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シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

あなたも稲塚を食べている/NORINTEN 稲塚権次郎物語

ぺぺろん 邦画

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稲塚権次郎という人物を知っている人はどれほどいるでしょうか。

知っている人は知っているけれど、知らない人は聞いたこともない。


稲塚権次郎氏は、米で言えばかつて高級な米の代名詞ともいわれた「コシヒカリ」のもと「水稲1号」をつくりだし、小麦にいたっては、全世界の小麦の8割以上の品種が、稲塚権次郎氏がつくった「小麦農林10号」をもとにつくられたことは、あまりにも知られていない事実です。


農業関係者の間ぐらいでしか知られていないのが稲塚権次郎氏ですが、なんと、その稲塚氏の人生が語られる映画こそが、今回紹介する映画「NORINTEN 稲塚権次郎物語」なのです。


翻訳家である柳下毅一郎氏が紹介しておりましたが、富山県等の多大なる後援のもとつくられた作品だそうです。

 

普段こうして口にしているであろうものが、実は日本のこんな人がつくりました、というプロジェクトX的な感性を刺激するかと思いきや、まさかのけれんみ溢れる作品になっているので、TPPの大筋合意によって「食」への興味がふくらんだ方は、一見してみるのも面白いかもしれません。


うがった見方をすれば、テレビドラマの2時間もののように思えてしまうところですが、その隠された真実や意図したかったであろうところを汲み取りながら、解説・紹介をすることで、違った風景が見えてくるかもしれません。

 

物語の概要

 

タイトルの通り、稲塚権次郎氏の人生、そして、その影響がまとめられた作品です。

東北の厳しい農村部で生まれた権次郎少年は、秀才ではあったものの家の事情により進学するか迷っています。

しかし、恩師の協力などもあって当時の農水省にあたる「農商務省」に務めます。そこから、米の新たな品種を開発、続いて麦の開発。

戦争中には中国で農業を振興し、帰国後は日本の農地整備に人生をかけていく、というものです。


ノンフィクションというのは、どうしても面白さにかけてしまう傾向にあります。


物語の起伏というものが少なくなってしまいますし、よほど波乱万丈な人生でない限り、面白いエピソードというものはないものです。

 

そういった、いたって普通である人生も、死の間際に考えれば、どんな人でもドラマチックに生きたと思わされてしまうものだということを示した映画「トト ザ ヒーロー」も以前紹介したのでご覧いただけるとありがたいですが、

 

 

「NORINTEN 稲塚権次郎物語」に関しては、いたって真面目に偉人の一生を描いています。

 

戦争をまたいだ話ではあるものの、戦争のシーンなどはほとんどなく、唯一影響があったとすれば妻が戦争の後遺症を残すぐらいで、前半部分は育種に命を捧げる姿が描かれます。


そして、後半は、妻と共に贖罪をするかのごとく生きていく話になります。

 

芝居としての演技

 

突然ですが、以前紹介した記事で「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」があります。

この映画の演技は、ものすごくオーバーリアクションで、すぐに声をだして感情を叫ぼうとします。

あまりにわかりやすく、片一方で過剰な演技に、多くの人が「日本映画ってやつはこれだから駄目なんだ」と思ったことでしょう。

 

ただ、脚本を担当した町山智浩氏が、その演技が何をもとにしてつくられたものかを後で教えられたそうです。

 

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それは、「劇団☆新感線」です。

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つかこうへいのコピー劇団として名前を広め、漫画的といわれる派手な演出等で人気を博し、木更津キャッツアイあまちゃんなどで有名になった古田新太が所属する劇団です。


進撃の巨人の俳優の演技は、これらをもとに演出されたそうです。


実際の公演をみたことはないのですが、そういう元があるとすれば、演技の過剰さは、下手なのではなく、意図されたものということになり、それがうまくいっているかどうかは別として、演出的な意味をもってくることになるのです。


さて、NORINTENにおいても、まるで舞台のように過剰な演技が行われます。


稲塚権次郎氏の青年以降は特に顕著になっており、その演技は、もう笑うしかない領域になっています。


仕事が中途半端な状態にも関わらず、転勤を命じられて不服を覚える稲塚権次郎は、テーブルを大きく叩いて感情を露わにして、頭を抱えてしまいます。

それを不憫に思ったのか、部下がお茶をだしてくれる、というシーンがあります。


お茶を一口すすると、主人公の口から、お茶が弧を描いて噴出します。

「ぶっふぁぁああ、苦いっっ!!」

 それは見事な噴出しっぷりです。熱くて吐き出すとかいうレベルでは断じてありません。

 そんなリアクションにも関わらず、部下は何事もなかったかのように

「苦丁茶です。今の権次郎さんにはいいかと思って」

 

この一連のやり取りは、今までの米の品種づくりに情熱を燃やすシリアスなノンフィクション映画とは一線を画します。


この映画は、ノンフィクションの体裁をとりつつ、何かがおかしいのは、演劇をもとにしたものであるためと考えられるのです。

仲代達矢という名優。日本の宝

 

権次郎氏の老年期を演じるのが、名優仲代達矢です。

仲代達矢といえば、黒澤明岡本喜八成瀬巳喜男などの巨匠の映画に出演し、世界に名だたる日本映画の歴史に燦然と輝く名俳優です。出演した作品をあげるだけでも、大変な数と名作に溢れています。


その仲代達矢が、「農林10号」という品種をつくったものの、晩年は田舎でのんびり暮らしている老人を演じています。


少し頭がぼけたような老人ですが、みんなからの信頼は抜群です。


それがわかるエピソードとして、オープニングでトラックに煽られて権次郎氏がスクーターから転倒してしまいます。

 

田舎の道です。

今まで人なんていなかった畑のど真ん中にも関わらず、あちこちから人が現れて、10人近い人たちが心配して声をかけます。

「大丈夫かい。権次郎さん」

「権次郎さん」「権次郎さん」

 

もう、冗談みたいな光景です。

 

また、別のシーンでは、

小学生が田んぼの見える丘で写生をしているのですが、なぜかその田んぼの風景の中には、スクーターに乗った権次郎氏の姿が描かれています。しかも、書いている小学生の絵全員に。


もう、子供達の中には、田んぼ=権次郎の姿が焼きついているのです。

それだけ、地域農業に密着した存在こそが、権次郎氏なのです。

ここまで過剰にやられると絶対ギャグだと思うのですが、題材が真面目なだけに笑っていいのか困るあたりが面白いです。


ちなみに、作中の権次郎氏の格好は、明るい色のアロハシャツのようなものを着ています。

しかし、実際の権次郎は、背広にリュックサックという姿だったそうですので、映画版のほうは、すこしファンキーな感じに演出されているようです。

 

 

 

映画と芝居の演技の違い


青年期を演じる松崎謙二氏は、仲代達矢が主催する劇団「無名塾」に所属しています。

無名塾出身者で、誰しもが知っている人といえば、役所広司でしょう。
仲代達矢の舞台をみて感銘を受け、前職が役所に勤めていたことから「役所広司」と名前をつけたことは有名な話かと思います。


また、劇中の人物もかなり無名塾のメンバーが参加しているそうです。


作中の演技がすべて芝居がかっているのは、舞台演技を映画にもってきたから、というところが大きいと思われます。


すこし説明しておきますと、舞台の演技と、映画の演技というものは大きく違っています。

演劇は客席とステージという中でお客が鑑賞するものであるため、当たり前ですが、遠い席のお客さんは見えにくくなってしまいます。

そのため、舞台においては動きを大きく、表情だけではなく身体全体をつかった演技が求められます。

 

一方で映画の演技というのは、カメラによって近くによられたり、遠くから俯瞰のショットととられたりと、演技というのは編集によって強調されるため、演技を誇張する必要はありません。


そのため、つらい表情をした顔をアップにするだけでも演技としては十分成立するのです。


ですが、「NORINTEN 稲塚権次郎物語」では、わざと演技を大きくすることで、よりインパクトを出そうとしているところが面白く、ともすれば単調になりがちな物語を牽引しています。

 

 

日本の伝統的音楽


音楽の使い方も大変面白いです。

主人公は、勤めた先の上司に「お前は影で先生と言われているぞ。その意味がわかるな」といわれて、その研究一筋の彼を遠まわしに非難します。

研究に打ち粉みたい権次郎青年は、まわりが酒を飲んで仕事をしないさまにやきもきしてしまいますが、上司は彼を「謡曲」を歌いに連れ出します。


謡曲とは、日本の伝統芸能である能から、歌の部分のみを抜き出したものです。詩吟にもにていますが、あくまで物語の一説を行うものであり、当時はたしなみとしてよく習っていたのかもしれません。


そこで奥さんとなるイトさんと出会うのですが、その二人の一目ぼれシーンの演出などもなんともいえない感じがありますが、それはおいておいて、この日本の伝統的な音というのは、本作品での重要な演出になります。


権次郎氏は尺八を吹き、奥さんは琴を奏でることで、二人のつながりを現し、親友の羽田という男とは、男の友情をたしかめるために二人で謡を行うシーンは、一種異様な雰囲気となります。


仲代達矢が冒頭で歌っているのも、謡となっており、トレーラーで歌っているものは「鞍馬天狗」という謡曲です。

平頼朝と鞍馬山の天狗との出会いを謡ったものです。

 

 

映画の特徴


お気づきの方も多いと思いますが、監督の名前は稲塚秀孝氏です。

稲塚監督は、権次郎氏の親戚にあたるということもあり、今回メガホンを取ったそうです。

ドキュメンタリー中心の監督だけあって、その演出もややドキュメンタリータッチの部分もあるところも、見所かもしれません。


また、食を扱う映画ということもあるのか、食べ物のアップが強調されます。


すきやき。

どじょうの蒲焼き

ぜんざい。

これらが大写しになるあたり、意図はわかりませんが、美味しそうなのでいいと思います。

 

世界初の育種映画

 

この映画の特徴的なのは、やはり、育種という特殊な職業に焦点を当てたことでしょう。

 

稲塚権次郎少年は恩師にダーウィンの「種の起源」を渡されます。

そこには、稲塚少年が新たな品種の作物を育てるということを通じて、厳しい自然の中で暮らしている農家を少しでも楽にしようという信念を決定付けるものでした。

 

「変異を選別することで、人間の好きなように変異を蓄積することができる」

 

種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)

種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)

 

 

この本との出会いによって、稲塚権次郎少年は、育種というほかの人たちはあまりやりたがらない、しかし、ものすごく重要な仕事に、その才能を発揮していくのです。

 

映画のテーマがあるとすればまさにこの言葉に尽きると思われます。

情熱をもって一つの事柄にあたることによって、やがて世界の食料事情に大きく貢献することになる少年の姿がそこには描かれているのです。

 

「亀の尾。愛国、この二つのいいとこどりをするのですね!」 

「地味で大変な仕事だぞ」

劇中のキャラクター達は言います。

どのようにして、受粉させ、新しい品種をつくりだすのかを見ることができるのは、他の映画にはない特徴でしょう。

 

ラスト、麦畑の中の権次郎氏は何を意味するのか(ネタバレ)

 

ちょっとネタバレになってしまいますが、仲代達矢が演じる老年期の権次郎氏が、麦畑の中にいるシーンが、最後の最後で映ります。

これ、いったい何なんだ、と思うところです。

エンディングのところなので、たんなるイメージ映像かと思ってしまいますが、このあたりは、稲塚監督によってつくられた粋なシーンだと思ってしまいました。

 

余計な考えはいれたくない、という方は、映画を見たあとに戻ってきていただければと思います。

 

 

映画の予告等のトレーラーにも映し出されるところですが、稲塚権次郎氏は、麦畑のど真ん中で、驚いたようにして目と口を見開き、まわりをゆっくり見渡します。

 

なんで、こんな動きをする必要があるのか。

これは、『稲塚権次郎氏が、今もこうして農林10号の子孫である麦が広がる、現代の畑を見たとしたら』という映像にしたのではないかと思ったのです。

 

わが子のように育った麦をみて喜びながら、ふとまわりを見渡すと一面に広がった景色に改めて驚く、というシーンかもしれませんが、

 

舞川あいく演じる若き育種家(まったくそんな描写は劇中にはありませんが、チラシに書いてあります)が、物語の冒頭と終わりで、まったく意味なくでてきます。

 

ですが、このシーンに意味があると考えれば、育種家によって過去から綿々と受け継がれる、世代(種)をつなげていく物語、ということを現したいからだと思ったのです。

 

「世界の小麦の8割が、農林10号の子孫なんですよ。これってすごいことですよね!!」

そこまで言わなくても、と思ってはいけません。

 

種の起源に書かれたように、異能を選別していくことで、その種のバトンを誰かが繋ぎ、やがて、誰かのもとにたどり着く。

(劇中では、ノーマン・ボーローグ博士が農林10号とメキシコの品種を掛け合わせることで世界中に農林10号の子孫が伝えられた、ということは繰り返し描かれます)

 

権次郎氏の遠縁にあたる稲塚監督は、きっと、未来の麦畑をみせてあげたくなったのではないかと思ったのです。

 

育種家の一生、そして、そこから派生していく影響や物語を見せるという点で、非常に地味になりがちな物語を、演劇的な演出を駆使して、決して眠くなるようなことなく、権次郎氏の偉業がわかるようにしたという点で、見るべきところもある作品になっています。

 

NORIN TEN 稲塚権次郎物語: 農の神と呼ばれた男

NORIN TEN 稲塚権次郎物語: 農の神と呼ばれた男

 

 

お店で小麦を買うとき、ふとこの映画を思い出せるという点も含めて、気になる方は見てみるのも面白いかもしれません。


以上、「あなたも稲塚を食べている。/NORINTEN 稲塚権次郎物語」でした!

 

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