動物愛は不滅。ムツゴロウさんの猫物語/畑正憲「子猫物語」
畑正憲氏こと、ムツゴロウさんは、フジテレビ系で放送されていた「ムツゴロウ王国とゆかいな仲間たち」でよく知られている人物です。
「よーし、よしよし」といって、小型犬から大型犬、子猫からライオンにいたるまで、様々な動物たちと交流している動物大好きなおじさんといったイメージが定着しているムツゴロウさんですが、そんなムツゴロウさんが、監督・脚本をやっている有名作品「子猫物語」について、語ってみたいと思います。
かなり過酷な撮影が行われているというのは、まことしやかに囁かれているところではありますが、動物愛護の精神とは別として、映画として「子猫物語」がどのように優れているのかを、考えてみたいと思います。
ムツゴロウさんのおさらい
まずは、ムツゴロウさんこと、畑正憲氏がどのような人物かを改めておさらいしてみたいと思います。
北海道にある浜中町に、ムツゴロウ王国を建国。
その王国の様子を映した「ムツゴロウさんとゆかいな仲間たち」は、20年もの長きにわたって製作され続けた長寿番組です。
ムツゴロウ王国と呼ばれる場所で起こる様々な動物模様が、動物たちの過酷な現実と共に、人間と動物がどのようにして生きるのかを投げかける、今みても面白すぎる番組です。
その王国の主(王?)であるムツゴロウさんは、もともとは東大出身の研究者であり、学習研究社(現在の学研ホールディング)で学習映画などの製作にかかわっていたそうです。
そんなムツゴロウさんの、経歴や才能がいかんなく発揮されているのが「子猫物語」です。
ちなみに、ムツゴロウさんは単なる動物大好きなおじさんというだけでなく、麻雀の世界でも絶大的な実力を誇っています。
ムツゴロウさんのあまりの強さのために、十段位戦という大会(麻雀のプロは、9段が最高位)が作られ、そこで、ムツゴロウさんは3回優勝してしまうなど、動物以外でも桁外れの力をもっている人なのです。
ムツゴロウ王国建国時も、麻雀によって馬具などをそろえたというのは有名な話のようです。
文学者として賞も受賞し、あらゆることで半端ではない実力を発揮しています。
たんなる「動物が好きなおじさん」ではない人物なのです。
動物撮影の難しさ
さて、そんなムツゴロウさんが、メガホンをとったのが「子猫物語」です。
ムツゴロウ王国と思われる場所で生まれた子猫のチャトランが、ひょんなことから木箱にのったまま川に流され、その先々で動物たちと出会い、成長していくという物語です。
物語としては非常に単純ですが、動物を主人公にした物語というのは、とにかく撮影が大変になりがちです。
なにせ、動物は人間の言うことなど聞きません。
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たとえば、ディズニー映画での傑作アニメ「バンビ」は、古典的な名作であり、現在でも人気がある作品です。
「バンビ」自体は、オーストラリアの作家がつくった動物文学小説ですが、この作品は、長らく映像化されませんでした。
長い年月のあと、アニメーションによってようやく日の目をみたという作品です。
なぜ、そこまで映像化に向かなかったか。
その理由が「シカは演技ができない」からです。
元来人間の飼われる動物ではない場合、人間の言うことはききませんし、訓練したからどうなるというものでもありません。
アニメーションとしてつくることになった「バンビ」は、シカの角を表現するのにスタッフが苦労したというのも有名な話のようで、アニメーションとしてもそう簡単なものではなかったそうです。
さて、「子猫物語」に戻りますが、見ているとわかるのですが、どうやって撮影したか全然わからないシーンがわんさかでてきます。
シカとチャトランが出会い、やがて仲良くなります。
シカとくっつきながら、寝てしまうチャトランと、シカ。
こんな仲良しになるシーンが、どうして撮れるのか。
また、すっかり眠っている子豚たちの中から、目をさましたチャトランがでてくるシーンがあります。
すごく、可愛らしくてほほえましいシーンですが、これはどうやって撮ったのか。
人間であれば、目を閉じていれば寝ているという風にできますが、動物に目を閉じて寝たふりをしろ、と言うわけにはいきません。
具体的な方法はわかりませんが、ものすごく長い時間撮影したのは間違いないと思われます。
少なくとも子豚たちが寝るまで待たないといけませんし、チャトランがおきてくるタイミングを決して逃すわけにもいきません。
っとなると、ひたすらカメラを回し続ける以外に方法がないのです。
動物に無理をさせている可能性はありますが、無理をさせるにしても動物ですから、かわったことをすれば異常な動作や雰囲気になってしまうことは避けられません。
それ以外のとんでもない方法があるかもしれませんが、そういう可能性を無視して考えた場合、動物相手に撮影するということは、ものすごく大変なのです。
動物のみで、構成された作品として非常に根気強くつくられた作品なのです。
しかも、この作品、人間はただの一人もでてこないのです。
キョンキョンと俊太郎、そして、龍一
劇中では、時々詩が挿入されます。
それは、主に子供が大人になるということを謡ったものです
「子供には大人と違う物語がある。
空の子供はきらめく星星」
実は、その詩は、詩人である谷川俊太郎が作詞しています。
しかも、その詩を、小泉今日子が朗読しているのです。
チャトランたちの心境などは、随時ナレーターの解説がつきます。
チャトランが突然歩くときに、足をひきずるようになれば「トゲがささってしまったのです」と補足が入り、プー助がおならをすれば「くさっ!」と言って、わかりずらいところは、映像以外のところでも説明が入る親切さです。
この物語全般に流れているテーマは、まさに谷川俊太郎の詩がよく表しています。
母猫の元、楽しく暮らしていた生活から一遍、川を流れていき、たどり着いた先で、子供(チャトラン)はやがて大人になり、恋をしり、家族をつくる。
子猫が大人になっていく姿を、演技をすることが困難な動物たちをつかって見事に描きだしている点が、素晴らしいです。
また、音楽は、坂本龍一が作曲しています。
演技をするのは動物たち。いわゆる、無名の役者なわけですが、脇を固めるのはとんでもなく豪華なメンバーだったのです。

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キケンな撮影
さて、「子猫物語」でよくいわれるのは、主演であるチャトランが、明らかに別の猫になっているという点です。
たしかに作品をみていると、少なく見積もっても3種類以上のチャトランが存在しています。
子猫のチャトランもいれば、明らかな成猫のチャトランもいます。
滝の中に落ちていくチャトランなどが、ワンカットで撮影されているシーンもあり、子猫では間違いなくおぼれてしまうところです。
そこを、多少戸惑いながらも木箱の中で座ることができるのは、ある程度の年齢を重ねた猫でなければ到底できないことでしょう。
昔もですが、映画の中で動物を撮影するにあたって、あきらかに危険な撮影に対しては、抗議が来ることが多いです。
子猫物語も、公開当時賛否があったようですが、15人を超える動物トレーナーと、ムツゴロウさんという動物に対して学者としての知見や観察眼をもった人間だからこそ撮影できた、奇跡的な映画になっていることは間違いありません。
がけを落ちていくシーンで、チャトランが、あきらかに自分で飛び降りているとは思えない角度で落下していくところがありますが、そういうところはご愛嬌といったところでしょう。
今ではCGなどでいくらでも動物たちを演技させることは可能でしょうが、1986年に公開された「子猫物語」にそのようなことができるはずもなく、動物たちを根気強く演技させたという点においては、もう二度と見ることができない傑作動物映画といってもいいのではないでしょうか。
どうぶつ映画としてのみどころ
すでにいくつか見所は書いてありますが、ツキノワグマと思われるクマと、小型犬であるプー助の戦いは、もうどうやったのか不思議なぐらいのシーンです。
もともと仲がよいのかもしれませんが、クマとパグ犬のプー助が、じゃれあいなのか本気なのかわからない戦闘シーンは、見ているこちらがハラハラします。
また、穴に落ちてでられなくなってしまったチャトランを、プー助がロープを見つけてきてひっぱりあげる、というシーンを、人間の手を借りずにどうやったのか、本当に不思議でいて、感動的なシーンです。
蛇足ですが、子猫物語は大人気のあまり、ファミコンのゲームにもなっています。しかも、今は忘れ去られがちなディスクシステムをつかったものでした。
非常に操作性が悪く、木をゆすって卵かどんぐりを手に入れるだけの変化に乏しいゲーム性。すぐに落下してゲームオーバーになってしまうのですが、このようなゲームができるぐらい「子猫物語」は人気があったのです。

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動物が主役の映画というだけあって、たしかに、撮影の舞台裏の過酷さは想像できそうな気はしますが、それを上回る凄まじい動物映画になっていますので、動物が好きな人は、一度は動物が演技をするということがいかに大変かを意識した上で、チャトランの成長を見届けてみるのも面白いかもしれません。
以上、『動物愛は不滅。ムツゴロウさんの猫物語/畑正憲監督「子猫物語」』でした!