ジャコ・ヴァン・ドルマルの世界 その4/神様メール
寡作な映画監督であり、公開されるたびに良作を放ち続けてきたジャコ・ヴァン・ドルマル監督の4作品目の映画が「神様メール」です。
ジャコ・ヴァン・ドルマル監督は、独自の世界観が特徴となっており、その世界観の中で作品がつくりだされてきましたが、今回紹介する「神様メール」では、その世界観をつくっている側が登場してきます。
世界観と共に、その魅力について、ネタバレありで語ってみたいと思います。
神はブリュッセルにいる。
この作品を鑑賞する際のポイントとしては、映画の中は我々が住んでいる世界と非常に似た世界ではありますが、我々の住む世界とはまったく異なる世界である、ということを意識しておくことではないでしょうか。
「神ははじめにブリュッセルをつくった」
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ブリュッセルは、ベルギーの首都です。
なぜベルギーかといえば、書く必要もないかもしれませんが、ジャコ・ヴァン・ドルマル監督が住んでいるから(シネマズ 2016.05.27 HP掲載より)、ということのようです。
この世界の神は、ブリュッセルからまずつくり、動物をつくったものの、どうもしっくりこないから、自分に似せて人間をつくった、といっています。
作り出されたアダムとイブは、いきなり、ブリュッセルのアパートに住み、次々と子供を増やしていき、やがて、我々が生きている世界のようになっていく、というのがテンポよく描かれているのが、面白いところです。
この世界の神は、昭和の親父
この世界の神様は、イメージの中に存在する昭和の酷い父親みたいな人物です。
なぜか、パソコンを操作することで、人々の運命をかえて弄ぶことを仕事としています。
妻は大事にしませんし、テレビは野球中継とニュースだけ、娘のエアに対しては、自分が父親だから、という理由で、勝手に娘の部屋に入ったり、風呂場に入ってきたりと大変です。
自分が一番えらいと思い、少しでも自分の気に入らないことがあると怒鳴ったりするのです。
そんな神ですが、イメージとしては旧約聖書に登場するユダヤの神を連想させます。
旧約聖書の神は、基本的には非情です。
自分のことを敬わなければ、皮膚をただれさせたり、災害を発生させたりします。
ジャコ・ヴァン・ドルマルの世界の神もまた、理不尽の塊のような人物です。
面白いのは、世の中の嫌なことはだいたいこの神がつくった、ということになっているところです。
この世界の神は、法則をつくるのも仕事にしています。
ジャムを塗ってあるパンを落としたら、必ず、床のほうから落ちる。
レジに並んだら、必ず隣のレジのほうがはやく進む。
バスタブにつかった途端、電話が鳴る。
そういった意味のない、非常にいじわるな世界の法則をつくっているのが、この世界の神なのです。
そんなあまりに酷い父親に愛想をつかし、父親がパソコンで管理している人たちにむかって、寿命をメールしてしまう、というところから、本作品は動き出します。
6人の使途を探せ。
父親がつかっているパソコンを壊し、人間が生きている世界へ家出したエア。
エアは、兄であるJCの薦めにしたがって、6人の使途を探します。
ちなみに、この作品は、神とかそういう存在に対して皮肉ったようなところがあり、そのユーモアは作品全体を通して示されています。
キリスト教におけるイエスには、12人(ユダは除く)の使徒がいました。作中では、イエスと同義であるJCから、「あと6人の使徒をさがせ」といわれます。
なぜ6人なのか。
それは、ネタバレになってしまいますので書きませんが、非常にくだらない理由です。
使徒を探すエアが色々な人たちを出会っていくという話しが中心にあり、使徒として紹介される6人に対してもスポットがあてられます。
寿命がわかったとき、人はどうなるか。
おもちゃのような世界ではありますが、その中で実際に生きている人たちがいます。
エアによって、寿命がメールされてしまった人たちは、寿命を知ることでそれぞれの人生の過ごし方をするところが面白いです。
寿命が62年間あるからといって、あえて死ぬような行動を起こし、自分の寿命を確かめるもの。
障害をもつ息子が、自分より長生きすると知ってしまった母親。
数秒後に自分が死ぬと知った人間。
その中で、6人の人間は、短い寿命の中で、どう向き合っていくのか、というところがポイントとなります。
神を皮肉る
エアはJCに、新しい新約聖書をつくれ、と言われます。
訳では、新・新約聖書と訳されています。
そもそも、新約聖書とは何かがわからないと、少し意味がわからないところがあると思いますので補足しますと、そもそも新約聖書というのは、神様と交わした約束事について書かれたものとなっています。
大雑把に説明しますと、旧約聖書とは、ユダヤの神と交わしたものであり、新約聖書は、キリスト以後に作られた約束事なのです。
そのため、劇中では新約聖書のあとに、さらなる新しい約束事、新・新約聖書をつくるのですが、そもそも、そんなことをさせること自体が皮肉です。
また、そのつくりかたも雑です。
エアは、あまり字のかけない老人に、新・新約聖書をかくために自分たちのことを書くようにいいます。
老人は、そもそも文章が得意じゃないのですが、6人の使徒を見つける中で、少しずつ聖書ができあがっていく過程も面白いです。
一人目の使徒が、ホームレス風のおじさんにいきなり声をかけられたときの言葉が
「人生は、スケート場だ」
ですし、
「空気がなければ、鳥も落ちる」
という、当たり前のことなんかも、抜粋されて新・新約聖書に書かれます。
意味ありげでありながら、そのまんまの意味だったりするのですが、そうやって聖書がつくられていくことで、実は、そういう物事は、たいしたものではなかったかもしれないよ、という皮肉にも感じられるところです。
おまけ
ジャコ・ヴァン・ドルマル監督の作品の一つの共通点として、ジョルジュがでてくる、という演出があります。
ジョルジュとは、ジャコ・ヴァン・ドルマル監督作品「八日目」にでてきたキャラクターです。
パスカル・デュケンヌという俳優で、ジャコ・ヴァン・ドルマル監督の全ての作品に出演しています。
特に「八日目」では、ジョルジュという役で登場し、お母さんと一緒に過ごしたい、という思いで生きている人物となっています。
「ミスター・ノーバディ」では、ノーバディの謎の世界でお母さんと一緒にいるところを見ることができましたが、「神様メール」でも、お母さんと一緒にいて、幸せに過ごしている姿を見ることができるので、ジャコ・ヴァン・ドルマル作品ファンにとっては、サービスシーンともいえるカットとなっています。
また、演出として面白いのが、神が住んでいるアパートから無事脱出してきた、エアが、雨に打たれるシーンがあります。
手を広げて、雨に打たれるシーンは、名作「ショーシャンクの空に」のパロディとなっていると同時に、ずっと神様のアパートで暮らしてきたエアにとってすれば、はじめての雨である、という感動も表されています。
ちなみに、家出したエアを追って、父親もやってきて、同じように雨にうたれるのですが、そのときには、映画の表現としての、突然雨がふったときには、その人物が悲しんでいることをあわらす、というお約束としてつかわれています。
同じ雨に打たれるというシーンにもかかわらず、意味合いがかわる、という点において面白い場面となっています。
この世界の神であるエアの父親は、自分が神である、ということを隠そうともしません。
自分でつくったものに対して遠慮とかする必要がないと思っているのです。
「俺は神だぞ!」
と教会でいう姿は、単なる頭のおかしい男が現れた、という風にしかみられない、という皮肉も見せてくれます。
そんな神がぼこぼこに殴られてしまうのですが、若い神父は助けて、暖かいスープを与えます。
「お前いい奴だな」
「神は言いました、隣人を愛せよ、と」
「俺はそんなこと言っていない。俺は俺のことが嫌いだ。俺だったら、隣人を憎め、というね」
と、非常にひねくれているところなど、物事をちょっと別の視点からみることができる面白い機会にもなります。
神もおかんも、変わらない
神には奥さんがいると書きましたが、一応、神様の奥さんなので、女神です。
女神が、掃除をするのですが、大事な機械のコンセントなんかも、掃除機のためにはぶちっと抜いてしまったりします。
それは、日本でも世界でも、どこでも、オカンというのは、変わらないな、というのが最終的にわかります。
冒頭でも書きましたが、この作品はジャコ・ヴァン・ドルマル監督の世界観を、つくっている側=神についてつくられたものであり、その世界の中で、寿命がわかってしまったら、人はどんな行動をするのか、という実験的な内容になっています。
うがった見方をするのであれば、この世界の神は、人間そのものです。
そんな神が管理する世界でも、その中で生きている人間にとってすればそれが現実であり、悩み苦しんで、それでも精一杯生きている、というのがわかる作品となっています。
「天国はここよ」
エアは言います。
神の一族であるエアにとっては、天国というミニチュアこそが我々の世界です。
彼女にとってすれば、神に抑圧されて生きるアパートの中よりも、たとえ理不尽であっとしても、色々な物事がある世界のほうを、天国といってしまうその意味こそが、この作品に込められたテーマではないでしょうか。
この物語は、ユーモアに溢れ、やがて、そのユーモアが、世界全体に広がっていくのですが、そのこと自体を楽しむことで、よりジャコ・ヴァン・ドルマルの世界を理解することができるので、気に入った方は、他作品ももれなく見返してみてもらいたいと思います。
以上、「ジャコ・ヴァン・ドルマルの世界 その4/神様メール」でした!
ジャコ・ヴァン・ドルマル監督の他作品については、以下の記事もあります。