サピア=フォーフの仮説で思考は変わる/映画「メッセージ」感想&解説
テッド・チャンの名作「あなたの人生の物語」を映画化した「メッセージ(Arrival)」について、俗にファースト・コンタクトものと呼ばれる本作品の圧倒的な魅力と、原作のよさを生かしながらも映画的に優れた作品に仕上げた部分について、解説してみたいと思います。
この作品は、ネタバレをしても楽しめますが、ネタバレしないまま見たほうが衝撃は大きいです。
そのため、記事の後半からネタバレをしますので、気になる方はそのあたりを調整しながらみていただきたいと思います。
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未知との遭遇
宇宙人との交流を描いた作品は、SF作品では比較的メジャーな分類です。
スティーブン・スピルバーグ監督による「未知との遭遇」はまさにその最たるものですし、アニメなどでも「マクロス」といったものもファーストコンタクトものといえるでしょう。
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「メッセージ」における宇宙人は、敵であるか味方であるかも初めはわかりません。
その事実そのものが、人間たちの対立や猜疑心を深めることになってしまうことになるのですが、そういったSF的なものを投げかけることで、人間の本質が明らかになっていく、という点においても本作品は面白くできています。
余談ですが、「シン・ゴジラ」とかも、ゴジラが現れることで、結果として政府や周りの人間たちがどうなっていくかが描かれている作品です。
非常に優秀な彼女ですが、大学の講義でもさほど人がきておらず、生活が充実しているようにはみえません。
そんな最中、世界の12箇所に巨大なお米のような形の(一部では、巨大なばかうけと呼ばれている)宇宙船がやってきて、世界はその対応に終われます。
主人公であるルイーズは、アメリカ政府の要請をうけて、宇宙人とコミュニケーションをとるために、ばかうけに行き、物理学者であるイアンと共に宇宙人たちの言語の解析を行っていく、というのが本作品の大まかな内容になっています。
サピア=フォーフの仮説とは
この作品を理解する上で欠かせないのが「サピア=フォーフの仮説」です。
端的に説明するために、引用しますと、
話す言語によってその人の世界観や、考え方が決定づけられるという仮説だ。つまり、ルイーズは、少しずつエイリアンの言語を学んでいくことで、人生に対する考え方がかわっていくんだ。
「メッセージ」パンフレット 14p PRODUCTION NOTESより
事例を踏まえますと、英語とドイツ語ではそもそも時間の経過に関しての言語が異なるそうです。
英語では、時間というのは過ぎ去っていくものです。
ですが、ドイツ語では、時間というのは過ぎるものではなく、満ちていくものだそうです。少しずつ水がたまっていくようなイメージで、ドイツ語では時間が経過するのです。
その時間の考えかた一つとっても、考え方が異なるのです。
言語によって、考え方が変わって行く、という仮説こそが「サピア=フォーフの仮説」であり、「メッセージ」を理解するうえで、重要なものとなっていきます。
主人公のルイーズは、言葉で宇宙人と対話をしようとしますが、早々に断念します。
相手の音は、人間の耳には全然聞き取れなかったのです。
文字であればどうだろうかと考えて、彼女は、文字を通じて宇宙人であるヘクタポッドとコンタクトをとりはじめるのです。
武器を渡す
この作品の非常に優れた点の一つとして、言語を知ることは、未知の相手を知るためのアプローチである、ということがわかるところです。
何の目的であなたたちは、地球に着たのか?と問いかけたいとルイーズたちは考えます。
フォレスト・ウィテカー演じるウェバー大佐が、どうしてそんな回りくどい聞き方をするんだ、と言いますが、彼女の答えは明確です。
「あなた、という言葉を相手が理解するのであれば、相手と、自分たちの区別があるということがわかります」
当たり前ですが、相手は宇宙人です。そもそも、自分という個体の意識があるかどうかもわかりません。
もしかすると、映画「ボディ・スナッチャー」における未知の生命体のように身体は独立していながら、思考は一つという存在もいるかもしれないのです。
そういった点において、言語学者であるルイーズという立場の人間が、言語によってまったくわからない相手を理解していく、というアプローチは非常に知的で面白い取り組みとなっているのです。
余談ですが、ピダハン族というアマゾン川にいる部族は、数字を数えるときに1、2、いっぱい、という考えるそうです。
正確には、2の中には、小魚2匹や、中くらいの魚1匹という概念も入っているらしいのですが、彼らは、1足す1が2という風には考えられません。
これも、言語によって思考がひっぱられることの一つの事例として考えられています。
さて、宇宙人たちの言語を学ぶことで、人類は、宇宙人たちの目的を知ることになります。
「武器を、提供するため」
このことにより、今まで、行動を決めかねていた、それぞれの国が動き始めます。
人間の対立
この物語は、いくつかの構造でみることができます。
ルイーズという女性が、宇宙人の言語を学ぶことで、宇宙人の思考を学び、自分の人生を知ってしまいながらも、それでも、娘と生きることを選択していく強い女性として踏み出す姿が描かれます。
基本的には、この映画は「あなたの人生の物語」であり、あなたというのは、彼女の娘を指すものとなっています。
つまり、宇宙人がやってきて国家間が対立する中をどうにかする主人公、ではなく、一人の個人的な物語として描いているのです。
そのため、この映画をSF映画であり、世界を巻き込んだ宇宙人の突飛な行動による、対立やコミュニケーション不和を描いたものだと考えると、肩透かしを食らうことになりかねません。
もう一つの要素としては、今書いたように、宇宙人という未知の存在がやってきて、特に何をするわけでもなく、じっとしていることによって、人類の中で対立がおこり、やがて、自滅していくという過程を描いたものとしてみることができます。
なんで、勝手に攻撃を始めてしまうのか。
それは、何を考えているかまったくわからない人が目の前にいたとしましょう。
その人は、武器を持っていて、ぶつぶつとわけのわからないことを言っているとします。貴方は、その人がいくら何もしないからといって、見てみぬ振りをできますか?
人間というのは、理解できないものに対してはなかなか寛容になれないものです。
そして、「武器を提供する」という言葉を解析したことで、各国が猜疑心が沸き起こり、協力しようとしていたはずなのに、通信を切ってしまい、かつ、デマや憶測によってテロが起こってしまう等は、人間の悲しい性といえるでしょう。
また、宇宙人との対話のために、中国では麻雀を教えるというのは面白かったです。
ルイーズは「ゲームには、勝者と敗者ができる」といいます。教える事柄によって、そもそも、本質的なものがかわっていってしまうのです。
教えられた宇宙人は、もしかしたら、人類というのは戦いしかなく、勝者にならなければ敗者にしかならない、と考えてしまったかもしれないのですから。
物語の細かい点
この作品は、細かい点も非常にうまく描いています。
たとえば、宇宙人の船であるシェルと呼ばれる建物の内部に入っていくときに、彼らは小鳥を連れて行きます。
話しかけている最中、ずっと小鳥は「ぴーぴー」とさえずります。
主人公達は、何度も小鳥の様子を見ますが、これは、可愛いからみているわけではありません。
鉱山などに入ったときによくつかわれる手法です。
小鳥は微量なガスにも反応して死んでしまいます。
そのことから、小鳥を連れて行くことで、人体に影響のある物質がないかを調べていることがわかるのです。
現代なんだから、小鳥を危ない目にあわせる必要ないだろう、と思うでしょうが、電子機器はあくまで、調べようとおもった物質に対してしか力がありません。
未知の物質の検知は出来ないのです。
そのため、てっとりばやく、且つ、間違いがないのが小鳥と一緒にいく、というものなのです。
また、万が一の放射線に対する備えとして防護服をルイーズたちは着るのですが、「スキューバダイビングの経験は?」と、ウェバー大佐は聞きます。
なんで?と思いますが、宇宙船内の空気は何が含まれているかわかりませんので、酸素ボンベを背負っているはずなのです。
その空気の吸い方が少し特殊であるため、ダイビングの経験があるのかをたずねているのです。
特に、説明らしい説明もありませんが、こういった細かい演出が面白いところです。
そろそろネタバレ
さて、ネタバレをしながら感想を述べてみたいと思います。
冒頭でも書きましたが、本作品はネタバレをしていても、なんら問題はありません。
この作品の重要な点は、一人の女性が宇宙人の言語を学ぶプロセスそのものです。
その結果、どんな概念を学びとったのかが映画のポイントであり、映画をみたあとには、宇宙人の言語が少しわかったような気分で、映画館の外にでられるのが本作品のもう一つの魅力といえます。
ですが、彼女が冒頭から悩まさせる、愛する娘が生まれてから早くして死んでしまうという現実そのものが、一つのミスリードであるところは、素直に驚けるポイントです。
さて、ネタバレします。
この宇宙人を理解するにあたって、もう少し手っ取り早く知ることができる作品があります。
もし、「メッセージ」が気に入った方はオススメの作品です。
それは、カート・ヴォネガットによる原作、ジョージ・ロイ・ヒル監督による「スローターハウス5」です。
「スローターハウス5」は、第二次世界大戦のトラウマによって、記憶がフラッシュバックしてしまう主人公が、トラルファマドール星人に拉致されてしまうことで、トラルファマドール星人のように、未来も過去も同一になってしまう人間になる話です。
どういうことかと言いますと、「メッセージ」でも同様ですが、この宇宙人には未来とか過去という概念がありません。
彼らにとってすれば、未来も過去も同じ価値で存在しているのです。
我々人間にとっては、過去は終わったものであり、未来はまったくわからないものです。
ですが、まるでパンドラの箱を最後まで開けっ放しにしてしまったかのように、未来が全てわかってしまうとしたらどうでしょうか。
宇宙人であるヘプダポッドたちは、すでに未来を知っています。おそらく、4次元的以上の存在なのです。
その概念そのものは、彼らの身体性にも現れています。
彼らには、目も鼻もありません。
足が7本あって、どちらが前でも後ろでもないのです。
そんな彼らには、先に進む、とかそいう考えはないはずです。結果として、彼らには未来も過去もない生物になってしまったのでしょう。
そんな彼らの文字は、墨で丸い円をかいたような文字です。
しかも、彼らには書き順とかがありません。
彼らは、丸を同時につくるのです。
丸を同時につくることで何がわかるかと言いますと、彼らは、書く前から結論も何もかも考え終えているのです。
我々の場合、このブログでも最後まで読まなければ結論はでてきません。
こうして書いている私自身もまた、最後の言葉が何になるか、こうして書いている時点ではわかっていないのです。
ですが、彼らは既にわかった状態で同時にはじまりと終わりを描きます。
そもそも、円ですから、始まりも終わりもありません。
彼らは、そういった生物なのです。
宇宙人は何しにきたのか。
ルイーズは、そんな未来も過去もない言語を学ぶことで、世界を救い、結果として、宇宙人たちの目的を達成することができます。
彼らの目的は何か。
「3000年後の未来で人類の助けがいる」ため、具体的に何かは描かれませんが、宇宙人は人類に「武器」を与えることを目的として現れたのです。
ルイーズが、自分の著作の中で「言語は、対立するときには武器になる」と言っています。
宇宙人が与えにきたのは、言語であり、武器です。
サピア=フォーフの仮説によれば、その言語を学ぶことで、宇宙人たちと同じ思考が可能となり、未来や過去を見通すことができるようになるのです。
ルイーズは、宇宙人の思考を学ぶことで、まだ生まれてもいない娘の死をしってしまいます。
この世界の未来の場合、おそらく、未来は、ある程度変えられるものになっていると思われますし、既定のものであるとも考えられます。
人類が全面的に対立してしまいそうになったとき、ルイーズは、中国のシャン将軍に電話をかけます。
電話番号は、未来の自分が彼に会ったときに聞いたものです。
未来の自分が知った情報を過去の自分がつかえる、という考え方もまた、宇宙人の思考がわかれば、特別難しいものではありません。
話しはずれますが、当ブログでも紹介したことのあるゲーム「YU-NO この世の果てで恋を唄う少女」をプレイしたことのある人であれば理解しやすいのではないでしょうか。
この作品は、シナリオを選択して選ぶマルチエンディング式のゲームです。
ゲームですので、選択肢によっては悪いエンディングを迎えるときもあります。
ですが、この作品は、悪いエンディングを迎え、そのときに手に入れたアイテムを使うことでしかクリアできないイベントがあるのです。
この場合、ゲームをプレイしている我々こそが宇宙人のポジションです。
ゲームの中で行動する主人公達は、その都度のルートを歩んでいますが、ゲームをしている我々は、別のルートを進んでいる主人公も知っており、かつ、その情報をもとに主人公の選択をかえていくのです。
ですが、決して、定められた運命をかえることはできません。
しかし、YU-NOの主人公は、その中で、物語をかえるべく奔走するのです。
話しがずれましたが、「メッセージ」もまた、未来のルートも過去のルートもみえた状態で、且つ、それがある程度つかうことができる概念をもった宇宙人から言語を学んだ主人公が、悲しい運命がわかりきってしまっている娘が生まれるルートを、それでもやっぱり、進む、という物語です。
未来がわかっているなら努力なんて必要ないかもしれません。
ルイーズの夫となるイアンは、その事実に耐えることができず逃げ出してしまいます。
彼は、宇宙人の人口重力で唯一ころんだ人間です。
比較的柔軟な考えの持ち主ではあるのですが、本質的なところでは、宇宙人の考えを理解することができなかった人物でもあるのです。
「メッセージ」は、SF映画の中にありながら非常に深い内容を含んだ作品となっています。
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は、娘を誘拐されたことで、自分自身で娘をとりもどそうとする父とまわりを描く「プリズナーズ」や、女性に支配されてしまった男と、そこから抜け出したいと思う男の葛藤や絶望を描く「複製された男」など、非常に深いテーマでつくられる作品が多い監督となっています。
特に「メッセージ」に関しては、その映像のすばらしさ。脚本の秀逸さや、テーマ性の深さ、どれをとっての高水準の作品となっています。
天元突破グレンラガンの、ラガンの起動音のような効果音を聞いたとき、貴方もまた、宇宙人の概念が理解できるようになるかも、しれません。
以上、サピア=フォーフの仮説で思考は変わる/ドゥニ・ヴィルヌーヴ「映画メッセージ」でした!