男って馬鹿ね。キューブリック監督/博士の異常な愛情
スタンリー・キューブリック監督の代表作のひとつ「博士の異常な愛情。または私は如何にして心配するのをやめて水爆を愛するようになったか」について、ブラックユーモアたっぷりな本作品の楽しみ方について、語ってみたいと思います。
人は、本当に異常なときには、笑ってしまうものなのです。
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頭のおかしい人たち
本作品は有名作品なので、だいたいのあらすじはご存知の方も多いでしょう。
頭がおかしいジャック・D・リッパー准将が、ソ連にむけて核爆弾を搭載した飛行機の出撃命令をしてしまうことで、人類が崩壊してしまうというのをコメディタッチで描いています。
この作品は基本的にはコメディですが、映画公開当時にあった大事件として、キューバ危機があり、水爆によって人類が滅亡してしまう、というシナリオはあながち作り話として笑い飛ばせるような内容ではなかったのです。
ある程度の立場にある人たちが、実は、世界の重要な部分を握っていて、それらが本当に頭の悪い判断ですすんでいたりすることを皮肉っている作品となっています。
実際の人物とのリンクがある点でも面白いところであり、ドクターストレインジラブ博士は、宇宙ロケット開発で多大なる貢献をしたのと同時に、かつてのドイツでV1号ロケットなどを作成した、マッドサイエンティストともいえるヴェルナー・フォン・ブラウン博士をモデルにしています。
頭がおかしい将軍の名前は、連続人切り魔ジャック・ザ・リッパーと同じですし、B29にのっているのはキング・コングだったりして、冗談みたいな役名になっています。
世界の命運は誰が握る
ジャック・D・リッパー准将がソ連に向けて爆撃機をとばしたことで、世界は混乱します。
しかし、重要な役職につく人たちは、愛人といちゃいちゃしていたり、危機感が感じられません。
「このままソ連の基地をたたいてしまいましょう」
と、むちゃくちゃなことをいってくる人たちばかりです。
核戦争が起きてしまえば、ソ連の開発した「皆殺し装置」が起動し、世界は放射能によって100年間は生活できない環境になってしまうにもかかわらずです。
この映画は、世界の命運を、そんな人たちが握ってしまっているという皮肉を描いています。
現場は何も知らない
「腕章や階級にまどわされるな。顔見知り以外は敵だと思え」
現場の人間は、懸命に働きます。
基地の200メートル以内に敵が近寄ったら射撃するように命令されるのですが、彼らは職務をひたすら全うします。
B29に乗っているコング少佐の飛行機にいたっては、その職務への忠誠心から、世界を崩壊させてしまっています。
「博士の異常な愛情」は、いくつか世界が崩壊しないように対策がされるのですが、ことごとくすり抜けていってしまいます。
一人の将軍のおかしな行動によってもたらされた異常事態。
しかし、イギリスのマンドレイク大佐が、核戦争が行われていないことに気づくものの、うまく将軍を説得できません。
爆撃機を止めるための暗号がわかったとしても、突入してきた現場の人間に阻まれます。
「呼び戻しの暗号がわかった。すぐに本部に電話させろ」
「両手を頭にあてろ」
それはそうでしょう。
現場の人間は、反乱した基地に突入をかけたにすぎませんし、そこの人間に何を言われたところで話をきく義理はないはずです。
ですが、この行動が結果として崩壊へと歩みを進めてしまうことになるのです。
現場は自分の仕事をして事態を悪化させ、上の人間たちは事態を知りながらどうすることもできないでいる。
特に、B29のメンバーは、英雄になるために命をかけて水爆を敵の基地に落とそうとするところに最大級の皮肉があります。
ロケットの上にロデオよろしく乗りながら落下するコング少佐の姿は、まさしく、笑うしかない瞬間です。
あくまでコメディ
登場人物の名前もコメディですが、それ以外にもコメディ要素はみてとれます。
大統領に電話をかけようとしたマンドレク大佐は、小銭がなくなってしまったため、緊急措置として、コカコーラの自販機壊して小銭を手に入れるようにいいます。
銃をうったらコカコーラがでてきて顔にかかる、というシーンがあるのですが、そんな都合よくでてくるはずがありません。
このあたりは、コメディならではの演出でしょう。
当時は、核戦争の恐怖はもっと身近に存在しており、その前提を含めてみると、この映画は、本当は笑えないけれど、笑うしかない状況、というものをよく表しています。
男は馬鹿。
この作品の根底にある事柄として、男性的な社会の偏った見方という点があるのではないでしょうか。
ドクターストレインジラブ博士は、核兵器によって100年間人間が地上で生きられなくなるという事実を知った後、地下の坑道で生きることを提案します。
「優秀な男一人に、性的に魅力的な女性10人をつけるのです」
もう、この台詞だけで、今なら非難で大変なことになりそうです。
自分の面子や、意味のわからない理由によって人類の大切なことを決めてしまう人々。
大統領同士の話し合いすらまともにできていません。
「エッセンスが、体液が汚される」
と、リッパー准将はいいます。
この方は、水道水にフッ素が入っているのは、共産主義者の陰謀だ、ということを話します。
アメリカにはたしかにフッ素入りだそうですが、この手の誇大妄想については、昔からささやかれている陰謀論です。
そんなくだらないことにとりつかれている人が、国を守ったり、動かしたりしているのです。
最大級の皮肉
世界は協力してその悪の帝国を押さえ込んだわけですが、そこから亡命したであろう人物が主人公であるストレインジラブ博士です。
物語のタイトルである「博士の異常な愛情」ですが、これが邦画用の名前です。
実際は、ストレインジラブというのは、博士の名前です。
それを、わざとすぎる直訳で、博士(Dr)の異常な愛情とされている面白いタイトルです。
主人公は、ストレインジラブ博士です。
その前提で、映画をみてみると、どのような話かが少しかわってくるのではないでしょうか。
ストレインジラブ博士は、ドイツからの亡命者であり、ナチスドイツに対する思いがまだ捨てられていない人物ということがわかります。
結局、アメリカにそのエッセンスが入り込んでしまい、結果として、世界を破滅させることになっていく、ということこそが、最大の皮肉でしょう。
ストレインジラブ博士が、車椅子から立ち上がり叫びます。
「総統! まだ歩けます」
言葉のとおり、ナチスを倒したはずのアメリカや、それ以外の国々もまた、同じように過ちを進めてしまうのであり、ストレインジラブ博士のような人物がいて、まだ歩けるような世界に簡単になってしまうことを暗示してしまうのが、この映画の恐ろしいところであり、今でも色あせない点ではないでしょうか。
救える人だけ救って、坑道で暮らすというのは、ナチス・ドイツの優性遺伝子の考えそのものです。
結果として、世界は核戦争をきっかけとして、ストレインジラブ博士が思うところの、ナチス・ドイツの世界へと戻っていく、という皮肉が描かれているからこそ、博士が主人公なのではないかと思うのです。
以上、男って馬鹿ね。キューブリック監督/博士の異常な愛情でした!!
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