シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

マエダ・エスカープメント/メル・ギブソン監督「ハクソーリッジ」

 Hacksaw Ridge [Blu-ray]

 

本作品は、「アポカリプト」以来となるメル・ギブソン監督作品となっています。

メル・ギブソンといえば、オーストラリア映画を一気に広めたジョージ・ミラー監督による「マッドマックス」に主演し、映画監督としても数々の作品をつくりだしてきた人物です。


キリストがシオンの丘に行き磔になる一連の出来事を描いた「パッション」や、マヤ文明時代の人狩りをモチーフにした「アポカリプト」をつくり、痛々しい作品を作り出してきた監督が、第二次世界大戦の中でも、激戦地の一つとして知られている「前田断崖」での戦いを生々しく描いた作品となっています。

 

この作品は、反戦映画としてみることもできますが、それだけにとどまらない魅力がありますので、そのあたりも含めて語ってみたいと思います。

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戦争映画といえば

 戦争映画を見るにあたって、避けて通れない作品といえば、スティーブン・スピルバーグ監督「プライベート・ライアン」です。


開始15分の凄まじい戦闘シーンこそが見所であり、観客に対して戦場というのがどういう世界であるか、ということを感じさせた歴史的な作品でもあります。

プライベート・ライアン」以後は戦争映画はがらりと様相を変えてしまったといわれています。

飛び交う銃弾。

一瞬前まで話をしていた通信兵が、カメラを少しふってもどしたときには死んでいるというショッキングな場面。


戦争というのがいかに人間の死を理不尽に扱うのかがわかる作品であり、紙くずのように扱われる人間の命がある一方で、政府のプロパガンダとして、たまたま助けられることになったライアン二等兵のもとへ行くトム・ハンクス演じる隊長の物語となっています。

自分がその戦場にいたら、すぐに命を失ってしまうだろうと感じさせる作品です。

 

 

ちなみに、完全な余談ですが、SF作家であった伊藤計劃による「虐殺器官」の中においても、主人公達がプライベート・ライアンの前半15分を繰り返し見ているという描写が描かれています。

デズモンド・T・ドス


さて、本作品は実在する人物であるデズモンド・T・ドスが主人公であり、物語そのものも事実に沿って進んでいきます。


ちなみに、主人公を演じるのは「アメイジングスパイダーマン」や、マーティン・スコセッシ監督「沈黙 サイレンス」にも主演した、アンドリュー・ガーフィールドです。

 

主人公であるデズモンドは、作中でははっきりと言われませんが、セブンズデー・アドベンチスト教会という宗派に属している新人深い男です。

セブンズデー・アドベンチスト教会というのは、キリスト教の中でも特殊な宗派となっており、戒律を厳しく守るところでもあるそうです。


主人公は「汝殺すなかれ」という聖書の言葉を守り、また、自身の経験に基づいて、決して他人に暴力をふるわないと誓っており、戦場においてもその教えを守ろうとします。

ですが、人に暴力を振るわない、という信念は、戦争という中にあっては、貫くことが困難な信念であることがわかっていきます。 

 

戦争においては何が異常なのか。

主人公は、真珠湾攻撃をきっかけに軍に志願します。
軍隊に入った彼は、体力もあって、人当たりもいいのではじめこそ仲間たちに気に入られますが、銃の訓練を行うことで、たいへんな目にあいます。


「銃の訓練を行う。銃はお前達の恋人だ」


スタンリー・キューブリック監督「フルメタル・ジャケット」を思い出させる訓練シーンがあり、戦場に入る前の兵士たちがいかに理不尽な扱いを受けるのかがわかります。

このあたりに興味が沸いた方は、フルメタル・ジャケットも合わせてみていただきたいところですが、本作品の主人公は暴力を振るうこともできず、且つ、銃を持つことも拒否します。


「人を殺さないのに、なんで志願したんだ」


と言われ、しまいには、まわりからいじめられたりするのですが、彼は決してあきらめません。

「除隊するんだ」

と言われても、彼は、戦わないでも誰かを助けることはできる、という信念をもって訓練を行うのです。


平和な世の中であれば、人を殺すことは犯罪です。


ですが、戦争においては、人を殺さないことのほうが罪になるのです。


主人公であるデズモンドは、宗教的な理由があるとはいえ、戦争という異常な状態の中でも、人を殺さないという平常時の感覚を忘れない人物として描かれているのが面白いところです。


「神がいると本気で信じているのか」

と言われて、彼は常識的な答えを返します。

神を信じていることがイコール狂信者とかではないこともしっかり示されています。

 

前半は、父と子の物語。

この作品は、大きく二つにわかれていると考えられます。

後半部では、実際にデズモンドが戦場でどのような活躍をしたかを描き、前半部においては、主人公であるデズモンドが、子供のときのトラウマを含めながら、元軍人である父親との関係を見せ、父と子が和解できるかどうかが、一つの山になっています。


ウォシャウスキー元兄弟が監督した「マトリクス」。その中のエージェント・スミス等で有名なヒューゴ・ウィーヴィングが、主人公の父親をやっているのですが、彼は戦場で親友を失くしてしまったことで、酒におぼれ、暴力を振るうようになってしまいました。


息子達が軍にいくことも反対していましたが、主人公のデズモンドが「銃にさわらない」という信念を貫くために、軍法会議にかけられることを知り、トラウマを乗り越えて息子を助けに行くという場面があります。


前半部分は、親と子の関係を描きながら、信念が親と子に受け継がれていく様が描かれます。


また、先ほど平常時と異常時の違いも書きましたが、

「平常時では子が親を看取るものだが、戦争の時には親が息子を看取る」といった台詞もでてきます。


戦争という異常状態というのがどういうものかがわかるところです。

 

神が試す物語

監督であるメル・ギブソンもまた自分で行っている教会の神父でもあります。

そんな背景もあって、主人公であるデズモンドは、何度も悪魔の誘惑を受けます。


それは、「除隊しろ」または「銃をもって戦え」です。


何度も同様の台詞が言われますが、デズモンドは決して折れたりしません。

 

ただ、一番彼がつらそうにしていたのは、自分のことを理解してくれているはずと思っていた妻の口から「除隊したらどうか」と言われたことです。

君までそんなことを言うのか、という絶望。

「僕が信念を曲げるような男だったら、君は結婚してくれていたかい」

という、悪魔の誘いとも思える言葉を振り払うところは、神と悪魔によって試されるキリスト教的な発想が見え隠れします。

  

戦闘シーン

プライベート・ライアン」についても軽く触れましたが、ハクソー・リッジにおける戦闘シーンは何が画期的なのかを考えてみたいと思います。


すぐにわかるのが、煙のすごさです。

敵と味方がわからないぐらいのもうもうとした煙の中で、日本兵の攻撃を受けて次々と死んでいくアメリカ兵。


艦砲射撃によって地面がえぐられて、ぱらぱらと土が落ちてくるさまは、激戦地にふさわしい演出となっています。


また、実際に戦争でも使われ多くの被害をもたらしたのが、火炎放射器です。


前田断崖と呼ばれ、アメリカからは「マエダ・エスカープメント」または、ノコギリできったような切り立った崖であることから「ハクソーリッジ」と名付けられた場所は、戦闘における要所であることからも、凄まじい数の死者がでた戦場です。


火炎放射器によって炎に焼かれながら死んでいく兵士や、自爆覚悟で手榴弾をもちながらだきついてくる日本兵は、メル・ギブソンという暴力描写が得意な監督の手腕もあいまって、凄まじい出来になっています。


主人公のデズモンドは、衛生兵として戦場に赴き、飛び交う銃弾をかいくぐりながら、傷ついた仲間を次々と運び出し、英雄となっていくのです。

 

銃をとるデズモンド

作品をみてもらった人にはわかると思いますが、あれほど「銃には触りません」といっていたデズモントが、銃をあっさり手に取るシーンがあります。

上官は、その行動に驚きますが、デズモンドにとってすれば、銃を人を傷つける道具としてではなく、人を助けるための道具としても使えることを発見した瞬間といえるでしょう。


また、もやい結びと呼ばれる結び方を訓練の時に習っているのですが、これが役に立ちます。

訓練の時にどんなに役にたちそうにない知識でも、意外なところで役に立つというところが面白いです。

ちなみに、もやい結びは、結びの王様と呼ばれるほど実用的な結び方となっています。

「ウサギが巣穴から出てきて、また戻る」

みたいな説明をサージ(軍曹)がしておりますので、是非ご覧ください。

  

 


本作品は、メル・ギブソンの演出によるキリスト教的な寓話も感じさせ、且つ、戦争という不条理な世界において、どのようにして人間は自分を保つのか、また、敵であろうと味方であろうと助けようとする信念。


様々な思いが交錯する作品となっています。


プライベート・ライアンをさらにグロテスクにしたような戦闘描写に注目するもよし、厳しい体験をしながら、それでも、自分自身を曲げないことで、最後には、まわりをかえていくデズモンドの生き様をみるでもよし、の見所の多い作品となっています。

 


以上、マエダ・エスカープメント/メル・ギブソン監督「ハクソー・リッジ」でした!

 める

 

 

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