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シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

悲しんだ後にみる映画 お葬式映画3選/おくりびと・お葬式・東京物語

http://www.flickr.com/photos/71481771@N00/168307690

photo by Hyougushi

 

映画は人生の予行練習」という見方があります。

 

映像と音、ストーリーが渾然一体となって語られる中には、人間が体験するであろう様々なことがつくりだされ、また、決して体験できないであろうことも映画では語られます。

 

その中で、人生にそう何度もあって欲しくないながらも、いつかは経験する日がくるものの一つに、お葬式があります。

悲しみの中、人間はどうするべきなのか。


そこで、三つの時代の、葬儀に関する作品を紹介してまいりたいと思います。

悲しむことも必要ですが、葬儀映画をみて、前向きになれることもあるのです。

 

おくりびと

 

一つ目は、2008年の映画で、滝田洋二郎監督による異色の納棺士映画「おくりびと」です。


滝田監督言えば「コミック雑誌なんていらない」で一般映画デビューし、「壬生義士伝」なんかも有名です。


その中でも、日本映画ではじめてアカデミー賞外国語映画賞を受賞するという快挙をなしとげた、記念すべき映画「おくりびと」を紹介します。

 

アメリカでの一般公開がされる前に、大々的に行われたロビー活動による受賞、という話もあるため、あまり期待していなかったのですが、日本映画的な感性と、日本の文化をこれでもかと詰め込んだ映画になっていました。


納棺士という職業をご存知でしょうか。

葬儀を行う前に、ご遺体を棺に収めたり、化粧を施したりする仕事です。

 

遺族にとって本当に大事な瞬間を飾るもので、立派な仕事ではありますが、遺体を扱うということもあり、やろうと思う人が多い仕事ではありません。

 

納棺士という仕事は古来からの日本の伝統、というわけではなく、1950年頃から行われている比較的新しい職業だったりします。


そんな中、納棺士という職業を世間に広く認知させたのが、この映画「おくりびと」です。

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チェロ奏者として世界を飛び回っていた主人公。

父は若い女性と出ていってしまい蒸発。母は演奏で海外に行っている最中に亡くなり、広末涼子演じる妻と暮らしていましたが、所属していた楽団がつぶれてしまったことにより、地元に帰ることとなります。

たまたま、見つけた納棺士の仕事をするのですが、主人公はなんでも自分で抱え込んでしまう性格のため、妻に自分の職業のことをはっきり言うことができません。


おくりびと」は、モックンこと本木雅弘が演じる主人公が、納棺士という職業を通じて、親子の関係や近親者を失った人々、様々な物事から、自分自身を見つめなおす物語です。

「おくりびと」オリジナルサウンドトラック

「おくりびと」オリジナルサウンドトラック

 

 

脚本に詰め込んだもの

 

2時間の映画の中に、これでもかとテーマが詰め込まれています。


親と子の関係。

妻との関係。

地元での納棺士としての生活。

チェロ奏者(夢)を挫折したものが再起すること。

納棺士という仕事への誇り。

ご葬儀が、参列する人たちにとってどのような意味を持つのか。

生きることとはどういうことか。


ざっと思い起こしただけでも、これだけのテーマが詰め込まれているのですが、それを見事に融合させているので、映画が長いと感じることはほとんどないと思います。


どうしても、葬儀を取り扱った映画というのは、暗いトーンになりがちです。

この映画でもシリアスな場面はでてきますが、前半部分は、葬儀にまつわる関係者たちを時に滑稽に描きながら、ユーモアたっぷりに紹介していきます。


納棺士という我々が普段目にすることのない職業です。

主人公もまた、納棺士なんて知りもしなかった人間なので、主人公と同じ気持ちになって映画を見ていくことができますし、納棺に立ち会ったことがある人であれば、その動きが大変面白く感じられることと思います。

 

うまいんだよなぁ、困ったことに 

名優である、山崎努が納棺会社の社長を務めています。

ふぐの白子を食べながら

 

「死ぬ気になれなきゃ食うしかない。食うんなら、うまいほうがいい」

 

と言って、納棺士をやめようと思っている主人公を引き止めます。ふぐの白子を渡された主人公は、おずおずとそれを食べると、目を見開きます。

そこに間髪入れず、

「うまいだろ」

「うまいっすね」

「うまいんだよなぁ。困ったことに」

実に悩ましげです。

 

死と食がうまく結びつけているところもすばらしいです。

はじめは、鶏肉をみただけで食べられなくなっていた主人公も、おいしそうにフライドチキンを食べるさまなんて、食べ物テロと言っても過言ではありません。


また、石文といった、あまり聴いたことのない伝統なんかも織り交ぜられており、日本文化を随所に生かした物語になっています。

 

ちなみに、石文とは、文字などが書かれなかった時代に、自分の気持ちに合った石を、送りあうというものだそうです。



繰り返し描く、親子の和解

また、「おくりびと」は、山形県を舞台にしているのですが、住んでいる方には申し訳ないですが、かなりの田舎です。

そういった日本の地方の現実を日本映画らしからぬ鋭い視点で描いている場面もあり、先進的といえます。


この映画は、親子の和解を2時間の映画の中に、繰り返し描いています。

詳しい内容は是非映画をご覧いただきたいと思いますが、

物語冒頭から、女性だと思って拭いていた遺体が、実は男だったというところから始まります。

 

でも、その遺体の親は、『自分の子供は息子であって、娘ではない』と認めようとしないのです。

これは、田舎の中で、性同一性障害やLGBTといった人への理解をもたないがために起きた悲劇を描いています。


一見、綺麗な女性だと思ったら男でしたっていう、コメディちっくな場面ともとれるのですが、日本が抱えている問題の一端をさらっと描いているあたりは含みがあって面白いです。


納棺士がメインですので、お化粧をしてあげることによって、男とか女とかそういうことではなく、自分の子供としてまっすぐに見つめるきっかけを与えてくれる存在として描いています。

 

ずっと妻のことを顧みることもなかった旦那。

「奥様の普段つかってた口紅をお借りできますでしょうか」と聞かれて、意味がわからないといった表情をする旦那さん。

慌ててとりにいく中学生くらいの娘。

化粧をしたことで、改めて自分の妻の美しさと大事さがわかる場面に立ち会うなどは、納棺士という職業ならではのシーンといえるでしょう。


また、ダイジェストで語られますが、納棺の際に、顔にキスマークを一杯つけてもらうご主人や、好きなものに囲まれてお棺に入る少年。

故人がどういう風な人柄だったかが、納棺の最中にでてきて、納棺士という仕事が、必ずしも悲しいだけの職業ではないこともわかります。


納棺士という職業のこと、また、お葬式という人間の感情が高まりやすいできごとを、客観的に、しかし、遺族に寄り添いながら行っていることを見せた良作といえます。

 

伊丹十三 お葬式。

さて、「お葬式という人間の感情が高まりやすいできごと」と書きました。

お葬式という人間の生死がはっきりみえる世界に触発されて、わずか一週間でシナリオを書き、映画を撮ってしまった人物がいます。


いわずと知れた、映画界のエリート中のエリート。

伊丹十三

その伊丹十三初監督作品の「お葬式」を2作品目として紹介したいと思います。


ちなみに、「おくりびと」で社長をやっていた山崎努が主人公となっています。


俳優をやっている井上侘助は、夫婦そろって役者をやっており、世間的なものからは遠く離れていた存在でしたが、妻の父親が亡くなったことで、喪主を務め、なれない葬儀を取り仕切ることになるコメディ映画です。


お葬式について、ほとんど判らないため、葬儀屋に聞いてみたりして、色々と二人は学びます。

喪主の挨拶の仕方を勉強したりするのですが、みんなの前で挨拶をしなきゃならないことで主人公が悩んだりするなど、世間体を気にするあまりに、大変になっていくさまは滑稽です。


身内に不幸があったとわかった瞬間、周りで騒いでいた人たちが

「このたびは突然のことで・・・」

とか

「ご愁傷様です」「お気持ちお察し致します」

と、急に慣れない言葉を使い始めます。

 

当然といえば当然の言葉なのですが、それを映画というスクリーン(画面)越しにみると、間抜けな感じがします。


日本人の滑稽さ、格好をつけようとしているのに、格好がつかない。そんなものが見事に描かれているのです。


葬式の準備で大変だというのに、愛人が喪服で駆けつけてしまって、なぜか草むらで情事を行ってしまいます。やれやれ、と思ってしまう人もいるかと思いますが、死に触発されて、生へ向かってしまう人間の悲しい性といえるところがあると思います。


ちなみに、「おくりびと」でも、初めての現場で、腐乱した死体を処理した主人公が、妻が用意してくれた新鮮な鳥の肉をみて、吐いてしまうシーンがあります。

鶏の肉だって、ご遺体。その衝撃と恐怖から、妻にいきなり行為を迫るといった場面もまた、生と死という中での、人間の本能的な部分が描かれているといえます。

 

お葬式<Blu-ray>

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食と性


伊丹十三監督は、映画の中に性をうまく滑り込ませるのがうまい監督です。

作品の中には、必ずそういった場面があります。

 

特に食と性に関しては、その描写が多く、代表作の一つである「たんぽぽ」は、ラーメンウェスタンと呼ばれ、つぶれかけのラーメン屋をたまたま立ち寄ったトラックの運転手を演じる山崎努が再建を手伝うという物語が語られます。

 

その一方で、

役所広司演じる謎の白いスーツの男が、自分の情夫と共にホテルの一室で生クリームをぬって食べあったり、どじょうをお腹の上にのせたりと、理解できないような食道楽が同時に描かれるという、実に不思議な映画となっています。

 

お葬式の中でも、愛人とのドタバタがありますが、お葬式を通じて、冷め切っていた妻との関係が回復するという物語にもなっています。


特に、印象に残る場面としては、山崎努演じる侘助が、愛人と草むらで情事を行っている最中、妻である宮本信子が、大きな丸太のブランコに、喪服姿のまま立ちこぎをしているところです。

無表情のまま丸太と共に前後に揺れる妻。

その映像と、山崎努が愛人と情事を行う姿がフラッシュバックして、もう、頼むから見つからないでくれーと応援してしまいそうになる場面です。


コメディ映画としても面白いですし、多少古い映画とはいえ、お葬式がどんな流れで進んでいくのか、どういったところをみんなは苦労するのかっていうことがわかる映画となっていますので、予習としてみておくのもいいですし、単純な興味としてみてみるのも、面白いと思います。

ちなみに、この映画の中では、納棺は遺族の手で行われています。

もともとは、納棺は遺族たちがやっていたものですが、やがて、納棺士によって葬儀屋に委託されるようになった、というのも、映画をみるとわかります。

 

 

小津安二郎 東京物語

 

3本目の映画ですが、さらに古い映画になります。


1953年に公開された、世界に誇る映画監督小津安二郎の代表作の一つ「東京物語」です。


正確には、お葬式の場面は後半だけですが、この映画では、血を分けた親子より、血のつながりのないもの同士のほうが、わかってくれることもある、といった皮肉めいた話でもあります。


基本的には、本当に人がいい田舎の夫婦が、東京で暮らしている子供たちに会いに行くというのが前半部となっています。


医者をやっている息子のところに寝泊りするのですが、息子ははじめこそ「よく来てくれましたね」と言っていますが、すぐに忙しいといって妹のところに追いやり、妹は妹で、「いつまでおかーさんたちいるのかしら」とすぐに邪険に扱います。

 

妹のほうの旦那がお母さんのために甘いものを買ってきてくれるのですが

「そんなお菓子買わなくていいのよ。おかーさん、おせんべい好きなんだから」

と実に素っ気無い。

 

その中で、原節子演じる戦争で死んだ息子の妻だけは、二人に優しくしてくれるというものです。

 

東京物語 [DVD]

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夫婦が、本当にいい人たちで、息子たちがどれだけ邪険に扱っても「ありがと。ええよ、ええよ」と絶対に不満を口にださない。その姿と、息子たちの冷たさが涙を誘います。

まったく不満がないかといえばそういうわけではないのですが、父親のほうは父親のほうで諦めていて、子供たちに期待することについて「それは親の欲目じゃよ」と、酒を飲む量が増えてしまいます。

見る年齢によってそれぞれ感想が異なる映画になると思います。


若干ネタバレになってしまうのですが、後半では葬儀が行われます。

その際に、息子たちは、危篤という知らせを聞いて、実家に帰ろうとしますが、仕事があるとかなんとかいってあまり急ごうとしません。


「喪服も持っていたほうがいいかしらね」

と、死んでもいないうちから喪服をもっていこうとする。


たしかに、合理的ですし、そのほうがいいんでしょうが、このあたりの描き方はさすがです。

葬儀が終わってすぐに、「形見分けなんだけどね、私、前からあの着物欲しいと思ってたのよ、いいでしょ」と、すぐに自分のことをばかり。


あちゃー、と思わせられます。

が、意外にそんな場面は身近に転がっているものです。


人間の本性をシニカルに、そしてコミカルに描いているのが小津作品の特徴といえるでしょう。

 

ちなみに、小津安二郎映画に影響を受けた監督で、アレクサンダー・ペインがおりますが、その監督が「東京物語」に触発されてつくられたのが「アバウト・シュミット」になります。ブログの中でも紹介しておりますので、気になった方は是非、合わせてご覧ください。

 

cinematoblog.hatenablog.com

 

葬儀映画の特徴

特徴的な映画を三つ紹介したわけですが、お葬式を通じて、人間の本性がわかる、という点が非常に面白いところだと思います。


小津安二郎東京物語」では、行事でちょっと帰ってきたぐらいでは、本当によい親子に見えても、いざ、のっぴきならないイベントに遭遇したときには、人間の性っていうのが見えてしまう皮肉を描いていますし、


伊丹十三「お葬式」では、お葬式を通じて絆を深め、またその滑稽な人間模様を描いています。


滝田洋二郎おくりびと」では、お葬式に関わる人たちを通じて、納棺という非日常の中で巻き起こる人間のドラマを描いています。


いずれも、どんな人にでも訪れる可能性があるものであり、ともすれば、映画の中の台詞や場面とまったく同じことが行われることもあるかもしれません。


いずれも、人間を描くのに、非常にうってつけの作品である、ということがいえるのではないでしょうか。


冒頭でも書きましたが、映画というのは人生のリハーサルともいえます。

葬儀映画を通じて、普段接しない世界や、いずれ訪れるかもしれない事柄。

気持ちの区切りをどうやってつければいいのか。

 

そんな人間のとって大事なことを言葉ではなく、映像や音楽を通じて、教えてくれます。

特に、3作品は名作ですので、何かの折にみておくことをおススメします。


以上、「悲しんだ後にみる映画 葬儀映画3選/おくりびと・お葬式・東京物語」でした!

 

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