過去も含めて愛さなきゃ殺す/ヒストリー・オブ・バイオレンス
瞬間移動の装置の中にハエがいたために、ハエと同化してしまった男の悲劇を描く「ザ・フライ」や、ロシアマフィアによる人身売買の現実について知ってしまった女性が巻き込まる「イースタン・プロミス」などで有名な、デヴィット・クローネンバーグ監督。
そんなクローネンバーグ監督の中で、もう一つ有名なのが「ヒストリー・オブ・バイオレンス」です。
「あなたは相手の全てを知っても受け入れる自信がありますか?」
というキャッチコピーのもと、この作品の何が重要なのか、その点を含めながら、考えてみたいと思います。
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主人公は何者か。
主人公であるトムを演じるのは、ヴィゴ・モーテンセンです。
ヴィゴ・モーテンセンといえば、「ヒストリー・オブ・バイオレンス」の次の作品でもあった「イースタン・プロミス」にも出演していますが、何よりも有名な役どころは「ロード・オブ・ザ・リング」のアラゴルン役ではないでしょうか。
そのヴィゴ・モーテンセン演じるトムは、ダイナーを経営する男です。
わかる人は説明するまでもないと思いますが、ダイナーとは日本でいうところの定食屋だと思ってもらえればいいと思います。
そんなダイナーの主人であるトムは、妻と子供二人に恵まれて田舎町で平穏に暮らしていました。
しかし、そんな彼が、強盗に入ってきた二人組みの男を殺したことで、ヒーローとなってテレビでとりあげられてしまいます。
結果として、暴力を暴力で解決してしまったトム。
その姿を知ったやつらが、トムの前にやってくることで歯車が狂っていくというのが主な内容となっています。
ヒストリーオブバイオレンス
「ヒストリー・オブ・バイオレンス」というタイトルは、そのまま、暴力の歴史と直訳できるものです。ですが、英語による意味としては、昔やった暴力事件という感じになります。
この作品で重要なポイントは、キャッチフレーズにあるとおり、相手の全てを知った上で、それでも愛することができるのか、というところです。
トムという男が、過去に行ってきた暴力そのものに対峙しなければならない物語としてみることができますが、何よりも重要なのは、暴力事件を起こしたことのあるヤバイやつだとしても、家族として受け入れることができますか、という家族を揺るがす問題をテーマにしている物語です。
作中では、ヴィゴ・モーテンセン演じるトムが、妻と家で二人きりになるシーンがあります。
妻もトムもそれなりの年齢です。
車を運転しながら、妻が子供達二人が今日は家にいないということを語ります。
年齢を重ねた夫婦であったとしても、時には情事にふけりたいときもあるものです。
トムが久しぶりに二人になって、イチャイチャできると思っていると、妻がチアガールの格好で立っています。
驚くトム。
「10代は別々に過ごしたわ。取り戻さなきゃ」
妻は、トムを愛しています。
そして、自分達が出会っていなかった時間を埋め合わせるように情事にふけるわけですが、普通の夫婦であれば問題はありません。
妻は、自分が出会っていなかったころも含めて旦那を愛そうとしているのがわかります。
ですが、出会っていなかった頃の旦那が、とんでもない暴力の塊であったなら、果たして、それでも、愛することができるのでしょうか。
物語の前半は、妻は優しい夫しかみえていませんし、それを認めようとしません。ですが、妻は暴力的な過去を持つ夫をみないわけにはいかなくなっていくのです。
暴力は終わらない。
「ヒストリー・オブ・バイオレンス」の特徴としては、デヴィット・クローネンバーグ監督ということもあって、そのグロテスクなまでの暴力表現を避けることはできません。
主人公は殺人術によって、やってきた刺客を殴ります。
ただ殴るだけではなく、相手の顔が変形するまで殴り続けるのです。
普通の映画であれば、華麗な感じで殴ったり、それほどのダメージをみせないままの終わるでしょうが、そこは、巨匠クローネンバーグ監督です。
目を背けたくなるような、状態になります。
銃で頭を吹っ飛ばした死体がでてきたりしますし、その暴力表現は、なれない人であればとても最後までみれないかもしれません。
そんなとんでもない暴力を見て、妻は、混乱します。
主人公の息子も影響を受けてしまい、気弱な少年だったにも関わらず、同級生を病院送りにしてしまったりと、暴力の連鎖によって、家族はおかしくなっていってしまうのです。
ラストの食卓シーン
ここからネタバレです。
主人公は、自分を狙ってきた肉親に会いますが、結局、彼は暴力によって解決してしまいます。
妻は、暴力的な夫を今まで知らなかったのです。ですが、夫の暴力的な側面を知ってしまいます。
そして、トムは家に戻ってきます。
そこには、食事をしようとしている妻と、二人の子供。
暗い食卓で食事の準備をしている中、トムが入ってきます。
過去を隠し、家族を偽ってきた主人公。
家族は迎え入れてくれるのか。
その答えは、娘が皿を食卓に並べ、息子は、肉の乗った皿を差し出すことでわかります。
そして、妻は、トムの顔をみて涙を流します。
物語冒頭では、うそ臭いぐらいの仲良し家族が描かれます。
息子は妹を思いやるやさしい兄であり、娘は感受性豊かに育っていて、美しい妻。
絵に描いたような幸せな家族です。
ですが、自分の過去をなかったことにして理想的な家族をつくりあげたところでそれは果たして本当の家族と呼べるのか。
最後の食卓のシーンでは、誰も一言も言葉を発しません。
ですが、主人公の闇である「ヒストリー・オブ・バイオレンス」も含めた中で、家族は家族として食卓を囲むことになるのです。
以上、「過去を含めて愛さなきゃ殺す/ヒストリー・オブ・バイオレンス」でした!