは子供もそれなりの年齢になっていても、夫への愛がまったくかわらないことがわかります。
めったにかえってこない旦那のために、家を片付け、勝負下着を着て待っていたり、家のものが差し押さえになるというときにも、お金じゃなくて、バリーにいてほしいということを訴えます。
バリーもまた奥さんのことを愛しているところがすばらしいです。
実は、この映画、ところどころに女性の影がみえかくれしています。
特に説明はありませんが、要所要所に美女がいるのです。
保安官事務所や、マフィアの家で赤い服をきてたっている美女、不自然に美女が配置されているのですが、バリーは奥さん一筋です。
飛行機の中で自由落下しながら、行為に及ぶ姿はさすがといったところです。
飛行気乗りの奥さんの悲劇を描いた作品としては、「ライト・スタッフ」などがあります。
飛行気乗りの奥さんというのは、常に辛い状況にあるものなのでしょう。
お金は恐ろしいものなのか。
さて、お金もちにやっかいなこともくるもので、だめな身内がお金をせびりにきたりすることも、いつの世の中もあるものです。
有名どころでいえば、ポール・トーマス・アンダーソン監督「ゼア・ウィルビー・ブラッド」なんかも、お金持ちになってくると、生き別れになった弟が現れたりして、トラブルを起こしたりしていました。
さて、「バリー・シール」という映画は、トム・クルーズ演じる男が、アメリカにはめられる、話であると同時に、時代に翻弄されながらも自由に生きた男の物語です。
われわれは、ある意味社会や倫理に守られながら生きていますが、安全装置のない人生はこんな形になるのかもしれない、という実話に基づいた可能性を提示される作品となっております。
以上、映画みたいな人生を送る。「バリー・シール」感想&解説でした!