シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

身勝手な男は暴力に支配される。サム・ペキンパー「わらの犬」解説  

 

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サム・ペキンパー監督といえば、「ワイルドバンチ」によってそれまでの西部劇を一変させた監督であり、バイオレンス描写については一線を画する監督です。


西部劇で有名な監督ではありますが、今回紹介するのは、ダスティン・ホフマン主演「わらの犬」を紹介してみたいと思います。


園子温監督「冷たい熱帯魚」は、本作品の影響を思いっきり受けており、その類似性も含めて解説していきます。

 

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情けない男が狂気へ

わらの犬」は、ダスティン・ホフマン演じる主人公デヴィットの、情けなくも普遍的な本質を描いた作品として作られています。


デヴィットは、数学者です。

都会での人間関係になじむことができず、都会で出会った奥さんの実家に引越しして暮らしています。


彼は暴力や争いは好まない性格だと自らいいますが、それがたんなる言い訳でしかないことがわかってきます。


ざっくりと言ってしまうと、彼は男としての魅力が欠けている人物として描かれているのです。


奥さんの昔の知り合いの男が大工仕事ができるというので、家の屋根の工事を手伝ってもらってもらうことになるのですが、彼は奥さんに言います。

「なんで、あんなやつ雇ったんだ?」

「決めたのは、あなたでしょ」


奥さんの実家に引越しした理由もまた、「君がいきたいといったからじゃないか」と奥さんのせいだけにしたりします。

とある事件が発生し、その件について、大工仕事を行っている人たちにきこうとするのですが、うまく話しをもっていくことができません。

「君が邪魔をしなければ、うまくできていたはずなんだ」


気の弱いやさしい男なのかもしれませんが、欠けているものがあるのです。

無邪気な奥さん

デヴィットの奥さんであるエイミーは、ブラジャーをしないままセーターを着て歩く女性です。


性的に不満をかかえている人なのかと思ってしまうところですが、実は、この姿こそが、彼女自身の無垢さや、子供らしさを表しているのです。


ダスティン・ホフマン演じるデヴィットのことが好きであることはたしかなのですが、その表現が幼稚だったりします。

数学者である彼にとって黒板は大事なものなのですが、そこに書いてある文字を勝手に書き換えたり、ガムを貼り付けてみたりと、その行動は気をひきたいがあまりにいたずらをする子供そのものです。

結果として、そういった無垢さが、もっと悪いものを引き寄せることになるところが皮肉そのものとなっています。


彼女自身の変化も含めて、「わらの犬」は、残酷な話しでもあり、普遍的な人間の本質を捉えているところが素晴らしいです。

 

冷たい熱帯魚との類似点


冷たい熱帯魚」といえば、「愛のむきだし」や「紀子の食卓」「ヒミズ」などで人気を獲得した監督です。


冷たい熱帯魚」は、「わらの犬」にインスパイアされたというだけあって、本作品のダスティン・ホフマン演じるデヴィットと、「冷たい熱帯魚」の主人公である社本(しゃもと)は、類似点があります。


小さな熱帯魚店を営み、プラネタリウムで星を見るのが好きな社本という男は、若くて美人の奥さんと再婚しますが、高校生の娘とうまく話しができず、そのくせ、家族の団らんだけは無理やり成立させて満足している男です。

物語の冒頭で、奥さんが冷凍食品を乱雑に籠の中にいれて、食卓にだすときに皿にうつしかえる、というシーンだけで、その冷めた感じが一気に伝わります。

そんな彼らの前に、殺人を行いながら巨大な熱帯魚店を営む「でんでん」演じる男に奥さんも娘もとられながら、圧倒的な暴力によって支配されてしまいます。

ちなみに、「冷たい熱帯魚」のパッケージと「わらの犬」のパッケージは似せられているところが面白いです。めがねの割れ方が同じですね。

 

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また、主人公の精神性は、ほぼ同じです。

他人に決定をまかせたり、いやなことから逃げたりしているうちに、何も出来ないでバカにされる。

そんな男が、暴力によって、自分自身を肯定してしまうという物語が「冷たい熱帯魚」という作品です。


冷たい熱帯魚」を参考にしながら、「わらの犬」をみることで、よりわかりやすく本作品に迫ることができるところです。

 

暴力シーン

さて、ここからは、ネタバレになりますので、気になる方はお気をつけください。

 

サム・ペキンパー監督といえば、暴力描写が違うというのは知られているところです。


本作品では、家に立てこもって暴徒と化してる人たちを撃退するところが一つの見せ場ではあると思います。


そのやりとりは、ジョージ・A・ロメロ監督「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」での攻防戦を彷彿とさせます。

 

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主人公は、「全員、殺してやった」と誇らしげなのですが、本当の暴力描写はそこではないでしょう。


デヴィットの奥さんが暴行されるシーンがあるのですが、暴行されるシーンと共に、デヴィットが狩猟をするシーンが交互にはさまれるところこそが、本作品の中でもっともえぐい暴力シーンだといえるでしょう。


正直言って、デヴィットはイギリスの田舎で舐められています。


アメリカ野郎」といわれて、たばこも満足に売ってもらえなかったりするのですが、彼は、奥さん一人守ることができません。


言い負かしてやろうとしたのに、逆に狩りに誘われてバカにされた挙句、その隙をついて奥さんを一人にしてしまうという愚行。

カモにされているのは、彼自身なのです。

狩りをやっているシーンと、奥さんが暴行されているシーンのオーバーラップは、トラウマものの演出です。

情けない旦那がより浮かび上がってくる演出は、辛いものではあるものの見事な演出です。

 

人間の変化

デヴィットは、狩猟でバカにされたこと、自分でも獲物を捕まえられたことに自信をつけます。

そして、一人の男を車でひいてしまうことをきっかけとして、暴力に取り付かれてしまうのです。


「暴力は許さない」と言っていた男が、結局暴力に頼って、次々と相手を殺していくのはペキンパー節といえるものではあるのでしょうが、何よりも、そうやって、男性的な考えに偏ってしまう男の愚かさがわかってしまうところです。


奥さんもまた、そんな旦那にあきれてしまいます。


「その男を引き渡してよ」


と家が襲われている最中何度もデヴィットに言います。


ですが、彼はかたくなに断るのです。

もちろん、興奮状態にある暴徒に対して門戸を開けば、自分達も殺されるかもしれない、というのはあるかもしれませんが、もっと早い段階ならそんなことにはならなかったはずです。


狩りで自信をつけ、自分をバカにした相手をクビにして勢いにのった彼はそれをするわけにはいかなかったのです。


奥さんの薦めに従って、結局何も決められなかった男が、自分自身で決めるということが男らしさとか、チカラだとかに勘違いしてしまう、その痛々しさこそがポイントです。


また、奥さんは、物語の冒頭で、ブラジャーをつけないで歩くシーンが印象的で、デヴィットから「ブラをつけろよ」といわれても、そ知らぬ感じだったにもかかわらず、彼女はブラジャーをつけるようになっています。


肩口の辺りの服をやぶかれてしまうシーンがあるのですが、その際に肩紐がみえることからわかります。

(その前にパーティーシーンがあるのですが、そこではわからないようになっています)

そうやって、奥さんの無垢であった象徴がこっそり失われていることをわからせるあたりが、渋い演出となっています。

 

わらの犬とは

タイトルである「わらの犬」というのは、老子の言葉からきているそうです。

「天地不仁、以万物為芻狗」


天地に仁(優しさやいたわりとでも考えてください)はなく、万物は、わらの犬(儀式で使われる使い捨ての道具)であるといった意味です。


サム・ペキンパーわらの犬」では、一体何がわらの犬にあたるのでしょうか。


この作品は、あくまでダスティン・ホフマン演じるデヴィットが主人公です。

その男は、都会から逃げてきて、暴力はいけない、とか、誰かの意見(特に奥さん)の意見を尊重している、といった態度で生きています。


ですが、そんな建前とかそういうものすべてが、わらの犬ではないでしょうか。

笑える部分ですが、家の窓を割られたりしているとき、デヴィットは外に向かって言います。

「これが最後の警告だ。さもなければ、訴えるぞ」


圧倒的な暴力の前に、法律など何の意味があるでしょうか。

法律を否定するわけではありませんが、少なくとも、デヴィットがそのときいる状況の中で、法律が役に立たないことぐらいわかるはずです。

建前はたしかに大事でしょう。
ですが、本当のチカラをもたないままのデヴィットは、わらの犬のように捨てられた法律や倫理・道徳に気づかないで、結局、暴力に染まって物事を解決してしまうのです。


わらの犬」はたしかに暴力がある映画ではありますが、いつの世の中でも通じる普遍的な命題をもった作品となっています。


自分という人間の考えや行動などが、実はとるにたらないわらの犬かもしれないことを突きつけてくれる作品こそが「わらの犬」となっています。


以上、身勝手な男は暴力に支配される。サム・ペキンパーわらの犬」でした!

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