記憶にもてあそばれた男の悲劇。映画「手紙は憶えている」
記憶にまつわる映画というのは数多くありますが、本作品は、認知症の老人が主人公という珍しいものになっています。
その中でも、友人と協力して、認知症でたびたび自分がどこにいるかもわからなくなる主人公が、ナチの残党を見つけ出そうとする本作品は特に異色といえるのではないでしょうか。
物語だけをたどれば、それほど劇的な物語ではありませんが、自分が同じような立場になったと考えてみると、思わぬスリルを感じる作品になっていますので、感想を述べていきたいと思います。
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あらすじ
物語自体は、老人ホームに入居している主人公が、妻の死んだあとに、友人と交わした約束を果たそうと、アメリカの亡命したルディ・コランダーという人物に会いに行くことで始まります。
主人公は、認知症が進んでおり、眠ってしまうと記憶が失われてしまいます。
また、妻が死ぬ前の記憶に戻ってしまうことで、彼は、何度も妻が死んだという事実を受け止めることになるのがつらいところです。
ゼフという老人が、何度も頼りにならない自分の記憶を、友人からの手紙によってつなぎ合わせて、目的に向かっていく、ということで、応援したくなる内容になっています。
ですが、彼は記憶を失っているので、見ている側とすれば、いつ記憶を失ってしまうのか。
失った場合に、手紙に気づかなかったらどうするんだろう、といった不安を抱えながらみることになる点は、設定の面白さといえるところです。
忘れる恐怖
「ルース?」
ゼフは記憶を失うたびに、妻の名前を呼びます。
彼にとって、奥さんと過ごしていた時間がもっとも幸福であるためでしょう。
そして、その奥さんがすでに他界していることを、マックスという友人の手紙で思い知らされるのです。
悲しいながらも仕方がない事実ではあります。
たどたどしくも彼は、ナチ党員と思われる人物をあたっていきますが、ことごとく別人にあたってしまいます。
彼そのものは、決して勇気があるわけでもなんでもなく、使命感によって突き動かされています。
ですが、ナチズムに傾倒している容疑者の息子に、圧力をかけられたことで、つい彼は人を殺してしまうのです。
そこで、彼がとった行動は、お風呂に入って寝ることでした。
自分がやってしまったあまりにひどい事実を認められず、シャワーを浴びて着替えをして、殺した男のベッドで眠って記憶を失わせる。
自分で殺した死体を見つけて驚いてしまうのです。
繰り返しの悪夢
何度も彼は記憶を失い、妻を亡くしたことを悲しみ、罪を忘れていく。
本作品は、記憶を失った人物をつかった物語にすぎないようにも思えますが、記憶がないということがいかにあやういことなのか、また、偽って生きるということがいかにつらいことなのかがわかる物語にもなっています。
ネタバレをしますので、気になる方は視聴後ご覧いただければと思いますが、本作品は、トリックが仕掛けられています。
いうまでもなく、この記憶のない老人が何者か、ということが隠されているところです。
彼は、ユダヤ教徒です。
ですが、彼はその記憶の奥底にドイツ人としての気質を隠していたりするのです。
ネタバレしているのでいいますが、彼は記憶を失ったことを利用されてしまっています。
主人公であるゼフこそが、マックスという友人の家族を殺した張本人であり、裁かれる人物にも関わらず、彼は、それをすっかり忘れているのです。
気にいった人がみる映画
さて、本作品は、記憶をつかって物語のサスペンス度合いをあげていますが、本作品が気に入った方はみてみてもらいたい作品があります。
すでに、見ている方も多いとは思いますが、当ブログでも取り上げている「殺人者の記憶法」。
アルツハイマーである元連続殺人鬼の男が、娘を助けるために新しい殺人鬼を対決する物語になっています。
肝心なときに記憶を失ってしまい、敵である殺人鬼を家に招き入れてしまったり、見張っているうちに、見張っているのを忘れてしまったりする滑稽さも描いています。
記憶が保てないのであれば、身体にメモを残せばいい、ということをそのままやっているのは、クリストファー・ノーラン監督「メメント」です。
10分間程度しか記憶が保てない主人公が、妻を殺した犯人を捜すために、自分の体に入れ墨をしたりしながら、真実にたどり着く物語になっています。
本作品は、主人公が記憶を失って自分のお小水を飲んでしまったりする衝撃の場面もありますし、何よりも、物語が終わりから始まって、始まりで終わる、という面白い編集がされているのが特徴です。
DVDでは物語を順番からみることができる特典がついていますが、時系列がぐちゃぐちゃになっているほうが、主人公の不安がよくわかるので、「手紙は憶えている」の記憶の喪失による不安感を感じたい人には、「メメント」のほうがオススメになります。
自分自身を信じられなくなるものとすれば、レオナルド・ディカプリオ主演「シャッターアイランド」なんかも、同様に面白い内容となっています。
その末路
「手紙は憶えている」では、最後に、自分を偽ってアメリカに逃亡した人間の末路が描かれています。
運よく偽名をつかって亡命することができたものの、自分が何者であるかを誰にも言うことができず、いつ、自分を捕まえにやってくるのかもわからないまま生きることが、いかにつらいことがわかるのです。
主人公であるゼフは、記憶喪失に陥ることによって、過去の罪から逃れようとし、もう一人の男は、その孤独感によってさいなまれていました。
最後の最後に、自分が自分であることを知っている人物に出会えて、そして、終わってしまうというエンディングは、決して明るいものではありません。
本当の主人公は、マックスという老人でありましたが、過去の罪は消えるものではないにしても、罪そのものについて、考えてしまう、そんな作品となっています。
ハラハラさせる物語の演出は面白いので、本記事で紹介した作品も合わせてみてみると、また変わった見方ができるかもしれません。
以上、記憶にもてあそばれた男の悲劇。映画「手紙は憶えている」でした。