シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

日本一の煩悩男 『みんな~やってるか!』

さて最近北野作品ばかり観ているわたしですが、今回は『みんな~やってるか!』(1995年、110分)を取り上げてみたいと思います。

 

武流のフィルム・ノワール路線(『その男、凶暴につき』『ソナチネ』)やノスタルジー・ファンタジック路線(『あの夏、いちばん静かな海。』『菊次郎の夏』)を期待してはいけません。

 

初めて観る人を困惑させることも多いという怪作『みんな~やってるか!』。

 

その作品の本質に迫ります!

 

おはなしについて

トレンディでムーディなオープニング。真っ赤な外車に乗る男とナンパされる女。車を停めた二人はセックスを始める。

 

そんなテレビ番組を真に受ける男、朝男。

 

彼は女とヤるためには車が必要だと考える。

 

高級車を買おうとするが資金の問題で安物しか買えず、ナンパに挑戦するが全くヤレそうもない。

 

よし、今度はオープンカーだと再び車を買うが、やはり資金的な問題でオンボロ車を押し付けられる。他人の車を盗んでみるが、ブレーキが故障しており散々な目にあう。

 

ジャンボジェットのファーストクラスに乗りたい、きっと客室乗務員がサービスでヤラせてくれるだろうと考えるが、金が足りない。それならば銀行強盗のためのピストルが必要だ。川口の鋳物工場で住み込みで働きピストルを作ろうかな、と考えていると血まみれのヤクザが通りがかり、拳銃と車を貰い受ける。

 

実際に銀行強盗するがうまくいかない(強盗に入るもすでに強盗がいたため退却する。再度、強盗に挑戦するも警察でいっぱいなどなど)。

 

役者ならもてると思いオーディションに出向くと、なぜか合格。座頭市に抜擢されるが本当に目を閉じて演技したせいで火ダルマになってしまう。

 

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 では埋蔵金発掘はどうかと挑戦するがガス爆発に巻き込まれて命からがら逃げ出す。

 

次はセスナに憧れ、再び瀕死のヤクザから渡されたヤクを売りさばいて資金を得る。セスナに乗るが期待していた機内サービスは受けられず。同乗した殺し屋のスーツを奪って着ていたらヤクザに本物の殺し屋に間違われる。

 

銃の腕をみせようとするが間違ってヤクザの舎弟を撃ち殺してしまう。しかし、そのヤクザが敵対組織のスパイだということがわかって親分に賞賛される。敵方の組長を殺すように頼まれ、勇んででていくが怖気づきタクシーに乗って逃げようとする。その運転手がなぜか親分で逃げられない。

 

組長の暗殺を狙うがことごとくうまくいかない。組同士の一騎打ちについていくと大親分が登場。刀の腕を見せようと目隠しで大親分の頭の上にのった林檎を真っ二つにするという演舞を行うが失敗して大親分の首をはねてしまう。乱闘になるが、ぼーっとしたまま、なぜか一人だけ生き残る。

 

透明人間になれば女風呂を除き放題だと考えていると、全日本透明人間推進協会と知り合う。透明人間カプセルに無理やり入れられて透明人間になる。

 

さっそく研究所から逃げ出し。女風呂に入り込むが、博士たちが追ってくるのでラブホテルやAV撮影現場に逃げる。しかし、取り押さえられる。

 

透明人間の効力がなくなったため再び透明人間カプセルへ入れられる。カプセルにハエが紛れ込み、ハエ男になり自我を失い、空中を彷徨うこととなる。

 

通報を受けた地球防衛軍の作戦により、球場に集められたウンコに喜んで飛びつく朝男。防衛軍特製巨大ハエタタキにより潰される寸前に「カーセックス…」と無念そうに呟く。エンドロール終了後、今度はなぜかバッタ男になるが東京タワーに突き刺さり身動きが取れなくなる。

 

日本一の煩悩男

とにかくヤリたいという直情的な男が巻き起こすギャグストーリー。次第に混迷を極めていくストーリー展開は、次々と襲い掛かるギャグの洪水とあいまって、観るものを笑いの渦に巻き込んでいく。

 

北野武の他の映画ではなかなか使いにくい小ネタをまとめて1作品作り上げた、という印象も受ける。昭和的なガジェット(三億円事件、任侠映画パロディ、特撮パロディなど)や、あまりにベタなギャグ、繰り返しのギャグが散りばめられており、時おり挟みこまれる懐メロも何だかとぼけている感じがして、映画のテイストにマッチしている。

 

女とヤリたい、女風呂を覗きたい一心から、ハエ男になってしまう朝男が最期に呟く「カーセックス…」。異形のものになりながらも、この男を突き動かしていた性の本能はまだ残っていたのだ。

 

ウルトラマン』のジャミラの回にも匹敵する、涙なくしては見られない怪物の最期であった(ホントか?)。

 

個人的に好きなシーンは、戸田奈津子の適当翻訳ギャグ、何度も瀕死の状態であらわれて朝男に頼みごとをするヤクザなど。奇しくも『ウルトラマン』や『仮面ライダー』でおなじみの名優、小林昭二地球防衛軍隊長として登場するのも面白い。

 

「煩悩・本能」に最期まで振り回される男・朝男。男性は彼の姿をただ滑稽であるとは簡単に決め付けられない。悲哀極まる物語なのである。

 

前作までとの関係から探る北野映画の本質

北野武はこの作品を発表するまで、『その男、凶暴につき』、『3-4x10月』、『あの夏、いちばん静かな海。』、『ソナチネ』を世に送りだしていた。

 

今作は通算5作めである。

 

その男、凶暴につき』や『ソナチネ』が、いわば「みんな~殺ってるか!」といいたくなるような暴力を主眼においた作品であるのに比べ、今作は「性」を根本においたコメディ/実験映画となっている。

 

では、今作発表までの4作を簡単に振り返ってみよう。

 

その男、凶暴につき

暴力的な刑事が、覚せい剤密売に関わる殺人事件の捜査をすすめていくうちに、警察上部との対立や密売組織との戦いに巻き込まれ、生きがいであった妹までも自ら射殺することとなる悲劇の物語。

キタノ流フィルム・ノワールの萌芽 『その男、凶暴につき』 - シネマトブログ(ブヴァールとペキュシェ)

 

『3-4x10月』

平凡な主人公が突如、ヤクザに因縁をつけられる。自分のために話をつけようとしたバーのマスターがヤクザに襲撃される。責任を感じた主人公は拳銃を手に入れるために沖縄に飛ぶ。現地のヤクザと知り合い、濃密で非日常的な時間を過ごす。拳銃での襲撃に失敗したため、最期はタンクローリーでヤクザの事務所に突っ込み、炎上する。

北野武『3-4x10月』のオチをどう考えるか? - シネマトブログ(ブヴァールとペキュシェ)

 

あの夏、いちばん静かな海。』

ゴミ回収を生業とする耳の聞こえない青年が、ゴミ捨て場の折れたサーフボードを拾い、サーフボードに生きがいを見出す。まったくの素人である彼の練習を周りの人間は苦笑いしながら眺めていたが、同じく耳の聞こえない恋人やサーファー仲間に支えられながら大会にでるほどまでに実力をつける。ある日、恋人がいつもの浜にでてみると彼のサーフボードだけがうちあげられており、彼の姿はどこにも見当たらなかった。

 

ソナチネ

ヤクザ稼業に嫌気が差しつつも、辞めどきが掴めない男。友好団体のいざこざで沖縄に派遣されるが、地元ヤクザ同士の抗争に巻き込まれる。それが、自分の親分とその部下による抹殺計画だと知った彼は、沖縄の地で殺戮マシーンとなり、組関係者を葬った後、自殺する。

ナポレオンフィッシュにうってつけの日 北野武『ソナチネ』 - シネマトブログ(ブヴァールとペキュシェ)

 

これら4つの作品を改めて眺めてみると、ある共通項に気づく。

 

それは上記作品がどれも「ある男が自らの信念に基づいた行動を取った結果、挫折もしくは破滅する」という基本のストーリーに貫かれているというものだ。

 

今回取り上げた、『みんな~やってるか!』も「朝男が、女とヤりたいという欲望に従い様々な試行錯誤をした挙句、巨大ハエタタキで叩き潰される」という内容だ。

 

さらに、次の作品である『キッズ・リターン』は、若者二人がおのおのの世界で夢破れるという話である。

「彼ら」は終わったのか、これから始まるのか? 北野武『キッズ・リターン』 - シネマトブログ(ブヴァールとペキュシェ)

 

HANA-BI』も職務中に仲間を失い、傷ついた男が刑事を退職し、病身の妻と旅にでて心中する話である。

 

ギャグや青春もの、ヤクザものというジャンルのベールに覆われてはいるものの、初期の北野武作品には共通する基本構造があるのだ。

 

難解と思われることも多い北野作品だが、その根本では極めてオーソドックスなことをしている。

 

逆にいえば、商業映画はオーソドックス「ではない」ことをするのが非常に困難である。なにせ1時間半から2時間のあいだに物語を一応は収束させる必要があるのだ。そのためには自分の得意な基本構造を使いつつ、カット割や構図で画面に色をつけるセンスを持っている北野監督はある意味非常に親切な映画監督ともいえる。複数ジャンルの作品をつくることができるのも、上記の基本構造を使いつつ作品ごと・ジャンルごとに遊びを加えられるからである。

 

というわけで今回は『みんな~やってるか!』を取り上げつつ、(特に初期の)北野監督作品全体に通底する構造についても指摘してみました。

 

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