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シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

アカデミー賞を総なめか。感想&解説/ラ・ラ・ランド

Ost: La La Land


ミュージカル映画でありながら、圧倒的な人気を誇る「ラ・ラ・ランド」

いきなり踊ったり歌ったりする映画というのは、なじみがある人と無い人とでは大きく印象が異なるものと思います。

英国アカデミー賞も受賞し、その後も次々と受賞していくであろう「ラ・ラ・ランド」について、その魅力や見所に迫ってみたいと思います。

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エマ・ストーン


主演女優は、「アメイジングスパイダーマン」のヒロインとして名を馳せたエマ・ストーンです。


エマ・ストーンは要領よく周りに合わせることができず困ったような顔をしながら、姉御肌を見せるキャラクターをやることが多々あります。


「小悪魔はなぜモテる?(原題 Easy A)」では、男性経験豊富と勘違いされたエマ・ストーン演じる主人公が、クラスでもてない同級生の男の子たちと関係をもったと嘘を流すことで、彼らを助けてあげる。

しかし、結果として彼女は学校中から総スカンを食らいますが、服にホーソーンの「緋文字」から引用した赤いAと書かれた刺繍をする、という背伸びをした姉御肌の女の子を演じました。

 

 

「ヘルプ~心がつなげるストーリー~」では、お金持ちの娘でライターであるエマ・ストーンが、黒人のお手伝いさんの実態を調査する中で、友人が黒人のヘルプさんに行う態度などをみて、違和感を感じながら、ヘルプさんたちの闇に迫っていきます。

 

 

また、アカデミー賞を受賞したイニャリトゥ監督作品「バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」では、主人公の、元薬物中毒の娘役を演じて、父と娘の微妙な関係を見事に演じています。

 

そんな、実力は女優であるエマ・ストーンが、本作品では、女優を目指しながら、スタジオ内にあるスターバックスで働いているミアを演じます。

 

ライアン・ゴズリング


ライアン・ゴズリングといえば、甘いマスクが特徴の実力派俳優です。


情熱的なカップルが夫婦となり子供ができる中で、どんどん若かりし日の魅力を失っていく姿を描いた「ブルー・バレインタイン」で主演し、頭を禿げさせるために毛を抜き、腹の出たおじさんになる役作りは見事です。

 

ブルーバレンタイン

ブルーバレンタイン

 

 

そうかと思えば、夜は強盗の逃し屋、昼間はカー・スタントマンと整備工をやっている男を演じ、人妻との純情すぎる恋愛を描いた「ドライブ」。

 


性的な人形である俗称ダッチ・ワイフを自分の彼女だといって家族に紹介するものの、その人形を通じて、主人公の心の優しさが明らかになっていくライアン・ゴズリングの演技が光る「ラースとその彼女」

演技力なしには見られない作品にでているライアン・ゴズリングが、ジャズ喫茶を開くことを夢見る男セバスチャンとして、「ラ・ラ・ランド」で、現実と夢の狭間で苦悩します。

 

デミアン・チャゼル

 

そんな実力派の俳優をつかって監督をするのが、映画「セッション(原題whiplash)」で一気に有名になったデミアン・チャゼル監督です。


「セッション」は本ブログの中でも紹介した作品ですが、ジャズ・ドラマーを目指す少年が、鬼教官(J・K・シモンズ)によって徹底的に精神を追い詰められて、潰されながらも、最終的には、凄まじい演奏を行うことで鬼教官と心を一つにしてしまうという芸術がもたらす奇跡を映像に捉えた傑作です。

 

 

30歳を越えたばかりの若さで実力を発揮するデミアン・チャゼル監督がつくりたがっていた作品こそが「ラ・ラ・ランド」なのです。


友情出演なのか、「ラ・ラ・ランド」でライアン・ゴズリング演じるセバスチャンがピアノを演奏する店のオーナー役として、J・K・シモンズが登場していたりします。

「セッション」をみたことがある人間からすると、なんともいえない気分になるところです。

 

さて、そんな、「ラ・ラ・ランド」ですが、ミュージカル映画というふれこみの中で、理解しずらい部分が発生するかと思います。

 

その違和感を埋めるための方法として、ある考えをもって見ると、非常に映画が理解しやすくなります。

 

主観の物語


「ラ・ラ・ランド」では、主人公たちが突然踊りだします。

ミュージカル映画なので当然といえば、当然なのですが、この突然あたりの人間が踊りだしたりする違和感を感じないわけにはいきません

しかし、この映画が、ミアとセバスチャンの二人の主観的な物語だと考えるとつじつまが合うのです。


冒頭の渋滞シーンで踊りだすシーンは、ミアが渋滞の時間を利用しながら、演技の練習にのめりこんでいるところです。

ミアにとってすれば、それは女優になるための道ですから、苦しくとも楽しい世界です。

ちなみに、この渋滞のシーンをみて思い出すのは、当ブログでも紹介した「フォーリング・ダウン」です。イライラしている中、嫌になって車からでていくD-フェンスでしたが、「ラ・ラ・ランド」では、踊りだしているところがいい感じです。

 


友人にパーティに誘われるシーンでも、いきなり踊りだし、ドレスに着替えるシーンもまた、彼女たちの感情的な喜びがダンスを通じてよくわかります。


また、突然彼らにスポットライトが当たるシーンがでてきます。

ライアン・ゴズリング演じるセバスチャンが、ピアノを弾いているとまわりの喧騒が遠ざかり、彼だけにスポットライトが当たります。

この時点で、彼は自分の世界に入り込み、まわりがみえなくなっている、ということが映像的にわかる表現となっています。

 

また、ロサンゼルスに住む若者たちが行くグリフィス天文台でのデートシーンでも、プラネタリウムの中で浮かび上がっていく二人は、映像の通り天にも昇る気持ちそのものを表しているのです。


踊り以外でも、映画館の中に入って「理由なき反抗」を見ているお客さんが多数いるにもかかわらず、スクリーンの前に立ってセバスチャンを見つけるシーンがあります。

これは、普通に考えれば迷惑きわまりない行為ですが、これは、彼らの主観が入っていると思われます。

こそこそと他人の目を隠れて、相手を探す/見つけるなんていうのは、少なくともミアの世界では考えられていない、というだけだと思われます。

そうでなければ、「邪魔だ」と怒られるはずだからです。

 

しかし、そんな彼らの主観だけでは、どうしようもない現実が迫ってきます。


「ラ・ラ・ランド」は、まさしく、その理想と現実の中で苦しむ人を描いています。

 

理想と現実

ミアはオーディションでかなりの回数おちています。

ハリウッドのスタジオ内にはいっているスタバで働く彼女は、理想を現実としている人たちをみながら仕事をしていますが、思ったような成果をあげることができません。


ミアとセバスチャンが、キスしようとしてなんらかの音で邪魔されたりするお約束も、現実は映画通りにいかない、というところの表れといえるでしょう。


映画そのものの内容とかかわっていきますが、セバスチャンの夢が「自分の好きなジャズを演奏できる場所をつくる」ということです。


しかし、ミア自身が「ジャズは嫌いなの」という始末です。


セバスチャン自身もまた、ジャズが好きでありながら、世間ではジャズは古い、ジャズはもう流行らないという現実にぶちあたっているのです。


物語中盤で、彼はジャズバンドに誘われて一気に有名人になっていきますが、「ジャズだって聴いてもらわなきゃダメだ。まずは聞いてもらうことだ」という友人の言葉と、生活していかなければならないという現実のもとに妥協する姿などは、どんな世界の夢を描いている人であっても、一度は考えてしまうことではないでしょうか。

 

夢が叶うとき

さて、そんな彼らの夢があっさりとかないます。

実際は、あっさりではないのですが、努力が実を結ぶときがきます。

ミアは、自分のために自分を主役とした一人芝居の脚本をかきはじめます。


まるで、「ロッキー」を書き、自ら売り込みをしたシルベスタ・スタローンを思い起こさせる行動です。

 

ロッキー (字幕版)

ロッキー (字幕版)

 

 

ミアは、劇場を借りて、小道具をつくり、自分の友人にメールを送ります。

個人がやっている小さな劇をいったい誰が見に来るのか、とも思うのですが、話によると、人材を発掘しようとしている人たちは、この手のものも見に来ることがあるそうです。


物語のラスト近くで、ミアが物語の冒頭と同じように渋滞に巻き込まれます。
ですが、ラストのミアはあっさりと「夕食食べていきましょう」といって、別の道に下りていくのです。

誰もがロサンゼルスを目指しているけれど、そこにたどり着く方法は決して一つではないということを暗に示しているのではないでしょうか。

 

ですが、夢が叶うことの厳しさもまた「ラ・ラ・ランド」は示しています。

 

夢が叶った後

この映画の見所であり、映画を見てきた人へのご褒美のような集大成のシーンがラストででてきます。


ややネタバレになってしまいますが、そのシーンは、セバスチャンのひらいたジャズ・バーで、女優として成功したミアが再び出会うシーンです。


エマ・ストーン演じるミアは、顔のアップが今回非常に多いです。
大きな目を開きながら、彼女は、時に場違いな感じに困ってみたり、気丈にふるまったりします。


その彼女と、セバスチャンの長く短い、視線を交わします。

そこでは、彼らにとっての、本当の理想が、二人の主観で見ることができます。


それは、あまりに美しくドラマチックで、でも、だからこそ、切ないシーンです。

二人が抱き合いながら、ひたすらカメラが廻り続けるところなど、ブライアン・デ・パルマ監督「愛のメモリー」を思い出すところです。

 

「ラ・ラ・ランド」は、若いけれど現実を見ざる得ない人たちの、夢とどう向き合っていくか、その中で何を失うかを描いた作品となっています。


物語のはじめのほうでも、セバスチャンの姉は「この間の子はどうなったの。あなたにはまともな職についてほしいのよ」と、迫られている様子がわかります。

 

俗に、la la landというのは、夢見がちな人たちを揶揄する言葉だそうです。
しかし、夢見がちな世界にいる人たちもまた、厳しい現実との狭間の中で、今日も努力をしているのです。


すべての、夢に向かって頑張る人たちに送る物語こそが「ラ・ラ・ランド」となっておりますので、楽しいだけではない世界を知る上でも、本作品は味わい深いものになっているのです。


以上 アカデミー賞を総なめ。感想&解説/ラ・ラ・ランド でした!

 

ライアン・ゴズリングエマ・ストーンが出演している作品で、当ブログで紹介されたものは以下となります。

 

 

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