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シネマトブログ

映画の評論・感想を紹介するサークル「ブヴァールとペキュシェ」によるブログです。不定期ですが必ず20:00に更新します

「ありがとう、ごめんね」 『HANA-BI』

ニャロ目 邦画 北野武 任侠・やくざ映画

私の住む街でも週末は花火大会が行われておりました。
マンションのベランダからも夜空に開く花火がよく見えます。


威勢のいい音と光、そしてすぐ後に訪れる静寂。
夏の美しさを感じさせる瞬間です。

 

というわけで今回は北野武監督作品『HANA-BI』(1998年、103分)を取り上げてみたいと思います。

 

物語

西(ビートたけし)は刑事である。子供を失い、妻・美幸(岸本加世子)は病身となり入院している。妻の入院する病院に見舞いにいくため、堀部(大杉漣)に張り込みを交代してもらっていたが、その堀部が銃を持つ犯人(薬師寺保栄)に撃たれ、重症を追う。

その後、犯人を追い詰める西だったが抵抗する犯人により、部下の田中(芦川誠)が撃ち殺されてしまう。

西は激高し拳銃の弾が尽きるまで犯人を撃ち続ける。


車椅子生活となった堀部は妻と離婚。海に近い町の家で生活を始める。
西も警察を退職し、ヤクザから多額の借金をして自宅で余命いくばくもない妻と静かな生活を送ろうとする。


借金の返済が滞った西は、銀行強盗をして現金を手に入れる。
堀部や殉職した部下の妻、金貸しのヤクザに金をそれぞれ送り、西は妻とともに旅にでる。


大金を手に入れたことを察知し、強請ろうと接触してきたヤクザたちを皆殺しにした西は、行方を探しにきたかつての部下である中村(寺島進)らに遭遇する。


海辺で座り込む西と妻。
「ありがとう、ごめんね」と呟く妻に寄り添い、西は拳銃の引き金を二回引く。

 

花と火

まずタイトルについて。


HANABI』でなく『HANA-BI』となっている。


『花-火』とはどういう意味なのか。


これは大体の視聴者の推測通り、「花」=「生」と「火」=「死」をあらわしているのだと思う。


仕事一筋で趣味を持たなかった堀部が、「花」をモチーフにした絵を描くことで「生」を見つめる。


喪失感を抱える男が、妻と最期に「拳銃(火)」によって「死」にたどりつく。


この対比を表現するのに適したタイトルだ。


実際に花火をするシーンもあり、作品全体の美しい色彩感覚、儚さと静寂を象徴する意味でも「花火」という題はピッタリである。

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喪失

主人公が抱えている喪失感とは何か。

 

妻への見舞いへ行ったために、同僚である堀部が撃たれた。堀部は車椅子生活となり、退職したことで妻子と別れる。


犯人を確保する際に手間取ったため、部下が撃ち殺された。夫が死んだことで田中の妻は子供との生活のため働きにでる。

 

そして西自身は子を失い、妻も失いつつある。

 

西は結果的に自分のせいで他人に「喪失」を与えてしまった。そしてそのことを後悔し続けている。

 

せめてものお詫びのために、堀部にベレー帽や大量の絵の道具、お守りなどを贈る。


田中の妻には多額の現金を贈る。


本来なら子を失った喪失感を分けあうはずの妻。彼女は言葉を発しなくなってしまう。

 

西は彼女との生活を最優先させるため警察を辞める。

 

それらは、死をも覚悟した西の最期の懺悔でもある。

 

大事な何かを失う痛みは自分もよく知っている。
あの時、何かが違っていれば彼/彼女の立場に、自分/妻がなっていたのかもしれない。

 

そのような思いが彼の中に渦巻き、自分の出来得る限りでの贖罪を願ったのだ。

 

堀部と西

物語の導入部、まるで堀部は登場人物の設定を観客にわかりやすく説明するかのように喋る。対して西はあまり喋らない。


中学からの腐れ縁で、妻同士も知り合いである。

 

この二人はいいコンビなのだ。

 

その堀部が警察を辞め、車椅子での生活になった途端、あっさりと離婚される。長年仕事に集中してきた堀部には趣味や生きがいがなく、毎日を無為に過ごすこととなる。


ある日、彼は海辺を仲良く歩く親子の姿を眺める。かつては自分にもあのような日々があった。しかし今は…。


堀部は睡眠薬を大量に飲み自殺を図る。


一命を取り留めた堀部に、西はベレー帽と絵の道具を贈る。困惑しつつも、絵を描き始める西。


最初は対象を見たままのスケッチを描いていたが、やがて花を動物の顔や目に置き換える、独特な作風を思いつく。


死に近づいたことで世界の捉え方が少しずつ変化したのかもしれない。


その後も彼は絵を描き続け、生きることと向き合っていく。

 

一方、西は銀行強盗のためにタクシーをパトカー風に塗装するという工作を始める。


簡単に銀行強盗に成功してしまう西。


彼は妻を連れて旅行にでる。それが最後の旅行になることを予感しながら。

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映像・演出

今回も北野流の画面つくりがなされている。

 

西が妻のいる病室でタバコに火をつけようとする瞬間、現場で堀部が銃を持つ犯人に撃たれる、というカット割。


火=銃=死のイメージを観るものに印象付ける。

 

他にもタイミング・テンポのいい暴力・アクションシーンが随所に登場する。

(ヤクザの目を箸でつく、海辺でヤクザを殴打する、撃鉄に指を挟んで発射できなくさせる、車内での銃撃など)。

 

北野監督の作風に慣れている観客の思惑を意図的に外す演出もあり、サービス精神豊かな監督だということを改めて認識させられる。

 

映像での演出として、一つ取り上げたいシーンがある。

 

西は銀行強盗のあと、堀部に金銭を贈っている(と思われるシーンがある)。
また旅行中に訪れた寺で購入したお守りも贈っている。

 

多額の現金を西から受け取ったという田中の妻からの電話を受けた中村は、姿を消した西の行方を捜すため、堀部に会う。


堀部は「絵の道具を送ってもらって以来、連絡はない」と語るが、それは嘘だ。堀部は西の胸中を思い、あえて知らないフリをしたのだろう。


それでも訝しく思う中村は、車椅子につけられたお守りを見つける。そこには寺の名前が記されている。


中村はその手がかりをもとに、西たちが宿泊している宿を突き止めることに成功する。

 

このお守りと、それを見つめる中村の顔を映すだけで、西と堀部の友情までも表現するという演出。これは非常によくできていると思う。

 

道行

わが子を亡くした美幸は自身も病におかされている。
子供を亡くしたことによるショックなのか、末期だという病気が精神にまで作用したのか、またそのどちらでもあるのか。彼女は言葉を発さなくなってしまう。


元々口ベタな西は、そんな彼女に静かに寄り添い続ける。刑事を辞め、ヤクザに借金を重ね、銀行強盗をし、この世の全てから逃げるように妻の望むまま車を走らせながら。

 

長い旅行の果てに、海辺にて。
ミラー越しに中村らが自分を追ってきたことがわかり、西は銃に二発の銃弾を込める。彼らに捕まれば、刑務所に入るのは確実である。そうなると妻はどうなってしまうのだろう。取り残された美幸の姿を想像した西。


彼は、出発時からぼんやりと考えていた心中をいま、この場で行うと決意したのである。

 

久しぶりに言葉を交わす西とかつての部下・中村。

中村は、少し時間をくれ、という西を車の中で待つ。

そして「俺はああいうふうには生きられないな」と呟く。

 

中村には、もともとそんな気ではなかったが情にほだされて結婚したという妻がいる。

彼には、西と美幸が続ける逃避行を追う中で、果たして自分にはそこまでの決意ができるかどうか考えていたのだろう。

 

そしてラストシーン。
寄り添う西と美幸。

小さな凧をあげようと少女が目の前を走りまわっている。


美幸が「ありがとう、ごめんね」と呟く。
言葉を失った彼女が、最後に言葉を取り戻した。

 

テーマ曲が流れ、カメラが二人の姿から離れ海を海を写す。
音楽を遮るように、銃声が二回。

 

「ありがとう、ごめんね」

セリフが少ないといわれている武映画。
事実、『あの夏、いちばん静かな海。』では主人公の青年とその恋人は一言も喋らないという極端なつくりになっていた。


今作では、まったく喋らなかった美幸が最後の最後で「ありがとう、ごめんね」と呟く。


役者にとっても監督にとっても非常に難しい、一言だけのセリフ。


「ありがとう」には、「いままで一緒にいてくれて」という言葉が省略されているだろうし、「ごめんね」には「迷惑をかけて」とか「ずっと一緒にいられそうもなくて」という言葉が省略されている。

 

西にとっても観客にとっても不意打ちとなるこの言葉。


それは「ずっと喋らなかった」人物が「ずっと言えなかった」言葉を伝える、という『あの夏、いちばん静かな海。』を観たことがある人や、武映画がセリフがなくても成立するような作り方をしているということを知っていればいるほど、響く言葉なのだ。

 

 

 

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