シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

深い悲しみを癒すためには。感想&解説。デイミアン・チャゼル監督「ファースト・マン」

ファースト・マン 上: 初めて月に降り立った男、ニール・アームストロングの人生 (河出文庫)

 
人類初の月到着を達成した人物こそが、ニール・アームストロングです。
彼はNASAの中でももっとも冷静と言われた人物であり、その内面がわからない人物でもあることから、彼を題材にした作品は困難とされておりました。
それでなくとも、はじめて月に降り立った男です。
宇宙を舞台にした映画が数ある中で、ニール・アームストロング船長という格好の題材が、長い年月をかけてようやく映画化。

しかも、夢を追うものたちが集まる場所ニューヨークで挫折と夢を描く「ラ・ラ・ランド」や、あまりに過酷なジャズという音楽で戦うものを描く「セッション」といった、強烈な作品をつくりだすデイミアン・チャゼル監督が映画をつくるということで、その見どころ含めて解説してみたいと思います。
そのすべては原作を基にした実話となっておりますので、ネタバレをそれほど気にせず語ってみたいと思います。

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娘を失った男

ファースト・マン」を見る際に注意していただきたい点は、当時の宇宙事情を多少なりとも知らないと、説明不足に感じてしまう点でしょう。

限りなくノンフィクションである本作品は、人類が月着陸をするまでの話、ではなく、ニール・アームストロングという男が、区切りをつける物語としてつくられているためです。

そのため、彼がX-15という成層圏まで飛び出せる実験機のパイロットであり、命の危機を何度も脱しながら生きてきたという事実は、それほど前面には押し出されていません。
 
ニールは、死ななかっただけで、いつ死んでもおかしくない人間なのです。

映画の冒頭で、ニールの最愛の娘であるカレンが亡くなります。
脳にできた腫瘍が原因で、彼の娘は病気が判明してからたったの6か月で命を落としてしまうのです。

そんな深い悲しみを、ほとんど誰にも語らないニール・アームストロング
その男は、宇宙飛行士になるべくNASAへの向かうのです。

ちなみに、本作品の中には、いくつかの計画がでてきます。
 

私たちのアポロ計画

我々がよく聞くアポロ計画というのは、ざっくりといってしまえば、アメリカによる月に人類を送り、戻ってこさせるための計画です。

そして、その前身として、マーキューリー計画、ジェミニ計画というものが存在します。

スプートニク・ショックと呼ばれる、ソ連による宇宙への進出により科学力の差を痛感させられたアメリカは、大慌てします。
時の大統領であるケネディは、ソ連との科学力の差を埋めるため、人類を月に飛ばす、というスローガンのもと計画を急ピッチで進めさせるのです。
 
ちなみに、ロシアサイドを描いた映画としておすすめのものは、「遠い空の向こうに」となっております。

 

 

とはいえ、いきなり月へ行くわけにもいきませんので、映画「ライトスタッフ」に代表されるマーキューリー計画が発動します。
まずは、人類を地球の外へ出す計画だと思っていただければいいと思います。
 
その後、月にいくためには科学力が圧倒的に足りず、かといって、一刻も早く月に行かなければならなかったアメリカが思いついたのは、地球から出発して戻る機体と、月に着陸する機体を分けるというものでした。
 
しかし、そのためには宇宙空間の中で、異なる物体を一つにドッキングさせる必要があります。
ちゃんとドッキングできなければ、次のアポロ計画には進めません。
そのドッキング計画がジェミニ計画となります。
そして、人類を月へととばすアポロ計画
ニール・アームストロングは、ジェミニ計画でドッキングを成功させ、アポロ11号で月に到着します。
 
アポロ計画そのものは17号を最後に終わったわけですが、その宇宙開発はいくつもの計画と、犠牲のもと作り出された計画となっています。
そんなあたりを知った中で、映画をみていくとスムーズに見れるのではないでしょうか。

ちなみに、マーキューリー計画のときの黒人女性の活躍を描いたのが「ドリーム」となっております。
マーキューリー・ジェミニ・アポロと続く計画はすべて一連のアポロ計画へと向かったものとなっていますので、「ドリーム」をみることでより当時の状況をつかむことができるのではないでしょうか。

  

ドリーム (字幕版)

ドリーム (字幕版)

 

  

死を呼ぶ男、死なない男

話を物語に戻しますが、ニール・アームストロングという男は非常に冷静な男です。
とはいえ、無口というわけではなく、ミュージカルの作詞をしたことがあったり、ジョークを言えるような男でもあります。

ニールという男は、決して死にません。

テストパイロットや宇宙飛行士といった職業の人たちはとにかく死亡率が高いです。
映画「ライトスタッフ」では、男たちの死によって不幸になっていく妻たちも描いており、「ファースト・マン」でも、妻たちの悲しみというのが描かれています。
作品の中でいえば、ホワイト夫人が車のトランクを見続ける、というシーンがあります。
ニールの妻であるジャクソンが彼女に声をかけるのですが、ぱっと見だと何をやっているのかよくわからないシーンかと思います。

本作品では、穴の狂気的な魅力を描いてしまっています。

死んだ娘が埋葬されるシーン。
 
ニールは、娘のブレスレットを握りながら、棺を見ます。
穴のようなものが、埋葬と連想させられるところです。
おそらく、穴のようなものに一種の死を感じ取るようにつくられているのです。
そのため、ホワイト夫人は車のトランクの暗闇に死を見てしまったのではないでしょうか。

ニールの周りでは、死が多い。
しかし、彼はその冷静さから決して死にません。

月と穴

穴というのは、物語の最後にも重要な役割を果たすので後にも書きますが、月というのも重要なモチーフになっています。

アポロ1号が発射する直前にも月が見えますし、親友の一人であったエリオットの葬儀の後もまた、彼は、一人で月を見ています。

ニールにとって月というのは死の象徴なのです。
月(死)から逃れつづけるニールがいる反面、彼の周りの親しい人間は、死に連れていかれる。

娘や親友の死を経験し、ニールはますます仕事にのめり込んでいきます。

ニールは他人に対してほとんど心を開きません。
妻のジャクソンが「娘のことは聞いた?」
とホワイト氏にいうのですが、知らないといわれます。
彼らは親友なはずなのに、娘がいたことすら伝えていないのです。
ただ、この映画をみるとわかるのは、とても人には言えない悲しみというものが存在する、ということもでもあるのです。
 

死と向き合うこと

エリオットの葬儀のあと、ニールは娘の姿を見ます。
それまで、彼は親友が二人もできてすこしだけ娘のことを忘れていたはずなのです。
しかし、エリオットの死によって、娘の死を思い出し、それから逃れられないことを感じていくという内容になっています。
余談ですが、人間は死から逃れられないということを描いた近年の作品としては、「イットフォローズ」が有名なところではないでしょうか。
デトロイトに生きる若者たちに広がるイットと呼ばれる怪物。
死の象徴であるそれから逃れることはできない、しかし、どうすればいいのか、ということを示している作品となっています。

 

さて、「ファースト・マン」でニールがとった行動とはいったいなんなのか、ここからはネタバレをしつつ語りたいと思いますので、気になる方はご了解の上ご覧ください。

ホラー映画な演出

本作品は宇宙的な映像のすばらしさ・演出もありますが、何よりも不気味な予感を感じさせる映像が面白いです。

はじめのころの宇宙船はそうでもなかったのに、死を意識してしまった後に乗るニールの船は、どこか不気味なものになっています。

ホラー映画のように揺れる電気。
別のところで発射された機体による振動ではあるのですが、それがまるでポルダーガイストでも出たような演出になっています。

棺桶にでも向かうような恐ろしい演出や、アポロ1号の火災のシーンなどは、恐ろしくも衝撃的な演出になっています。
ベコリっ、とへこむドアが恐ろしさを倍増させます。
 

娘の埋葬

さて、本作品は娘の埋葬から物語が始まります。

そして、娘の埋葬で終わる物語です。

ニール・アームストロングという男は、娘の死が本質的には受け入れられないでいます。
死から逃れるために仕事に打ち込み、息子たちにも自分の仕事をはっきり言いません。
頭にきた妻が「息子たちに教えてあげて。あなたが。私じゃなく」
と言って無理やり伝えさせるのです。
 
でも、自分が死ぬかもしれないなんて子供たちに言いたくないですよね。

そんなニールが、死と結びついて考えるようになった月に自ら行く、というのが本作品の真骨頂といえるでしょう。

発射の際に月を見続けるニール。

バズ・オルドリンとともに月へと着陸し、人類としてはじめて月に足を踏み出します。

「人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」
 
これは事前に何度も練習がされていたそうですが、ともかく、このセリフは、映画でみると違った思いが沸き起こります。
 
ニールは探査のために土を掘り、そして、クレーター(穴)の中にカレンのブレスレッドを投げ込みます。
ちなみに、宇宙飛行士は私物をいれていいというポケットが存在しておりまして、バズ・オルドリンはそのポケットの妻の宝石をいれて、月にいった宝石として渡すのだと記者会見の時に語っています。

映画では、ニールが死ぬまで語らなかったという私物ポケットの中身がカレンのブレスレッドだという考えのもと、演出されています。
 
娘の棺にブレスレッドを入れられなかった、死を認められなかったニール・アームストロングという男が、月にいって、ようやく娘を埋葬できた、という国家レベルの事業でありながら、個人的な物語としてまとめている作品となっています。
 
ニールにおっても、大きな飛躍となった月到着だったのです。
 

演出のすごさ

ここからは余談ですが、本作品は映像の見せ方にも工夫がされています。
ファースト・マン」は、16mmフィルムや、35mmフィルムをつかったちょっとノスタルジックな画像になっています。
 
そのため、目の粗い画像があったりするのですが、そういった画像で目を慣らされている中で、宇宙に降り立った瞬間は、IMAXカメラによるくっきりとした映像が映し出されます。
 
ずっと美しい映像だったなら、それはそれでこういうものか、と思うところですが、目が慣れているところでその映像と、その直前まで音楽や音にあふれていたにもかかわらず、突然すべての音がなくなる沈黙という衝撃が、観客をニールと同じ気分にさせてくれます。
 
二度の沈黙。
 
これが、宇宙か、と一瞬でも錯覚させてくれるのが「ファースト・マン」となっています。

ただし、ニールという男が死を受け入れるという個人的な物語であり、冷静な男として葛藤がそれほど見えないキャラクターの物語となっていること、当時の宇宙開発競争や政治的な要因が彼らの状況をより一層大変なものにしている、という前提を知らなければ、なかなか入り込みずらい作品となっている部分もあります。

しかし、ニール・アームストロングという冷静で寡黙で、他人には心をなかなか開かない男。
 
そして、他人にベラベラいえない深い悲しみを表現した映画として、見ていて重たいながらも、共感できる部分がある映画であると、言えると思います。
 
さらに、宇宙開発ものの映画を見た中で、改めて「ファースト・マン」を見てみると、より一層強く思うところもあると思いますので、本記事もなんとなく参考にしていただきながら見てもらえると、より楽しめるポイントが見つかるかもしれません。

以上、深い悲しみをいやすためには。デイミアン・チャゼル監督「ファースト・マン」でした!
 

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