シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

増毛駅よ、永遠に  高倉健『駅 STATION』

2016年度の廃止が予定されている北海道の増毛駅。

 

その増毛が主要な舞台となっている映画『駅 STATION』(1981年、132分)を取り上げたいと思います。

降旗康男監督、主演は高倉健の一本でございます。

 

この夏に実際に増毛駅を訪れてみたので、映画をもう一度観てみました。作品のタイトルにもなっている駅、そのシステムがさまざまに姿を変え、この作品を形作っていることがわかりました。

 

駅 STATION[東宝DVD名作セレクション]

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苦悩する高倉健

私見で大変申し訳ないのですが、健さんは「何かをいいたげなのだけど、何もいえず黙っている」という印象があります。まさに不器用な男。この映画での健さんの役回りにも似た印象を覚えます。本作の主役をはるのに十分な理由付けがなされているわけです。悩める刑事、三上(高倉健)に対して、三人の女性を絡めて物語は紡がれます。

 

この映画は駅(銭函)から始まり、駅(増毛)で終わります。途中、非常に重要な場所として上砂川駅が登場します。そう、まさにこの映画は駅を拠点として物語が展開するのです。

 

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駅、そこから発車する列車には「もの思う時間」が不可欠です。誰かを待つあいだ、車窓から景色を眺めるあいだ、待合室で列車の到着を待つあいだ、本を読んだり、人と話したりして気を紛らわせます。しかし、その底には「もの思う時間」がゆっくりと流れていて、

 

高倉健はその、ゆっくりとしかしながら確実に流れていく時間にぴったりの雰囲気を持っているのです。映画内では10年以上の時間が流れます。主人公はその長い長い時間を、じっくり待っていたのだな、と物語の終盤で改めて気づかされることになるのです。

 

永久保存版 高倉健 1956~2014 (文春MOOK)

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舟唄が三度流れる店、「桐子」

九州で生まれた健さんが雪国が似合うというのもなんだか不思議な話ですが、増毛駅周辺のホテルで張り込みをする様子や吹雪の中を歩く様子はまさに映画という感じで、ばっちりはまっています。

 

そんな三上ですが偶然にも居酒屋「桐子」という店を見つけ、一人で店を切り盛りする桐子と身の上話をしながら、ひと時の休息を取ります。孤独を知る二人は急速に惹かれあっていくのです。

 

二人はこの店で、三度八代亜紀の「舟唄」を聞きます。

ここで重要なのが、三回の「舟唄」、それぞれが流れる場面では二人の関係性が変化しているということです

 

具体的に書いてみましょう。

 

最初の舟唄は二人でこの店で始めて出会ったときに流れます。初対面ですが、不思議なことに二人は心を惹かれあっているのです。

 

二度目は彼らが体を交わした後、店で観ている紅白歌合戦の中で。二人の距離はグッと近づいています。

 

そして、三度目は二人にとって忘れることのできないある事件が発生したあと。二人は別れを決意しています。

 

同じ歌を同じ場所で同じような時間に同じ人と同じように聴いていても、状況は変化している。先ほど触れた、駅や待合室と似た構造になっています。列車は同じ時間に同じような人を同じくらいの人数乗せて同じ場所に運んでいくのですが、決して昨日や明日と同じわけではない。その「一回性」を三度の舟唄は象徴しているのです。

 

舟唄

舟唄

 

 

列車は再び走りだす

さてその「一回性」にそれでも抗う三人の女性たち。直子(いしだあゆみ)、すず子(烏丸せつこ)、桐子(倍賞千恵子)。

さらに三上の妹、冬子(古手川祐子)。

 

彼女たちは時に単純な、時に矛盾した表情をわれわれに見せます。そしてそれには全て男が絡んでいます。心の中はポイントを切り替えるように簡単にはいかないのです。

 

一方、警察官である三上はなるべく感情を押し殺して、列車のダイヤのように正確に行動することを至るところで義務付けられています。彼はその鎖から逃れようと、職を辞する覚悟をするのですが、まさにその警察官であること、そしてオリンピックにでるほどの銃の腕前を持っていることにより、自らその機会をふいにしてしまうのです。(宇崎竜童が演じた役と三上は非常に対照的な性格をしてますね)。

 

十年以上に渡り、彼の心に食い込んでいたトゲをひとまず抜いたのち、駅の待合室で彼は辞職願を焼き捨てます。

そして、札幌へと帰るために列車に乗り込みます。

 

ああ、彼は「何かをいいたげなのだけど、何もいえず黙っている」ような表情で列車に揺られ、再び職務に励むのだろうな、と感じ入るラストシーンです。

 

あなたに褒められたくて (集英社文庫)

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直子、すず子、桐子…、三人の女性を各駅停車して進行する物語。最後の停車駅、増毛駅は少なくとも来年までは北の大地に存在します。

 

132分の小旅行、未体験の方も一度通ったことがある方も、改めていかがでしょうか。

 

シックで、心の機微をきちんと描ききったこの映画の中には、増毛駅たちが永遠の命を与えられて、いつでも静かにあなたを待っています。

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