オタクは環境を選ばない。ブリグズリーベア
いわゆる監禁ものの映画というのは、重たい雰囲気のものが多いです。
監禁によって生まれたトラウマをどう解消していくべきか、と悩んでみたり、脱出そのものに重きを置いたり、はたまた、犯人とのストックホルム症候群を考えるものもあります。
「ブリグズリーベア」は、そんな監禁脱出ものの中でも、コメディ要素と映画というもの、クリエィティブ性や、自分が好きなものに対する情熱こそが世界を変えてくれることを教えてくれる作品となっています。
見た後できっと、笑顔になれる映画「ブリグズリーベア」について、感想&解説を書いてみたいと思います。
また、本記事においては、ネタバレを行っていきますので、気になる方はお気をつけください。
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オタクはどんな環境でも楽しめる。
主人公であるジェームズは、物心ついたときから監禁されていました。
家の外にでたら最後、毒ガス用のマスクをかぶらなければ大変なことになると教えられて、25年間の間閉じ込められて生活していたのです。
ただし、彼自身は、自分を閉じ込められている、という意識がなかったことが、他の作品との相違点でしょう。
ジェームズは、週に1本送られてくるグリグズリーベアという番組が大好きでした。
彼は、教育番組的な意味合いをもつ、NHKの教育番組で昔やっていたような感じの番組である「ブリグズリーベア」を見ることが最大の楽しみでした。
ジェームズは、特別な教育を受けていないはずですが、数学についても知識があり、また、様々な知識を備えています。
それというのも、ブリグズビーベアという教育番組によって、彼はきっちりと教育されていたからです。
そのクマの物語は、壮大であり、冒険活劇であり、ジェームズ青年の心をとらえて離さなかったのです。
そう、彼は、オタク。
彼自身、別に不満がなかったのです。
彼は、ブリグズビーベアの世界観や今後の展開についての解釈を行っており、それを、動画配信までやっており、古い両親と彼が呼ぶ二人とは、自分の好きなことを気兼ねなく話せる人たちとなっているのです。
脱出後
突然、彼は監禁生活から現実の世界に戻ってきます。
アカデミー賞も受賞した監禁もの映画である「ザ・ルーム」は、幼いころに誘拐された主人公と、その監禁生活の中で生まれた子供とともに逃げ出すことができた親子の物語となっています。
「ザ・ルーム」は、母親は事件のトラウマによって苦しめられる中、息子はその世界の広さに驚き、そしてどんどん成長し適応していく姿を描いています。
どうしても、外野の人間は、監禁された人間を腫れものを触るような扱いをしてしまい、そのことで、当事者は疎外感をもってしまったりする、という描写がされるものですが、「ブリグズビーベア」では、異なります。
ジェームズからすれば、その世界は、自分がみてきたテレビの世界なのです。
「世界は、とても、とても、大きい」
と彼は言います。
家の中しか知らなかった彼が、外の世界を知り、一番驚いたのは、まわりの人間がブリグズビーベアのことを知らなかったことです。
普通の精神の主人公であれば、自分の常識とのギャップの中で苦しむところですが、彼のオタク気質は、それほど気に病むことはありません。
パーティにつれていかれても、特別ものおじすることなく、話しかけていきますし、女の子にキスをされて驚いたりしますが、彼の倫理はゆがみません。
なぜならば。
彼は、ブリグズビーベアによって、正しい男として育っているためです。
彼は、妹の友人にブリグズビーベアのVHSを貸して、普及を始めます。
オタクは強い。
「ブリグズビーベアの話はしないでくれ」
といって、新しい両親は、ブリグズビーベアからジェームズを遠ざけようとします。
ある意味、正しい反応ですが、物語の前半では、彼の新しい両親もまた、彼自身のことを事件の被害者としてしかみていないのです。
ジェームズとして、一人の人間としてジェームズをとらえていないのです。
ですが、ジェームズはぶれません。
ブリグズビーベアが、古い両親がつくった番組だとしって悲しむのではなく、喜びます。
それはそうでしょう。
オタクにとって、自分が一番好きな作品をつくっているのが、自分の身近にいたら、興奮するしかないでしょう。
オタクにとって、それがどんな人物だろうが関係ないのです。
作品は作品です。
そして、ブリグズビーベアによって正しい教育をされた彼は、正しい努力を知っていますし、女の子に手をだしてはいけない、という正しい倫理観も備え、シャツがでていたら、ちゃんとズボンにいれる、というまじめな男に育ってくれているのです。
もしも、彼に倫理観が備わっていなければ、薬やアルコールで判断能力が落ちているときに女性に迫られてしまえば、どういう結果になるのか想像できるところです。
そのブレのなさは、ブリグズビーベアがいかにすばらしい教育番組で、主人公が25歳になるまで変わらずはまりつづけている作品でもあることがわかります。
何がいいたいのか。
ずばり、オタクであれば救われる、とまではいいませんが、どんな環境でも自分の好きなことをつらぬことの大切さを教えてくれる作品となっています。
彼は、古い両親しか理解者がいませんでした。
チャット上で話をしていたはずの、クマボーイ1、クマボーイ2、クマボーイ3は、両親が演じていただけの存在でした。
まわりの人間はブリグズビーベアのことすら知りません。
自分の好きなものをだれ一人として知らない中で、オタクな彼が起こす行動は、シンプルです。
布教です。
また、自分が楽しみにしていたブリグズビーベアの新作がみれないのであれば、自分でつくってしまえばいい、というのも、オタクがもちうる創作の原点の一つといえるでしょう。
自分の好きなことを貫くことによって、ジェームズは、友達を手に入れ、自分の本当に欲しいものを手に入れていく映画となっています。
最近の記事の中でとりあげた、特撮ガガガでは、一人で特撮の隠れオタとしてもんもんと日々を過ごしていた主人公が、自分のもっている人形を格好よく撮影するために、いろいろな人と協力して写真撮影を成功させたりもします。
「ブリグズビーベア」をみながら、そのときの画面を思い出しつつ、彼自身が、純粋にモノづくりをしていくからこそ、まわりの人間もついてきてくれているのだな、ということがわかるところなのです。
彼の行動によって、かつて役者の夢をあきらめた警官が再び演技をはじめたり、家族が一つになっていったりと、見どころはいくつもあります。
おまけ
さて、本作品は脚本が素晴らしいです。
オタクな少年が自分で映画をつくっていく中で、いろいろなことに気づいていくのです。
女の子に迫られても断ったのは、一つに、彼自身のまじめさとストイックさにあります。
彼は、ブリグズリーベアの番組内にでてくるお姉さんに恋をしており、だからこそ、彼は他の女性に対しては紳士的でいるのです。
そのオタク的な一途さもすばらしい。
また、スターウォーズでおなじみルーク・スカイウォーカー役であったマーク・ハミルが素晴らしい演技もしています。
ジェームズが、作品を作る中で、果たしてグリグズリーベアの声は誰なのか、という疑問がふんわり浮かんでくるところですが、最後の最後に、マーク・ハミルが、がらっと声色を変えてくれるところは、感動ものです。
さて、この映画は、犯人が捕まってしまっていますが、これって方法が間違っているかもしれませんが、深い愛情があることもまたポイントです。
誘拐は犯罪ですし、やってはならないことではありますが、マーク・ハミル演じる古い両親は、ジェームズのことを深く愛していたことには違いない。
玩具とか番組制作ができるから、自分のもっているものをつかって、子供を喜ばせてくれたのです。
犯人が自分の身勝手さだけでできることではありません(もちろん、ダメな方法ですが)
「強くあれ」
もっとも大事なことを教えてくれたものがブリグズビーベアであり、誘拐されていなければ、ジェームズは、妹と同じように、どこかすねたような人生になっていたかもしれません(主人公が誘拐されていたことが彼らの人生をゆがませていることもまた事実ではありますが)。
以上、オタクは環境を選ばない。ブリグズビーベアでした!