関係性があって人は人になる。「仕立て屋の恋」
今回は、フランス映画である「仕立て屋の恋」について語ってみたいと思います。
近所の人から嫌われている仕立て屋の男イール。
彼の趣味は、向かいのビルに住んでいる女性アリスの姿を盗み見ること。
これだけ聞くと、ああ犯罪者の映画なのね、と思ってしまうところですが、ネタバレも含めて解説しますが、もの悲しい恋の物語となっており、決して、変態映画ではないことを断らせていただきつつ、解説&感想を述べてみたいと思います。
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近所の嫌われ者
主人公であるイールは、だれからも嫌われています。
「お前は、どうして嫌われているんだ」
と刑事に聞かれて
「愛想が悪いせいでしょうか。わかりません」
と不気味に答えるのです。
一応、彼は犯罪歴があり、おそらく、それは、だれからも非難される類のものだと推測できます。
彼は、子供たちからはモノをぶつけられたりしますし、いろいろな人から迫害をうけます。
一方で、彼は、目隠しでボウリングをなげてストライクにしたり、と大道芸人的な能力ももっており、人を楽しませることもできる人物ではあるのですが、彼の表情は硬いです。
部屋で電気をつけることなく、小さなテーブルで食事をして、時間があれば、アリスの部屋をのぞき見る。
彼はたんたんと日々を過ごします。
そんな彼とかかわりを持とうとする人は、悪意を持つ人間以外いないのです。
そんな彼が、家に帰ってから欠かさず行っていることが、向かいのアパートに住んでいるアリスの部屋を覗き見ることでした。
超上級変態バトル
雷が鳴ったあるとき、アリスは窓の向こう側のイールに気づきます。
それまで、無防備に着替えをしたりしていた彼女ですが、イールの無表情に驚き、気づいていないと知ると、彼に近づいていくのです。
このあたりは、ネタバレしてしまうと面白みがありませんので、もし、今後見る予定がある方については、作品をみてから再度本記事をみていただきたいと思います。
何も知らないで作品を見ていると、すさまじい変態同士のやりとりがあると思って笑えてしまうところです。
アリスは、大量のリンゴをわざと階段からおとし、イールの足元に転がします。
普通であれば、拾ったことがきっかけとなって二人は仲良くなるところですが、イールは一言も言葉を発さず、そのまま部屋の中に入っていきます。
アリスには、イールが自分を覗いていることを知っていて、かつ、彼女には結婚を考えている恋人がいるにもかかわらずです。
彼女の恋人は、どうも煮え切らないタイプで、結婚をしたいという彼女をはぐらかします。
しかし、一方で、彼からプロポーズされたにも関わらず、アリスはそっけない態度をとったりします。
いったい、これはどういうことなのかと混乱させられてしまった状態で、アリスはイールの部屋に突入するのです。
アリス自らイールの部屋へ入っていき、イールのことが気になるの、と言い始めるのです。
彼女を見つめていたイールからすれば、まるで夢のようなできごとなはずですが、
「君に僕の何がわかる」
と、逆にアリスを追い出してしまうのです。
アリスは見られるのが好きなのか。今の恋人に自分の性癖を打ち明けられないのか。と物語の設定に次々と疑問符が浮かんでくるところです。
変態同士の分かり合えないドックファイトが繰り広げられているようで面白くなってきてしまいます。
ですが、これは、アリスの思惑があったことがわかります。
なぜ、イールは彼女を。
このあとは普通にネタバレで書いていきます。
恋人の殺人を、イールが知っているのではないか。
見ていたとしたら何とかしなければという考えがあって、アリスはイールに近寄っていったことがわかります。
変態同士の理解できない戦いでは当然なく、恋人のために近寄っていったのです。
ですが、イールはそのことも知っています。
なぜ、そこまでしてイールは彼女のことを思い、しまいには、すべてを投げ出して彼女と逃げようとしたのでしょうか。
それは、イールという人間の孤独を考えると理解できるところです。
イールは、ユダヤ人であり、且つ、かつての罪によって周りから迫害を受けています。
イール自身にも問題はあるのでしょうが、彼の環境というのは、孤独であり変化に乏しい世界です。
そんな中、かかわることはできなくても、彼自身の日常に変化を見せてくれる存在であるアリスは、生きがいそのものになっていたのです。
ちょっと理解できない感覚だと思いますが、誰からも無視されるような孤独な男が、その中で見つけた光のような存在だったのかもしれません。
アイドルをテレビで見ることが好きな人がいたとして、目の前に現れた時に、それを喜べる人もいれば、かえって戸惑うだけの人というのもまた多いのではないでしょうか。
実際に目の前に彼女が現れて、話しかけてきたとしても、彼にとっては迷惑だったに違いありません。
彼にとっては、彼女を見るだけで満足だったからです。
君を憎まない
イールは、アリスに裏切られます。
イールは彼女を助け、警察に彼女を見逃してくれとまで書いた手紙を残したにもかかわらず、アリスは、彼を売ります。
本当にひどい話だと思うところでしょうが、イールは彼女を恨みません。
彼にとってすれば、いないはずの自分に存在を与えてくれた彼女をどうして恨むことができるでしょうか。
人間というのは誰かとの関係があって初めて人になることができるものです。
映画「ジョーカー」における主人公のアーサーと似たような存在だといえるのではないでしょうか。
アーサーは、周りの人間からバカにされ、ないがしろにされる存在でした。
そんな彼がピエロのメイクをし、たまたま人を殺したことで存在を認知されます。
やがて、ゴッサムシティという町の中で、町を破壊する存在として、他者と関係をもつことができた、という物語になっています。
一人では人間は人間になれないのです。
イールは、アリスを見ることで自分自身をみることができたし、アリスのおかげで喜びを知ることができた。
「笑うだろうが、少しも君を恨んでいない。死ぬほど切ないだけだ」
彼が屋根につかまって落ちそうになっているとき、屋根の下でみている人達は、誰一人として声をださず、決して助けようとしません。
その瞬間が終わったあとですら、遠巻きに見るだけなのです。
周りの人間からすれば、イールというのは、そういう存在なのです。
結局、イールに存在を与えてくれたのは、アリスだけだった。
イールは不器用な男です。
不器用だからすべてが許されるわけではありませんが、どうしようもない人生の中で、少しだけ輝くことができた男の物語としてみると、また違った見え方があるかもしれません。
以上、関係性があって人になる。「仕立て屋の恋」でした!